第63話
「なあ……伸」
「ん? どうした?」
選考会の選手に選ばれた了。
そのセコンドに着くことになり、伸は選考会の日まで訓練相手として了に付き合っている。
了の所属する剣道部には、選考会の選手として2年と3年の男子が一人ずつ選ばれている。
選考会は学年別の戦いのため、自分よりもその先輩たちと訓練した方が良いように思えるのだが、彼らも自分のセコンドに選んだ者と訓練している。
訓練のために特別に解放されている剣道場でいったん休憩した時、了が伸に話しかけてきた。
「この数日訓練していて思うんだけど……」
「あぁ……」
タオルで汗を拭きつつ、了は真面目な顔をして伸の目を見つめてくる。
何か思う所があるようだが、何を言うのか疑問に思いつつ伸は返事をした。
「お前俺より強いんじゃないか?」
「……何でそう思うんだ?」
いきなりのことで、伸は一瞬固まる。
何も言わない訳にもいかないので、とりあえず何故了がそう思った質問で返した。
「俺お前から1本取ったことないからさ」
「それはいつも時間切れまで俺が逃げ回っているからだよ」
伸と了は、入学してから格闘の授業で対戦をしたことがある。
その時は時間制限があるため、いつも時間切れの引き分けに終わっている。
いつも勝負がつかないままにしていたのがよくなかったのか、了が自分の強さを察し始めていることに、伸は内心焦っていた。
今さら正直に答える訳にもいかず、伸はとりあえず誤魔化してみる。
「身体強化も伸びているのに勝てないし……」
「俺は昔から逃げるのが得意なんだ。それだけなら上級生の攻撃も躱しきる自信がある。了の攻撃に当たらないのもおかしな事じゃないと思うぞ」
魔術なしの剣の腕なら負けていないとは思うが、魔術ありの戦闘だと剣道部の2、3年生となるとそうはいかない。
選考会に選ばれた2人には、まだまだ及ばないと思っている。
それでも、夏休みに入ってからの成長で差は縮まっているはずだ。
苦手だった魔力の放出もできるようになり、戦闘の幅が広がった。
それと同時に、元々得意だった身体強化も成長している。
どの教科においても平均値の伸に、上手くいなされている気がしてならない。
その了に対し、伸は何とか逃げ足が速いということだけで誤魔化そうとした。
「……そうか?」
「そんな事より、俺が教えた戦い方ができるようにしておこう」
「う~ん……」
いくら実力がバレないようにしないといけないと言っても、ワザと負けるようなことはしたくない。
そんな負けず嫌いな所が出てしまったツケが、いま出てしまったのかもしれない。
自分の苦しい言い訳に納得していないようだが、いま了がすべきことは選考会で好成績を上げることだ。
そのため、休憩を終わりにして、了に訓練を再開させることにした。
「動きながらの魔力球が狙い通り飛ばせないと、敵からしたら脅威になんてならない。だから、動き回りながら俺に当ててみろ!」
「あぁ!」
これまではできなかったが、了の魔力コントロールが上手くなったことで、野球ボール大の魔力を敵にぶつけて攻撃するという選択肢ができた。
授業でも的に当てられるようになってきたが、それは動かない状態で動かない的を狙った場合によるものでしかない。
選考会では動き回った状態で使えるようになっていないと、これまで通り身体強化だけで戦闘することになってしまう。
それでも了なら何とかできそうだが、決勝まで目指すのなら戦闘の引き出しは多い方が良い。
そのため、伸は了の訓練の相手として動く的をしている。
「くっ! なかなか当てられねえな」
「言っただろ? 逃げるの上手いって」
訓練を再開し、了の魔力球が伸へと迫る。
しかし、動かない状態で的に当てられるようになったばかりの了の攻撃では、全く当てることができない。
魔力球を連発して汗を掻いている了は、全く当たらないことに悔しそうに呟く。
『もう少しギリギリで避けた方がよかったか……?』
言い訳した手前、そう簡単に当たる訳にはいかないため、伸は了の攻撃を普通に躱し続けていた。
さすがに、上手くなりたての人間の攻撃を躱すにしては大人げない動きだったかもしれない。
あまり余裕で躱し続けていると、上達具合も分からないことになりかねない。
伸はもう少し手を抜こうかと思い始めていた。
「やっぱこれ出来ないと無理か?」
「一回戦は渡辺だろ? 身体強化で叩き潰すって事もできるだろうが、念には念を入れないと」
「そうだよな……」
やっぱり避け過ぎたのは良くなかったのか、了から弱音のような発言がされた。
くじ引きの結果、選考会で了が最初に戦う相手は渡辺になった。
以前のチーム戦の時もそうだったが、1対1で距離さえ縮めれば了が勝つ確率は高い。
この魔力球の攻撃は、あくまでも距離を縮めるための手段だ。
了としてもこの攻撃ができる意味は分かっているが、なかなか上手くならないことに悩んでの弱音だったらしく、伸の説明に素直に頷いた。
「うまいこと柊とは別の山だ。来年は出れるか分かんねえから、今年がんばんねえとな」
「……あながち間違いじゃないから文句言えねえな」
運がいいのか、了が引いた番号は優勝候補の綾愛とは別の山だった。
トーナメントの性質上、了は決勝まで行かないと綾愛と戦うことにはならない。
そのため、了は渡辺に勝ち、千倉対大橋の勝者に勝てば、対抗戦の選手に選ばれるということになる。
進級したら、実力はあっても座学の点が良くない了では、選考会の8人に選ばれるようなことはないかもしれない。
つまり、代表に選ばれるのは今年が最後の可能性がある。
その応援の仕方はどうかと思うが、自分でも分かっているため、了は何も言えなかった。
「ほいっ!」
「おぉ、サンキュ!」
動き回って汗を掻いたため、2人は水分補給をするために置いておいたペットボトルを取りに行った。
先にその場所に着いた了は、伸の分のペットボトルを投げ渡してくれた。
「動き回るとどうしても集中しきれないな……」
了が伸に当てられないのは、魔力球を作るまでを急ぐあまり、的に当てることへの集中ができていないことが原因のように思える。
つまり、後はその集中を高める方法があればなんとかなるということだ。
「…………そうだ! 了! 正眼の構えだ!」
「えっ?」
了がどうすれば集中できるか考えていると、伸にはある方法が思いついた。
そもそも、了は剣道ばかりしてきた身だ。
ならば、わざわざ片手を木刀から離して魔力球を放てるようになるより、いつものままの構えから放てれば余計な動作も減って戦いやすいはず。
そう思った伸は、了に正眼の構えを取るように指示した。
「このままの状態で剣先から発射するイメージだ。やってみろ!」
「……あぁ」
木刀を中段に構え、伸は見本として剣先から小さな魔力球を放つ。
それを見せた後、了にやってみるように指示する。
剣道では当たり前のようにおこなわれる正眼の構えで魔力を練り、そのまま動く伸に狙いを定める。
「ハッ!」
正眼の構えで動きつつ、了は逃げ回る伸へ魔力球を放つ。
「っ! おぉ!」
これまで近くに飛んで来るようなことがなかった魔力球が、伸の足下付近に着弾する。
どう考えても、これまでよりも当たる可能性がある攻撃だ。
「すげえ! こんな方法があったのか!」
「おっ! っと! わっ!」
自分でも思った通りの方向に飛んで行ったのが驚きだったのか、了は嬉しそうな声をあげる。
手を向けて放つのが普通だという固定概念が、自分には合わなかったようだ。
そのことがたった一回で分かり、嬉しくなった了は連続で伸へと魔力球を放った。
「おぉ! スゲエ!」
「おっ、おいっ! いい加減にしろ!」
魔力球が狙い通りに飛んで行くことで上機嫌になった了は、ブレーキが壊れたように伸へと魔力球を連射する。
試しにやらせただけなのに、グングン狙いが定まってくる魔力球の連射に、伸は慌てたような声をあげる。
「あぁっ! 悪い悪い」
ようやく自分が我を忘れていることに気付いたのか、伸の言葉でようやく了の連射が治まった。
「とりあえず、今後はこの方法で練習しよう」
「あぁ!」
思い付きが成功し、これで了の戦いに幅が持てるようになった。
後は精度を上げれば何とかなるだろう。
なんとか目処が立ったことに、伸としては密かに安堵していた。
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