第78話
「お父さんから聞いた話は以上よ」
いつものように放課後に料亭で落ち合った綾愛は、父である柊家当主の俊夫から聞いた話を伸へと伝える。
名門鷹藤家当主の孫である文康がおこなった、魔術師内では禁止されている無許可での他地区の魔物の奪取。
その一部始終を録画した映像を、録画した本人である伸から受け取った俊夫は、すぐに鷹藤家へと抗議に行った。
映像という確固たる証拠があるため、話し合いは俊夫の優位の立場で進んだらしく、鷹藤家当主の康義と息子の康則は、申し訳なさそうにしていたという話だ。
「彼を監督する立場の者たちはクビになったが、文康はある意味お咎めなしか……」
伸の撮った映像で、鷹藤家の評判を貶めるということもできたのだが、俊夫としてはそれよりも貸しを作った方が良いと判断したらしく、公にしないことにしたそうだ。
公にしないとは言っても、何のお咎めもないというわけにはいかない。
そのため、鷹藤家は映像に写っていた文康以外の3人を、鷹藤家の魔物討部隊からクビにしたそうだ。
文康は高校卒業まで魔物討伐の仕事を手伝わさないというだけで、ある意味お咎めなしともとれる処罰で済まされたそうだ。
映像の使い方は俊夫に任せたので文句を言う訳ではないが、もうちょっと何か罰があっても良かったような気がしないでもない。
柊家は魔族討伐による特需で評価が上がっているが、他の有名魔術師一族たちからすれば、田舎の八郷地区の名門でしかない柊家が、自分たちよりも評価されていることが気に入らないと思っていることだろう。
そういった者たちを抑え込むためにも、鷹藤家に動いてもらうことを俊夫は優先したようだ。
といっても、柊家のことを評価する発言を時折してもらうと言うだけのことで、
それだけで鷹藤家との関係性が深いと思わせ、簡単に手出しをして来ないようにするのが目的だが、あくまでもそうなれば良いという程度の期待でしかない。
「仕方ないんじゃないの。考えは子供でも、実力は一級品。しかも鷹藤家の長男なんだから」
綾愛も伸と同様に、鷹藤家が甘い処罰で済ませたと思っている。
しかし、文康は性格がまだ子供でも実力はたしかな存在。
鷹藤家としても、そんな存在を追い出すようなことをしたくないのだろう。
それに、家から追い出すようなことをしたら、当然その理由を聞かれる。
そうなると、せっかく俊夫との間で公にしないようにした意味がなくなる。
なので、たいした罰を与えられないという結論になったようだ。
「尻尾切りにされた者たちはかわいそうなことだ」
しかし、映像に映った者たちは、とんだとばっちりだ。
彼らは文康の護衛的な立場で動いていただけでしかなく、オーガを倒しに行くという発想も彼らの考えではないはずだ。
それなのに、護衛対象である文康の勝手な行動によって、クビになってしまったのでは溜まったものではないはずだ。
文康がたいした罰になっていない分の、いわばトカゲの尻尾切りのような役割を担わされたのかもしれない。
「クビにはしたけど、鷹藤家関連の職場に移されるんじゃない?」
「そういやそうか……」
魔物の討伐部隊に配属されるのは危険な分給金も高いため、魔術師の中でも花形の職業でもある。
それがクビにされてしまって可哀想だと伸は思っていたが、綾愛としてはそう考えていなかった。
クビにされたとは言っても、鷹藤の弱みを握っているという立場でもあるため、下手にそのまま放り出すようなことは鷹藤家としてもできない。
罰のために魔物の討伐部隊から外されるが、鷹藤家の他の事業の職場に移されるというのが妥当なのだろう。
綾愛にそういわれて、伸も納得した。
「対抗戦で何かしてこないかしら?」
今回は文康の自業自得なのだが、柊家の者によってチクられたとでも思っている可能性がある。
そんな子供の思考をしている文康のことだから、その恨みを対抗戦に出る柊家の自分に向けてくるかもしれない。
伸に言うことではないが、鷹藤家から文康との婚姻の打診も来ていたという話だ。
美形と言っても、綾愛からすると文康は好みのタイプではない。
ついで話として、母から今後婚約の話は来なくなると聞いて安堵していたが、もしかしたらそのことでも不満に思っているかもしれない。
綾愛はふとそんな思いに駆られた。
「……あり得るかもな」
今回の件を引き起こした原因が、魔族の件で柊家に横取りされたという思い込みから起こしたという話だ。
それだけ聞いたら、文康は実力のある子供という印象しかわかない。
そんな子供なら、綾愛の言うようにちょっかいをかけてくるかもしれないと伸も思い始めた。
「まぁ、ちょっかいかけられるにしても試合の時だけだ。もしも対戦するとなった時のために、実力をつけておくしかないんじゃないか?」
「そうね……」
対抗戦でちょっかいかけて来るにしても、試合以外は顔を合わせることなんてごく僅かでしかない。
どんな組み合わせになるか分からないが、そんな都合よく対戦することになるとは思えない。
何かするにしても対戦した時くらいだろうから、その時のために強くなっておくことしか対抗する手段はない。
伸の言葉を聞いた綾愛は、納得したように頷いた。
「そのためにも、私に訓練を付けてくれないかしら?」
「……えっ? 俺が?」
「えぇ!」
対抗戦で優勝できるようにとまではいわないが、せめてそう簡単に負けない程度には強くなりたい。
強くなるのなら、強い人間に教わるのが一番の近道だと思われる。
綾愛は、学園以外にも父や柊家の者たちから指導を受けている。
伸からは魔力操作の訓練などの細かいことなら教わったことがあるが、剣技などの技術指導を受けたことはない。
彼らの指導もためになるとは思っているが、やはり父以上の実力の持ち主である伸に教わるのが良いと考えた。
「危険になるのは、遠回しにいうとあの映像のせいなんだから、いいでしょ?」
「ひでえな……」
あの映像を手に入れたことによって、もしかしたら自分が危険な目に遭うかもしれないのだから、その映像を撮った伸に責任を取ってもらおうという言いがかりのような考えだ。
そんな事を言って来るとは思わず、伸はたじろぎつつ呟いた。
「まあいいか」
「本当!?」
「あぁ……」
言いがかりのようなものではあるが、可能性はゼロではない。
指導するだけで良いのだからと、伸は了承することにした。
言質をとった綾愛は嬉しそうに拳を握った。
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