第77話
「ただいま」
「おかえりなさい」
鷹藤家へと行っていた柊家当主の俊夫が自宅に帰ると、妻の静奈が玄関で出迎えてくれた。
その静奈へ挨拶すると共に、俊夫はそのまま自室の方へと向かっていった。
「それでどうなりました?」
俊夫がスーツから部屋着にしている着物に着替えると、静奈はすぐさま今回のことの結果を尋ねてきた。
別に仲が悪いわけではないが、普段はしないのにわざわざ出迎えてくれたのは、鷹藤家との交渉のことが気になっていたからだろう。
「事件の謝罪と、大きな借りを作ることができたよ」
映像という完全な証拠があったため、俊夫と鷹藤家当主の康義とその息子の康則との話し合いはスムーズにことが進んだ。
大和皇国において長年トップに君臨する鷹藤家の当主と次期当主が、俊夫に対して頭を下げることになった。
一番縄張りを強いていたのは鷹藤家だ。
その鷹藤家当主の孫がルール違反をおこなったと伸のメールによって知った俊夫は、鷹藤家の連中に恥をかかせるために国中に広めてやろうかと考えた。
しかし、あまりことを大きくすると手痛いしっぺ返し来ると思い、黙っている代わりに柊家への貸しとすることで収めることにした。
鷹藤家を落とすよりも、その力を利用した方が柊家にとっては都合が良いと判断したからだ。
「それは良かったけど、私が知りたいのは綾愛のことよ」
「あぁ……」
実は、話し合いの席で、俊夫は康義たちにある約束をして来た。
俊夫としてはおまけといった意味合いも強いのだが、静奈はそちらの方が気になっているようだ。
鷹藤家の貸しなんかよりも上に置いている妻に、俊夫は少し呆れたような表情をした。
「綾愛と文康の婚約話は今後言ってこないと了承させた」
「ほんと!? 良かったわ~!!」
俊夫の言葉を聞いた静奈は、跳び上がりそうなほどに喜びの声を上げた。
鷹藤家と柊家の間で、子供同士の婚約話が上がっていた。
少し前に俊夫が魔族を倒したことで、鷹藤家としては柊家に興味を持つことになった。
魔術師の能力は遺伝的要素もあることは証明されているため、鷹藤家としては才能のある子孫を生すためには、才能のある嫁を文康に用意する必要があると考えていた。
丁度柊家には綾愛という娘がいたため、婚約させることを俊夫へ打診してきていた。
やんわりと断っていたのだが、少し間を空けてまた申し込んで来た。
それが数回続いているので、静奈はうんざりしていたため、もうそんなことが起きないのだと分かって嬉しかったのかもしれない。
「別にそんな約束しなくても良かったんじゃ……」
「だめよ! 綾愛には伸君ていうお婿さんを手に入れてもらうんだから!」
柊家には娘の綾愛しかいない。
嫁に出してしまえば、柊家は分家の者に引き継がせるしかなくなる。
鷹藤家と違い、柊家の分家に能力の高い魔術師がいないため、それを言い訳にして婚約を断っていられるのもいつまで持つか分からないでいた。
そんな時に魔物の横取りなんて事件が起こってくれたのは、ある意味ありがたかったと言っていい。
これでまだ言って来るようなら、映像を流出させてしまうことも視野に入れている。
静奈の場合、綾愛の相手となる人間も決めているから断るようにいっていたのが本心だ。
その相手となるのが伸だ。
「相当新田君を気にいってるんだな?」
「当たり前よ! 綾愛と伸君の子なら、柊家最強だって簡単な話よ」
魔族を蹴散らすような高校生が、綾愛と同じ学年にいる。
理解しがたいことだが、実際に起きたことだから疑いようのないことだ。
それだけ強いとなれば、当然自分の家に取り込みたいと思うものだ。
静奈は最初から伸を取り込もうと動いていたため、自分の目が正しかったと綾愛と伸をくっ付けることにさらに力を入れ出している。
娘が嫁に行かないで済むのは嬉しいが、男親からすると婿を取るという話はまだしたくない。
そのため、俊夫は静奈のやる気に呆れている部分がある。
「あなたもそう思っているから私の行動に口を出さないのでしょ?」
「…………」
言われた俊夫は痛いところを突かれた。
綾愛にはいつか婿を迎え入れなければならないが、相手を吟味したうえでという思いが俊夫にはあった。
綾愛が高校生になって少しして、噂になった新田伸。
その少年に接触して見れば、魔族を倒すような常識外れの魔術師だった。
死にかけた所を救ってもらったこともあり、俊夫としても伸のことは認めている。
静奈が言うように、上手く言ったら仕方ないと見てみぬふりしているのが心情だ。
そのため、静奈にかけられた問いに無言になるしかできなかった。
「……何にしても、今頃鷹藤家の連中は大騒ぎになっているだろうな」
◆◆◆◆◆
俊夫の呟き通り、鷹藤家では康義と康則が、俊夫と話し合った部屋に文康を呼びつけていた。
「文康。これはどう見てもお前だな?」
「…………はぃ」
俊夫から渡された映像データを見せ、康義が問いかける。
その問いかけに、文康は小さい声で返事をする。
いつものように静かではあるが、重苦しい空気を放っている祖父に気圧されてしまっている。
まさか映像に取られているとは思わなかった。
「縄張り荒らしはするなと、お前が小学生の頃から何度も言ったはずだ」
「何故こんなことをした!? 鷹藤家の歴史に汚点を着けるつもりか!?」
康義が静かに怒るのに対し、康則は分かりやすく怒気を込めて問いかける。
昔から天才と言われ、最近は天狗気味だと思っていたが、よりにもよって一番鷹藤家にとってはしてほしくないことをするとは思っていなかった。
「柊家も同じことをしてたではないですか! だから……」
「魔族の時のことを言っているのなら、柊家はルールに則って問題に当たっている。彼らの地区に逃げ込んだ魔族を倒して評価されることの何が文句あるというのだ?」
今回の文康と、魔族を倒した時の柊家では話が違う。
柊家は自分たちの地区に逃げてきた魔族を倒したのであって、他の地区に行って倒して持ってきたのではない。
鷹藤家主体で作られたルールに則っているので文句は付けられない。
「我々が討伐に向かってから動いたにしては都合が良すぎます!」
「そこの関しては私も思う所がないわけではない。が、それとこれとは全く別の話だ」
魔族潜んでいると思われる洞窟は、官林地区から八郷地区へと繋がっていた。
鷹藤家がその討伐に向かった知らせを聞いてから洞窟の特徴を思いだし、柊家の当主たちが調査に向かったところ、逃げてきた魔族に遭遇し討伐したという話だった。
しかし、鷹藤が討伐を開始してから動いたにしては、都合が良すぎる気もしないではない。
もしかしたら、自分たちが仕留めるために魔族が逃げてくるのを待っていたという可能性がある。
例えそうだったしてもルール違反ではないので、何もいうことはできない。
「柊家の温情で、この映像は秘匿してくれることになった。こんな事をしたお前は今後魔物退治に参加させないことにした」
「そんな……」
「家を追い出されないだけありがたく思え!!」
柊家の当主である俊夫は、この事件を広めないために条件を付けてきた。
たいした条件ではなかったので康義たちは受け入れたが、大きな貸しができたことに変わりはない。
その貸しを作ることになった張本人である文康には、やはり魔物討伐に参加させるには早かったと判断し、康義は罰として今後参加させないことに決定した。
そのことに抗議を言おうとした文康だったが、康則によって中止せざるしかなかった。
鷹藤家に汚名を着せることになりかけたのだから、勘当して家から追い出してしまうということも考えていた。
康則には文康以外にもう1人息子がいるため、その子に継がせるという手も取れない訳ではないが、さすがに文康の才能を捨てるのはもったいない。
打算的な考えによる判断だが、それに助けられたとしか言いようがない。
「…………」
勘当寸前まで行くようなことをしたとは思っていなかった文康は、無言で罰を受け入れるしかなかった。
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