第79話

「到着!!」


「……何してんだ?」


 バスから降りてすぐ、ホテルの玄関前で両手を上げてポーズを決める了。

 それを隣で見つめる伸がツッコミを入れる。


「対抗戦が始まるかと思うと、テンション上がるじゃん?」


「まぁ、そうだな」


 大和皇国には8つの地区に分かれており、その8つの地区には1つずつ国立の魔術師学園がある。

 その8つの魔術師学園は、どこも例年は12月の23日から2週間程度の冬休みの期間に入るのだが、その期間を利用して毎年8つの学園の代表者を集めての対抗戦が行われている。

 高校生の魔術師と言っても、国立の魔術師学園に通うような生徒はみんなエリートだ。

 その中でも成績が優秀な人間でないと大会になんて参加できない。

 言わば、対抗戦に出場できる生徒はエリート中のエリート。

 当然有名な魔術師の一族は彼らに注目している。

 その対抗戦の八郷学園1年代表の1人に選ばれた了。

 ここで少しでも印象に残るような戦いをすれば、どこからかスカウトを受けるかもしれない。

 そう考えると、参加選手に熱くなるなという方が無理だ。

 どうやら、了も例外ではなく、テンションが上がっているようだ。

 了の付き添いで来ている伸には関係ないことなので、テンション的には平常運転だ。


「テンション上がるのはいいが、さっさと部屋に行こうぜ」


「あぁ!」


 了のテンションが競馬で言うところのちょっと掛かり気味な感じがするが、大会が始まれば雰囲気に慣れて少しは落ち着いてくれるだろう。

 そんな期待をしつつ、伸は了を引き連れるようにしてホテルに入り、割り振られた部屋へと移動していった。


「おぉ! 官林タワーが見えるぞ!」


「……本当だ」


 選手とセコンドの2人で一部屋が与えられ、伸は当然了と同じ部屋だ。

 荷物をベッドに放り投げると、了はすぐさま窓の外を眺め、またもテンション高く声を上げる。

 その声に釣られるように伸も外を眺めると、了の言うように窓の外には電波塔が立っていた。

 官林地区のにある電波塔だからと名付けられた官林タワーだ。


「俺、映像とかでしか見たことなかったんだよ!」


「……そうか」


 皇都に来たら官林タワー。

 そう言われるほどの有名な電波塔で、展望台からの景色は頻繁に特集が組まれるほど評判がいい。

 特に夜景が人気で、デートスポットとしても有名だ。

 テレビやネットなどでしか見たことが無い了は、対抗戦以外にもテンションが上がる要因があるようだ。


「テンション変わんねえけど、伸は皇都に来たことあるのか?」


「まぁ、何度か……」


 いつもと変わらない伸のテンションに、了は不思議そうに問いかけてくる。

 それに対し、伸は軽く頷きつつ返答する。

 中学生になって少しして、伸は転移魔術が使えるようになった。

 転移魔術とは、一度行ったことのある場所に一瞬で移動する魔法だ。

 そのため、皇都には来れるようにしてある。

 というより、中学3年間を利用して、大和皇国中の主要都市にはいつでも行けるようにしてある。

 休日の暇つぶしに皇都へ行くということもよくあったため、了のように感動することはない。


「開会式が始まるから用意しろよ」


「あぁ!」


 対戦相手を決める抽選は、1週間前に各校の代表によっておこなわれている。

 今日は開会式がおこなわれ、1回戦の2試合が開催される。

 大会は1つの会場でおこなわれるのだが、その会場は5つの区画に分かれており、5つの試合が同時におこなうことができる。

 いつまでもホテルにいる訳にもいかず、伸と了は開会式へと向かう準備を開始した。


「開会式だっていうのにすごいな……」


 選手が学園ごとに列を作り入場した後、観客席に座る伸は会場を見渡して小さく呟く。

 開会式だというのに、観客席は満員になっていた。


「高校生のイベントと言っても、人気があるんだな。了の奴大丈夫か?」


 人気があるということは知っていたが、ここまでとは思ってもいなかった。

 自分が出たら優勝できる自信があるため、高校生の対抗戦なんて興味がなかったが、少しだけ出ても良かったかもと思えてきた。


「いたぞ!」


「あいつが鷹藤家の……」


 開会式が進むなか、周囲の観客の話合う声が聞こえてきた。

 やはり、今大会は名門鷹藤家の天才である文康が注目されていて、1年でありながらもしかしたら優勝するのではないかと噂されている。


「…………」


 周囲の観客の声を聞きながら、伸は他とは違う場所を見ていた。

 毎年大会の来賓代表として挨拶をする鷹藤家当主の康義へだ。

 伸からすると大叔父に当たる存在だ。

 祖父をいない者として鷹藤家当主についた康義を、伸は当然好ましく思っていない。

 そのため、康義を見ていると思わず眉間に皺が寄ってしまう。


「あっちは……」


「あぁ、八郷学園か……」


 観客たちが文康の話をやめたと思ったら、今度は違う人間の話に変わった。

 自分の学園の人間の話になったことに、伸は康義への視線を中断した。


「あれが柊家の……」


「そうだ。結構美形だな……」


 どうやら、綾愛の話に変わったらしい。

 それも分からなくない。

 人類にとっての脅威である魔族を倒したことで、柊家の評価は上がっている。

 そのため、綾愛の注目も上がっているようだ。

 綾愛の顔を見た観客からは、柊家ということにも興味があるが、見た目の方にも気が行っているようだった。






「了! お疲れ!」


「おぉ、伸!」


 開会式は何の問題もなく終了し、伸は会場から出てきた八郷学園のメンバーを待ち受けた。


「どうする? 試合見ていくか?」


 今日はこの後、開幕戦として東西の試合会場でAブロックの2試合がおこなわれることになっている。

 官林地区の西に位置する太多たいた地区の2年生と、八郷地区の南に位置する石波せきは地区の3年生の戦いが1戦。

 もう1戦は八郷の北に位置する台藤だいとうの3年生と、この官林地区から北に位置する瀬和田せわだ地区の3年生の戦いだ。

 了はブロックのため、勝ち進まない限り戦うことはない相手だ。

 見るにしてもホテルのテレビで見ることもできるため、どうするかは了に任せることにした。


「ホテルに戻ろう」


「了解」


 どうやら了の性格には似合わず、開会式で緊張していたようだ。

 その緊張感が切れたことで疲労を感じたらしく、了はホテルに戻ることを選択した。

 了も明日には試合が控えているので、戻って体を休める方が良い。

 その選択に従い、伸は了と共にホテルに帰ることにした。


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