第89話
「負けちったな……」
医務室に運ばれた了は、仰向けの状態で天井を見上げつつ呟く。
負けたら終わりのトーナメント戦。
ここで了の大会は終わりだ。
そのことを確認すうような呟きだが、どこか悔しそうに見える。
「……お前はよくやったよ」
毎年、各校の1年生は、出場しても大会の雰囲気などに呑まれ、2、3年生との実力差で1回戦で負けてしまうことが多い。
先程の東堂との試合も、もしかしたら引き分けに持ち込めるかもしれない所まで追いつめた。
柊家の綾愛や鷹藤家の文康のように、名門家の出身でないにもかかわらずベスト16に入ったのだから充分な成果といっていい。
しかし、了からすると、最初から引き分けなどではなく勝利できると思ってとった策で負けてしまったのが悔しいようだ。
その表情を見て、伸は了を慰めるように言葉をかけた。
「色々実力不足だった」
魔力を飛ばすことが苦手なため、どうしても接近戦に持ち込むしかない。
接近戦に持ち込みさえすれば、例え上級生であろういい勝負ができると思っていた。
しかし、東堂を自信のある接近戦に持ちこんだというのに、相打ちに持ち込まれて負けることになってしまった。
魔術の技術がもう少しあれば、剣技も相打ちすら許さないほどに高めていればと、思い返すと自分に足りないものが幾つも浮かんできた。
そう考えると、了は更に悔しさが込み上げてきた。
「来年は今年以上の成績を取るしかないな」
「そうだな……」
東堂は3年のため、来年リベンジというわけにはいかない。
今回の悔しさを晴らそうと思うなら、今年よりいい成績を狙うしかない。
伸がそう話すと、了は納得したように返事をした。
「つっても、来年も学園代表に選ばれないといけないっていう難関が待っているけどな」
「うっ、それを聞くと、来年は無理そうに思えてきた」
了の中で、今年は校内戦では組み合わせに救われた思いがある。
準決勝で、柊家に仕える家の杉山奈津希が、綾愛と対戦することになった。
その時の試合を見る限り、奈津希の方が自分より代表選手にふさわしいのではないかと思った。
その奈津希を差し置いて出場選手に選ばれたのだから、いい成績を残さなくてはと思い、捨て身の勝利を目指したのだ。
2年生になれば枠が1つ増えるとは言っても、校内には他にも能力のある者たちが存在している。
そういった者たちを相手にまた勝てるとは言い切れないため、了は悩まし気な表情へとなった。
「試合を見ていくか? 治療も終わったんだし、ホテルに帰るか?」
治療班の回復魔術によって、了が試合で負った怪我は回復している。
了の様子を見る限り、気を失ったのは魔力切れではなく、怪我によるものだったようだ。
魔力もほとんど使いきったようだが、僅かに残っていたようだ。
そのことから、了は本気で勝とうとしていたのがうかがえる。
了の試合はもうないが、大会自体は続いている。
伸は、了にこのまま試合を見ていくか、それとも疲労回復するためにホテルに帰るか問いかけた。
「疲れたしホテルに帰るよ」
「そうか」
怪我は回復したが、これまでの連日の試合の疲労は残っているはずだ。
それに、魔力もほとんど残っていないため、ホテルに戻って休みたいのだろう。
了が選んだのがホテルの方だったことに、伸は納得した。
「荷物は持ってきている。行くか?」
「あぁ」
了が気を失っていたのは十数分。
その間に、伸は控室に荷物を取りにいっていたため、いつでも帰ることができる。
もう少し休んでからでも大丈夫なのだが、薬品の香る治療室にいるよりもホテルの方がゆっくりできるだろう。
さっそく、伸は了と共にホテルへ帰ることにした。
「んっ? 鷹藤の試合が始まるみたいだな……」
「……へぇ~」
伸と了は、ホテルに着くとすぐにテレビをつける。
すると、優勝候補の一角である鷹藤文康の試合が開始されるところだった。
「やっぱりこいつが優勝かな……」
「ん~……、ここまで無難に勝利しているからな。あり得るな」
1年生でありながら、文康は優勝候補の一角と注目されており、テレビでも何度も特集が組まれていた
そして、それを証明するように、文康はここまで危なげなく勝利していた。
そのことからも、了はこのまま優勝するのではないかと考えているようだ。
了の呟きに、伸も特に否定はしない。
文康は、1年生でありながらたしかに能力は高い。
優勝してもおかしくないと思っている。
「柊は?」
「ベスト4がギリギリかもな……」
伸が文康の評価をすると、了は綾愛のことを聞いてきた。
同じ学園の代表選手なのだから、気になるのも当然だ。
その了の問いに対し、伸は少し悩みながら返答した。
八郷学園の代表選手になってから、伸は時々綾愛の訓練に付き合わされていた。
元々才能はある方だった所に、伸からの指導を素直に受け入れたためか、綾愛はコツコツと上達していった。
それでも文康に比べると物足りない。
そのため、優勝は難しいのではないかと思っている。
「相手はどこの学園だ?」
「たしか、太多の3年だったはずだ」
了に文康の対戦を相手を聞かれて、伸はスマホでトーナメント表を探し出して返答した。
文康は1回戦からここまで、ずっと3年生が相手だ。
それも優勝候補と言われている実力を証明している。
ベスト8をかけた試合の対戦相手は、太多学園の3年男子だったはずだ。
「自信満々な面してんな……」
「あぁ、そうだな……」
アナウンサーに呼ばれて舞台へと向かう文康は、声援をかける女性の観客に手を振りかえしている。
これから試合だというのに、負けるとは思っていないように見える。
その表情を見ていると、2人は何となくイラッと来た。
「……相手はどれだけもつかな?」
「10分以上もってくれればいいんだけどな」
「あぁ」
文康はこれまでの試合を、毎回5分くらいで終わらせている。
あの余裕面を変えるためにも、せめてその合計時間を越えてくれることを2人は期待した。
「「………………」」
舞台に立つ文康は、対戦相手が来るのを待つ。
伸と了も、黙ってテレビを見ていた。
「…………何か遅くね?」
「そうだな……」
対戦相手が出てくるのを待つが、いつまで経っても出てこない。
少し待っても出てこないので、伸は疑問に思えて来た。
舞台上の文康も不思議そうにしている。
「「っっっ!!」」
何かあったのかと伸と了が思っていると、突然選手入場口が爆発を起こし、テレビの映像が乱れた。
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