第92話

「……どうなっているんだ?」


 さっきまで正気を失っているだけのように見えた。

 しかし、豊川の変化はまともではない。

 薬物中毒といったもので済む話ではない。


「ガアァーー!!」


「っ!!」


 狙いである鷹藤家長男の文康がいなくなり、邪魔をする俊夫を標的に変えた豊川は、大きな声を上げると共に襲い掛かってきた。

 姿が変化したことにより、これまで以上の速度で俊夫との距離を詰める。

 そして、木刀を思いっきり振り下ろしてきた。

 その攻撃に対し、俊夫はバックステップをして躱した。


“ドーーーン!!”


「くっ!! なんて威力だ……」


 攻撃を躱された豊川の攻撃が、そのまま地面を叩きつける。

 それにより、地面に小さなクレーターができた。

 直撃すればかなりの痛手を負っていたことが理解でき、俊夫は冷や汗を掻いた。


「グルルル……」


 攻撃を躱された豊川は、俊夫を睨みつけ唸り声を上げる。

 どう見ても自我を持っているようには見えない。


「これでは完全に魔物だな……」


 見た目もそうだが、纏っている魔力も人間の物というより魔物の魔力に近い。

 人間が魔物に変化するなんて、とてもではないが信じがたいことだ。

 しかし、目の前の豊川は、どう考えても魔物そのものだ。


「残念だが、仕留めるしかないか」


 薬物などで正気を失っているというのなら治療する手立てがあるかもしれないが、魔物になった人間を元に戻す方法なんて知らない。

 そもそも、自分の身まで危ないため、殺さないように倒すことなんて出来そうにない。

 元は未来ある若者ではあるが、放置して他の一般人に被害が及ぶのも防がなければならないため、俊夫は魔物と化した豊川を仕留める覚悟をした。


「ガアァーー!!」


「っと!」


 豊川は再度俊夫へと攻めかかる。

 かなりの速度だが、元々は槍使いだからか剣術はいまいち。

 威力はあっても、そんな剣が通用する訳もなく、豊川が振り回す木刀はことごとく俊夫に躱されて空を切った。


「ふぅ~……、剣の腕は低いのは助かったな」


 豊川の攻撃を躱して一旦距離を取ると、俊夫は一旦息を吐く。

 肉体の変貌と禍々しい魔力による身体強化で、かなりの力と移動速度になっている。

 しかし、何とか対応できるレベルだ。


「ガアッ!!」


「なっ!!」


 これなら倒せるかもしれないと思っている俊夫へ向けて、豊川は左手を向ける。

 そして、左手に魔力を集め、その魔力を使って俊夫へ向かって火球の魔術を放ってきた。

 その魔術に驚きつつ、俊夫は飛んできた火球をギリギリのところで躱した。


「魔術まで使うか……」


 自我までなくなっていそうな状態なのにもかかわらず、魔術までも使ってくるとは思いもしなかった。


「まぁ、魔物の中には魔術を使うものもいるし、元が人間なら使えるのも不思議じゃないか……」


 魔物の魔術といったら、大抵は身体強化くらいしかできない。

 しかし、知能の高い魔物の中には、魔術を使った攻撃をしてくるものもいる。

 目の前の魔物は、元は豊川という魔術学園に通う生徒だ。

 変貌したからといって、魔術が使えなくなるとは決まっていない。

 そのため、俊夫は魔術を使ったことに自答するようにして納得した。


「ガアッ!!」


「フッ!」


 火球を躱された豊川は、懲りずにもう一度火球の魔術を放つ。

 しかも数発同時にだ。

 その攻撃を、俊夫は息を吐きつつ危なげなく躱す。


「グルアッ!!」


「っ!!」


 火球は囮だったらしく、豊川は攻撃を躱している間に俊夫との距離を詰めていた。

 そして、距離を詰めたと同時に、木刀による攻撃を放ってきた。

 その攻撃を、俊夫は刀で受け止めることで防ぐ。

 しかし、力比べでは今の豊川の方が上。

 そのため、俊夫は自ら後方に跳ぶことにより威力を殺しつつ、ワザと吹き飛ばされた。


「魔物化してもまだ知能が残っているのか……」


 ワザと飛ばされた俊夫は、着地すると冷静に豊川のことを分析する。

 魔術を利用しての攻撃。

 意識や体は完全に魔物と化しているようだが、人間としての知能は完全に失っていないような戦闘方法だ。


「これは相当厄介だぞ……」


 どういうふうにして豊川をこのような状態に変化させたのか分からないが、どう考えても自分で望んでこうなるとは思えない。

 そうなると、何者かの手によってこのようにされたということになる。

 人間を魔物に変化させる方法があるとしたら、他にも豊川のようにさせられる者がいるかもしれないということだ。

 とても放置して置ける話の内容ではない。


「早いとこ倒して、魔闘組合に報告しないとマズイな」


 何者かの手によるものならば、豊川のようなことが他にも起きる可能性があるため、多くの魔闘士に情報として知らせる必要がある。

 皇都だけでなく、もしかしたら国中で起きるかもしれないことを考えると、やはり魔投資組合に報告するのが一番だ。

 そのため、俊夫は一刻も早く魔物と化した豊川を倒すことにした。


「ガァッ!!」


「…………」


 先程と同じように、豊川は火球の連射をおこない、俊夫との距離を詰めるタイミングを計る。

 俊夫は俊夫で、攻撃を躱しながら豊川が接近してくるのを黙って待った。


「グルァッ!!」


「っ!!」


 魔術を躱す俊夫の態勢が僅かに崩れた所を見て、豊川が動く。

 距離を詰め、俊夫の脳天目掛けて木刀を振ってきた。

 これまでと大差ない攻撃だが、込められた魔力量からいってもその攻撃を受け止めることは不可能だ。

 もしも受け止めようものなら、俊夫の腕が折れることは間違いない。


「ハッ!!」


「ガッ!!」


 触れることすら危険な豊川の攻撃を、俊夫は退くのではなく前へと動く。

 脳天へと迫る攻撃を躱しつつ、俊夫は豊川の胴へ刀を滑り込ませる。

 俊夫が豊川の横をすり抜けるようにして行き交うと、豊川は大量の出血と共に呻き声を上げた。


「ガアァ……」


 腹をバッサリと斬り裂かれ、大量の出血をした豊川は前のめりに倒れる。

 呻き声を上げるが、それも段々と弱くなっていく。


「すまんな。殺す以外に救う術がなかった」


「…ガ…ゥ……」


 元は才能ある高校生。

 それが醜い魔物へと姿が変わってしまった。

 何者の手によるものなのか分からないが、手にかけることになってしまい、俊夫は息を引き取る豊川へと謝罪の言葉をかける。

 死んでも姿が元に戻ることもなく、同じ高校生の子を持つ親としては何とも言い難い討伐となった。


「柊殿!!」


「鷹藤殿……」


 豊川が息を引き取ったのを確認した所で、突然声をかけられる。

 その方へ目を向けると、鷹藤家の康義と康則の親子が到着したようだ。

 到着した2人に、俊夫は事の顛末を説明することにした。


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