第88話

「最後まで戦おうとする執念は見事だ」


 左手と右足にダメージを受け、持っていた木刀も飛ばされてしまった。

 そんな状態になっても降参しない了に、東堂は敵ながら称賛する。


「だが、もう君の勝ちはない。降参したまえ」


 近接戦が得意と言っても、それは武器があっての話。

 木刀も離れた所に落ちていて、取りに行くこともできない。

 武器のない状況では、もうこれ以上こちらの攻撃を防ぐ事などできないだろう。

 そのため、東堂は了に降参するようを提案した。


「へへ……、倒れる以外の負けは認めないっす」


「……そうか」


 この大会の出場者の中には、了のように降参しないタイプがいる。

 負けるにしても、倒れるまで戦うことを美徳としている者たちだ。

 あまり褒められた考えではないが、そういった考えの者は毎年いる。


「じゃあ、仕方ない……」


 倒れる以外の負けを認めない。

 了のような相手に、説得は無理。

 東堂はそう判断した。


「多少の痛みは我慢してもらおう」


 倒さないと勝負がつかないというのなら仕方がない。

 東堂は、了へ向けて木刀を構えた。


「最後は魔術ではなく、これで相手しよう」


 了との戦闘では、終始魔術による遠距離攻撃ばかりをして来た。

 しかし、それは接近戦が苦手だからではない。

 上位を目指すためには、リスクを減らした戦いをする必要がある。

 そのため、安全策として遠距離攻撃での戦いをおこなってきたのだ。

 さすがに、手足を怪我し、木刀も失って自慢の剣術も使えなくなった相手に負けるわけがない。

 東堂は、最後は直接攻撃を当てることで了に勝利することを選んだ。


「ハッ!!」


 動くこともできない相手に余計なフェイントはたいした意味がない。

 地を蹴った東堂は、まっすぐ了へと攻めかかった。


“ニッ!!”


 間合いまで入った東堂が、了の胴へと木刀を振る。

 その瞬間、了は笑みを浮かべた。


「ハァッ!!」


「っ!!」


 接近した東堂に向けて、了は右手を突き出し、気合と共に右手から魔力弾を放出した。

 東堂がそれに気付いた時にはもう遅い。


「がっ!!」「うごっ!!」


「ダブルノックダウン!!」


 東堂の木刀が当たるのと同時に了の魔力弾が直撃し、またも2人共ダウンした。

 それを見た審判は、またも両者へ向けてカウントを始めた。


「やっぱり……」


 この結果に、伸は納得していた。

 降参を指示しても了が無視するため、伸は理由を考えた。

 了は、別に倒れるまで負けを認めないというような考えの持ち主ではない。

 それでも降参しないということは、まだ逆転することができるかもしれないと考えているからだ。

 そして、今の了にできることを考えた時、残った僅かな魔力で攻撃するしかない。

 しかし、了は魔術を放つことが苦手だ。

 木刀があれば、剣先から発射するというようなことができるようになったが、手から放つには射程距離が足らない。

 攻撃を当てるには、東堂を近付けなければならない。

 了は、痛めつけられながらもその状況を上手く作り出し、その罠に東堂が上手くハマったのだ。


「グッ……」「ウゥ……」


 魔力切れ寸前の了に、カウンターで攻撃を受けた東堂。

 攻撃を受けた痛みに呻きながら、了と東堂は審判のカウントに反応した。


「くっ……」


 必死に起き上がろうと、了は両手をついて四つん這いになる。

 魔力切れ寸前だというのに、かなりの執念だ。


「グゥ……」


 了の魔力弾を至近距離で受けて吹き飛ばされた東堂も、痛みをこらえて上半身を起こす。

 まさか残った魔力を使って反撃に出るなんて、予想もしていなかった。

 見事に相手の策にハマってしまった。

 勝利目前での逆転負けになる訳にはいかない。

 何としても立ち上がろうと、東堂も懸命に足に力を込めた。


「16、17……」


「ガァ……」


 立ち上がろうとしている2人に対し、審判のカウントは進んで行く。

 20秒カウントされれば、両者ノックダウンで引き分け再試合になる。

 今日引き分けになって再試合になっても、自分は勝てる。

 しかし、怪我や魔力は回復する手立てはあるが、疲労は完全に抜けるものではない。

 勝ち上がっても、他の選手よりも1試合分の疲労が蓄積された状態で戦わなくてはならなくなる。

 3年の自分はこれが最後の誓いだ。

 優勝を目指すには、再試合なんてしているわけにはいかない。

 そう考えた東堂は、足を震わせながら立ち上がった。


「18……」


「ぐう……」


 東堂は立ち上がったが、了は四つん這いの状態から動けない。

 懸命に立ち上がろうとするが、魔力切れ寸前のうえに左手と右脚の痛み。

 立てないのも当然だろう。


「19……」


「ぐふっ!」


 審判が19と数えた時、了は力尽きた。

 突いていた右手から力が抜け、前のめりに倒れてしまった。


「20!」


 倒れた了に対し、容赦なくカウントがされる。

 東堂は立ち上がれたが、了は20カウント内に立ち上がれなかった。

 これにより、勝者が決定した。


「勝者! 東堂!」


「「「「「ワアァーーー!!」」」」」


 勝者の名乗りを受け、東堂が片手を上げる。

 それにより、観客たちから大きな歓声が上がった。

 ダブルノックダウンが2回も起こる試合なんてなかなか無い。

 そんな珍しい試合にお目にかかれて、興奮しているようだ。


「了!」


 決着がついたため、セコンドの伸は倒れている了へと駆け寄る。

 うつ伏せの状態から仰向けにして声をかけるが、了は全く反応しない。

 どうやら魔力を使い切ってしまい、気を失っているようだ。


「失礼! 治療室へ運びます!」


「お願いします」


 伸が声をかけていたところへ、大会運営が手配していた治療班の人たちが担架を持って駆け寄ってきた。

 治療室へ運んで、了の怪我を回復させてくれるのだろう。

 回復魔法なら伸もかけられるが、彼らに任せた方が良いだろう。

 そう判断した伸は、素直に治療班の人たちに了のことを任せた。


「「「「「パチパチパチ……!!」」」」」


 担架に乗って運ばれて行く了。

 その了に対して、観客から大きな拍手が鳴り響いた。

 1年でありながら、東堂を追い詰めた実力を認められたからだろう。

 その拍手を見て、伸はセコンドとしても、友人としても、了のことが誇らしく思えた。


「君!」


「はい?」


 了の木刀を拾い、伸も治療室へと向かおうとした。

 その伸を、東堂が呼び止めた。


「彼にナイスファイトと伝えてくれ」


「分かりました。明日も頑張ってください」


「あぁ、ありがとう」


 何かと思ったら、東堂から了への伝言を頼まれた。

 予想以上に苦戦させられ、了の実力を評価したようだ。

 その言葉を受け取り、伸は東堂へ明日もいい試合をしてくれることを願った。

 伸からの返事を受けた東堂は、拍手に包まれながら舞台から去っていったのだった。


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