第91話

「鷹…藤……」


「この野郎!! 調子に乗りやがって……」


 豊川が文康へ向かって暴れ出し、止めに入った警備員を倒したことで、観客たちも異変を感じて避難を開始した。

 せっかく自分が国中に雄姿を見せるステージだというのに、台無しにされたことに怒りが込み上げてきた。

 腹を殴られた拍子に木刀を落とし、胃の中の物を吐き出した文康は、怒りの表情と共に立ち上がる。


「ぶち殺してやる!!」


 明らかに殺意を向けてくる豊川を相手に、抵抗しないわけにはいかない。

 その抵抗がたとえ過剰であったとしても、文句を言われる筋合いはない。

 文康は全身の魔力を両手に集める。


「鷹藤ーー!!」


「喰らえ!!」


 大きな声を上げて文康へと迫る豊川。

 そんな豊川に向けて、文康は両手から巨大な火球を発射した。


“ドンッ!!”


「へっ! ざまあみやがれ」


 まっすぐ突っ込んで来た豊川へ文康が放った火球が直撃し、爆発を起こす。

 高校生のレベルを完全に超えた強力な魔術攻撃。

 それが直撃してタダで済むはずがない。

 腹の痛みと大会を台無しにした報復ができたことに、文康は溜飲が下がる思いがした。


「がぁー!!」


「っっっ!!」


 爆発によって巻き上がった土煙。

 豊川がどんな状態で倒れているかを確認する為に、文康は土煙が治まるのを待つ。

 しかし、豊川は倒れてなどおらず、服が焼け、数か所に火傷を負った状態で、土煙の中から飛び出してきた。


「グガー!!」


「がっ!」


 土煙から飛び出した豊川は、無防備で驚く文康の顔面に右ストレートを叩きこむ。

 ガードも出来ず直撃を食らった文康の口からは、数本の歯が血と共に飛び散った。

 

「ガーーーッ!!」


「っっっ!!」


 一撃では終わらせるつもりはないのか、豊川は更に文康へ襲い掛かる。

 殴られたことで意識が飛びそうになるのを堪え、文康は咄嗟にガードを固めた。


“ズガガガ……ッ!!”


 ガードの上からでもお構いなし。

 豊川の両拳が文康へと乱打された。


「ぐうぅ……」


 豊川の攻撃が治まった頃には、ボロボロになった文康の姿が現れる。

 ガードに使った両腕がダラリと下がっている所を見ると、折れているのかもしれない。


「ガァッ!!」


「ぐふっ!!」


 両腕を壊されてガードをできなくなった文康に対し、豊川は前蹴りを放つ。

 その前蹴りを腹に食らい、文康は吹き飛ぶ。


「…あ…ぅ……」


 地面を何度も跳ねるように転がっていき、ようやく止まった文康は僅かに呻き声を上げる。

 防御出ず直撃を受けたのにもかかわらず、生きているだけたいしたものだ。

 ボロボロになりながらも、前蹴りが入る瞬間に僅かにバックステップをして威力を逃がしたことが良かったようだ。


「鷹藤……」


 まだ息がある文康を見て、豊川は止めを刺しに動く。

 文康の巨大火球の魔術を受けても服が焼けて多少の火傷程度で済んだのは、どうやら武器として持っていた槍を犠牲にする事でダメージを抑え込んだようだ。

 止めを刺すための武器として、文康が落とした木刀を拾い、豊川は文康へと歩み寄った。


「…う…ぅ……」


 体中の痛みで立つこともできなくなった文康は、近付いてくる豊川に恐怖する。

 豊川が近付くたびに、死が近付いてきているように感じるからだ。


「鷹…藤……」


「…誰……か……」


 登場してから、終始恨み節のように名前を呟く豊川。

 何が原因なのか分からないが、完全に文康を標的としている。

 倒れている文康の側に立つと、拾った木刀に魔力を込めて振りかぶった。

 警備員をやられ、助けに来る者がいない。

 自分の死を目の前にし、文康は泣きながら助けを懇願した。


「フンッ!!」


「がっ!!」


 木刀を振りかぶった豊川の死角から、1人の人間が現れる。

 そして、そのまま豊川を蹴とばし、文康の危機を救った。


「…あ、あな…たは……」


「大丈夫か!?」


 現れたのは柊家当主の俊夫だ。

 娘の綾愛の試合が終わり、帰る所で異変が起きた。

 別会場を観戦していたであろう観客が、逃げ惑うように大挙として出口に押し寄せてきた。

 話を聞いてみると、1人の選手が大暴れを始めたというではないか。

 それを聞いた俊夫は、関係者入り口へと入り、この場へと駆けつけたのだった。


「酷い有様だな……」


 駆けつけてみれば、ボロボロにされた鷹藤家の長男が目に入った。

 大会用の警備員もやられ、誰も助けに来ない状況だったのだろう。

 ここまでボロボロにされながらも、よく耐えたと言いたいところだ。


「鷹…藤……」


「……確か、彼の相手は豊川だったか? 明らかに正常じゃないな……」


 今日文康が対戦する相手のことを思いだした俊夫は、豊川の名を呟く。

 体の至る所の血管が浮き出ており、目が血走り、鷹藤の名を呟く。

 パッと見ただけで、豊川が正常じゃないことが窺い知れた。


「しかも、何だこの魔力は……」


 豊川は太多学園の3年生で、そこまで有名な選手ではなかったはずだ。

 しかし、彼はとても高校生とは思えないほどの魔力量をしている。

 更に言うなら、その魔力がなんとなく禍々しく感じるため、俊夫が戸惑うのも分からなくはない。


「ガァッ!!」


「っ!! 速い!!」


 獲物の始末を邪魔された怒りからか、豊川は木刀片手に俊夫へと突っ込んでくる。

 その速度はかなりのものだ。


「しかし、甘い!!」


「うがっ!!」


 理性が失われているのか、攻撃が単調に見える。

 それに、驚くほどの速度だが、対処できない速度ではない。

 脳天に木刀を振り下ろしてきた豊川へ対し、俊夫はカウンターで胴打ちを決める。

 それが直撃し、豊川は数mの距離を飛んで行った。


「グウゥ……」


「硬いな……」


 吹き飛んだ豊川は、すぐに立ち上がり俊夫を睨む。

 カウンターで多少の手加減をしたとは言っても、たいしてダメージを負っているように見えない。

 それは峰打ちした俊夫が一番分かっていることだ。


「……あの魔力のせいか?」


 豊川を打ち付けた時の感触が、とても普通とは違う感覚だった。

 何故なのかと考えると、すぐにその原因に気付いた。

 あの禍々しい魔力が、豊川の強固な防御力を生み出しているのだ。


「お父さん!!」


「っ!? 綾愛!?」


 現状の豊川相手に手加減をする必要がないことを感じ、俊夫は気を引き締める。

 その時、綾愛がこの場に現れた。

 どうやら彼女も異変に気付いて駆け付けたようだ。


「綾愛! 彼を連れて逃げろ!」


「えっ!? うん、分かった!」


 綾愛が豊川と戦えば、文康と同じ状態になるだけだ。

 正義感の強い娘を誇らしくも思えるが、今回は最悪の状況だ。

 しかし、戦うこと以外においては良いタイミングだ。

 標的になっている様子の文康がこの場にいるのは、俊夫にとって戦いにくい。

 そのため、綾愛にこの場から連れ出すように指示を出した。

 父と共に魔物の討伐などをおこなう時の流れからか、綾愛はその指示を素直に受け入れ、倒れている文康へと駆け寄った。


「…うぅ……」


「痛いだろうけど我慢して!」


 ボロボロの文康に肩を貸し、綾愛はなんとか立たせる。

 そして、父の指示を遂行するために、文康を選手入場口から連れ出す行動に移った。


「鷹藤……!!」


 文康を連れて行こうとする綾愛が目に入ったのか、豊川はそれを阻止しようと、綾愛に向かって走り出した。


「お前の相手は俺だろ!」


「ぐあっ!!」


 綾愛に手を出させる訳もなく、俊夫が横から豊川へ斬りかかる。

 当然峰打ちだが、強力な一撃を食らった豊川はまたも吹き飛ばされて行った。


「今のうちに!」


「了解!」


 無理やり距離を取らせることに成功した俊夫は、文康を担ぐ綾愛に声をかける。

 それに反応し、綾愛は文康と共にその場から離れていった。


「さて、殺さずに止められるかな……」


 吹き飛んだ豊川が立ち上がる。

 またもたいしてダメージを負っていない様子だ。

 豊川のあの魔力による防御力は思っている以上に面倒で、このまま峰打ちで戦うべきか悩ましいところだ。


「鷹…藤……!! 鷹藤ぃーーー!!」


「……何だ?」


 文康がいなくなったことを受けて、豊川に異変が起きる。

 これまで以上に鷹藤の名を喚き始めたのだ。


「ガアァーーー!!」


「っっっ!!」


 さらに正気を失ったように見えた豊川。

 それを止めようと、俊夫が攻撃をしようとしたが足が止まった。

 豊川の魔力がまたも膨れだしたためだ。


「グルァーーー!!」


「……変身した…だと……?」


 魔力を膨れさせる豊川を、俊夫が何をするのかと思っていると、驚きの変化が起こった。

 豊川の筋肉も膨れ上がり、変色し、まるで魔物のような姿へと変貌を遂げたのだ。


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