第90話

「……な、なんだ?」


「………………」


 突然の爆発に驚く文康。

 文康だけでない。

 会場に集まっていた観客たちも驚きで声を失っている。

 その爆発により煙が舞い上がる中を、対戦相手となる太多学園の選手が入ってきた。


「……豊川選手、これは一体……」


「っ!!」


 審判役の大会関係者が、文康の対戦相手である豊川に声をかけ近寄る。

 しかし、豊川はそれを無視するように地面を蹴り、文康に向けて駈けだした。


「えっ!?」


 試合開始となっていない。

 そもそも、先程の爆発の件が解決していない。

 にもかかわらず、明らかに殺気を放ち自分へ向かって来る豊川に、文康は驚き固まる。

 その文康へ、豊川は手に持つ槍で突きを放った。


「がっ!!」


 それでも名門鷹藤家の直系。

 文康はなんとか反応して、木刀で豊川の突きを反らすことに成功した。

 反らしたはいいが、その時の衝撃に文康は声を漏らす。

 これほどの威力の攻撃を、もしも躱せていなかったらと思うとぞっとする。


「おいっ! 試合はまだ開始されていないぞ!」


 審判の試合開始はまだ宣言されていない。

 それなのにもかかわらず危険な攻撃をして来た豊川へ、文康は抗議する。


「そもそも、その武器は何だ!? 武器は殺傷能力の低いものという規定があるだろ!!」


 文康の言うように、この大会の武器は殺傷能力の低いものという規定がある。

 剣術を得意とするなら木刀を、槍を得意とするなら同じ長さの棒で戦うものだ。

 しかし、豊川が持っている武器は棒ではなく槍。

 先に刃の付いた長巻と呼ばれる武器で、先程の攻撃も合わせて完全にレギュレーション違反だ。


「………………」


「おい……」


 文康の講義を受けても、豊川は反応を示さない。

 それどころか、体勢を整えてまたも文康へと槍を向けてきた。

 それを止めようと文康が声をかけるが、豊川は完全に無視し、再度文康へと突っ込んで来た。


「くっ!」


 刺突の連撃。

 武器が武器なだけに、食らえば大怪我間違いない。

 木刀を使って必死に豊川の攻撃を防ぐ。


『何だ? こいつこんなに強くなかったような……』


 対戦相手の戦闘映像は確認している。

 しかし、昨日映像で見た豊川とは動いが違う。

 一発一発の攻撃が速く重い。

 別人のような豊川に、文康は若干焦りを覚える。

 なんとか攻撃を防ぎ、文康は豊川から距離を取った。


「そこまでだ!!」


「取り押さえろ!!」


 ここでようやく大会の警備員たちが舞台に上がってくる。

 暴れる豊川を抑えるために、彼の周りを取り囲んだ。


「……ウゥッ!!」


「…………何だ?」


「様子がおかしいぞ……」


 警備員たちがじわじわと距離を縮めていくと、豊川に異変が起きる。

 体を震わせ、呻き声を上げ始めたのだ。


「ガアァーー!!」


「「「「「っっっ!!」」」」」


 呻き声を上げた後に、豊川は大きな声を上げる。

 それと共に、体内の魔力を四方へ放出した。

 その放出した魔力は強力な風を起こし、警備員たちを一気に吹き飛ばした。


「……なっ!?」


 少し離れていた文康は、その強風に反応して何とか吹き飛ばされずに済んだ。

 舞台上からはじき出された警備員。

 もしもの時のために、プロの魔闘組合員が雇われているはずだ。

 そんな彼らをものともしない豊川に、文康は驚きの声を漏らす。

 学園の代表に選ばれ、ベスト16まで勝ち上がってきた程の選手だ。

 豊川は弱いわけではない。

 しかし、プロの魔闘士相手に勝てる程の実力があるとは思えなかった。

 それなのに、これほどのことをできるなんて信じられない。

 まるで昨日の豊川とは別人のようだ。


「ぐうぅ……、鷹藤……」


「……何だ? 何なんだよこいつ……」


 闘技場に入ってきてから、ずっと豊川の視線は自分に向いている。

 豊川と会うのはこの大会が初めてだ。

 恨まれるような覚えはない。

 それなのに自分を狙っているような豊川に、文康は若干畏怖を覚える。


「鷹藤……!!」


「何で俺に恨みを持っているのか分からないが、そうやすやすとやられてたまるか!」


 最初に襲い掛かってきた時から、豊川の身に纏う魔力が少しずつ増えている。

 咄嗟にこっちも魔力を纏って身体強化したが、このままでは危険だ。

 殺気を向けてきている豊川に対抗するために、文康は纏う魔力の量を増やした。


「ガアァッ!!」


「ぐっ!!」


 またも地を蹴り文康との距離を詰める豊川。

 更に加速した速度で迫り、豊川は速度を利用した突きを放つ。

 その突きを文康は木刀で弾く。

 全力で打ち付けてようやく軌道をずらすことに成功した。


「この馬鹿力が!!」


「うっ!!」


 手にビリビリと衝撃を受けながらも回避することができた文康は、攻撃を防がれてがら空きになっている豊川の腹に蹴りを打ち込んだ。

 蹴りを打ち込まれた豊川は吹き飛び、舞台に思いっきり背中を打ち付けて倒れた。


「今のうちに!!」


「あっ、あぁ……!!」


 どういう訳か、豊川はキチンと受け身を取らなかった。

 しかし、今はそんな事気にしている暇はない。

 今のうちに捕まえてもらおうと、文康は先程吹き飛ばされた警備員たちに豊川の捕縛を頼む。

 それを受けて、警備員たちは豊川捕縛へと駆け寄った。


「……鷹藤!!」


「……嘘だろ!?」


 警備員たちが包囲するより早く、豊川は立ち上がると文康を睨みつける。

 そして、更に身に纏う魔力の量を増やした。

 魔力による身体強化は、身に纏う魔力を増やせば増やす程強化される。

 しかし、それはキチンとコントロールされた状態の場合だ。

 もしも、大量の魔力を纏ってコントロールに失敗した場合、肉体に反動が来る。

 筋肉の断裂、もしくは骨折。

 だから、自分でコントロールできる範囲内での身体強化をおこなうべきなのだが、豊川の今の魔力量を見るとどう考えてもコントロールできるとは思えない。


「ガアァーー!!」


「……何なんだ?」


 更に豊川の魔力が膨らんでいく。

 それと共に、豊川の体に異変が起きてきた。

 ボコボコと何やら嫌な音を立て、豊川の肉体が膨らみ始めたのだ。

 その豊川の魔力から、警備員たちは本能的に危険と判断して近付くのを躊躇う。


「グルル……!!」


 肉体を膨らませて全身が赤く変色した豊川は、まるで獣のような声を漏らす。

 そして、相変わらず文康へと視線を向け、持っている槍を向けた。


「多少痛めつけてでも止めろ!!」


「あ、あぁ……!!」


 これまでは抑え込むつもりでいただけだったのだが、そうも言っていられない状況。

 明らかにおかしい豊川を止めるべく、警備員たちは武器を構えた。


「ガアッ!!」


「ぐあっ!!」「うっ!!」「がっ!!」


 文康を狙うのに邪魔と判断したのか、豊川は警備員たちに攻撃をおこない始めた。

 肉体が変化したことでさらに動きが速くなり、一振りするだけで1人の警備員を槍で吹き飛ばしていく。

 そのため、どこかしらに攻撃を受けた警備員たちは、全員気を失って動かなくなった。


「……鷹……藤!!」


「…………なっ!?」


 警備員たちを倒した豊川は、すぐに文康へと接近する。

 その速度に付いて行けない文康は、あっさりと豊川に懐へ進入された。


「ガアッ!!」


「うぐっ!!」


 文康の懐に入った豊川は、さっきのお返しとばかりに膝蹴りを文康の腹へ放つ。

 成すすべなくその攻撃を受けて、文康は胃の中の物をリバースした。

 そこから、豊川による文康の嬲り殺しが始まった。


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