第64話
【ただいまより、国立魔術学園対抗戦へ出場する選考会をおこないます!】
了の訓練も順調に進み、とうとう選考会の当日となった。
授業で使う3つの訓練場を使用し、この第3訓練場が1年の会場となっている。
その会場内に、開会宣言がアナウンスされた。
【1年生の部、1回戦はB組の渡辺信也選手対C組の金井了選手の試合になります!】
選考会で人気なのは、やはり2、3年生の会場の方だろう。
しかし、1年の方もちゃんと人気はあるらしく、会場の客席は埋まっている。
アナウンスを聞き、観客たちのざわめきは大きくなったように思える。
「まさか初戦の相手がお前なんてな……」
「久しぶりだな渡辺」
訓練場の中央で向かい合う了と渡辺。
以前、伸や了たちと揉め、チーム戦を行うことになった。
その時は伸たちが勝利することになり、それからは全く関わることはなかった。
久々顔を合わせることになったのが、参戦するだけでも名誉ある学園対抗戦の選考会だということに、渡辺としては苦々しく思っているようだ。
そんな渡辺のことなど気にせず、了は軽い口調で話しかけた。
「お前らに負けてから一気に人気が下がった。今回はその恨みを晴らしてやる!」
「……それは完全に八つ当たりだろ?」
入学して最初のうちの渡辺は、顔が整っていると女子たちからされてもてはやされていた。
しかし、伸たちとの戦いで負け、彼としてはその時のことが原因で人気が落ちていったと思っているようだ。
それは了が言うように八つ当たりである。
「おまえの人気が落ちたのって、魔物が現れた時に真っ先に逃げたからだろ?」
「うるさい!」
たしかに伸たちに負けたことで人気は少し落ちたが、渡辺の人気が特に落ちたのは、食堂にモグラの魔物が出現した時、誰よりも先に逃げ出していたからだ。
その姿が、他の男子生徒が女子を優先して逃がしている所を、渡辺だけは置いて逃げたと皆の目には映ったのだ。
渡辺自身ので人気が落ちたというのに、まるで自分たちが悪いように言って来るため、了は的確にツッコミを入れた。
自分でも分かっているのか、そのツッコミを入れられた渡辺は顔を真っ赤にして声を荒らげた。
「おいっ! 私語を慎め!」
「は~い。すんません」
「くっ! すいません」
対戦前から口での戦いを始めたのを見て、審判役の三門が注意をする。
また他の教師に押し付けられたのだろうか。
その注意に対し、了は反省しているのか分からないような態度で謝り、渡辺はしかられたことに渋々謝った。
両方とも、相手のせいでしかられたと思い、互いを睨み合ったまま開始の合図を待つことになった。
「構え!!」
「「…………」」
選考会は、以前チーム戦をやったのと同じルール。
武器は木製なら何でもよく、魔術も何でもあり。
しかし、相手を死に至らしめたり、危険な目に遭わせるような攻撃を意図して行った場合は失格になる。
どちらかが降参した場合、セコンドのタオル投入も決着となる。
了の武器はいつものように木刀、それに対して渡辺は2m程の長さの棒。
前回のチーム戦の時は木刀だったが、今回相手が了だと知って棒術での戦闘を選択したのかもしれない。
「始め!!」
「ハッ!!」
「っと!」
審判である三門の合図により、試合が開始される。
その合図と同時に、渡辺は魔力球を発射して了へと攻撃する。
その攻撃を、了はバックステップをして距離を取った。
「フッ! お前身体強化しかできないんだったよな?」
「……だったら?」
金井了は近接戦のみで代表に選ばれた。
その噂は他のクラスにも広まっている。
それが渡辺の耳にも入っているのだろう。
「魔力も飛ばせないような奴なんて、近付かせなければいいだけだ! お前の体力が尽きるまで動かしまくってやる!」
「なるほど……」
渡辺の狙いは、近距離戦を得意とする者と戦う時の常套手段のようだ。
つまりは近付かせずに戦うことで、相手の体力消耗を狙っているのだ。
その戦い方をすると公言する渡辺に、了は冷ややかな目を送った。
「何だ? その目は!」
「別に……」
距離を取れば負けることはない。
そう考え通りの展開に勝利を確信したのだが、了が慌てた様子がないことにイラ立つ。
前回の負けをなかったことにするように、了のことを痛めつけて勝利するつもりでいたのに、その態度が気に入らないのだ。
「フンッ! どうせ強がりだろう!」
前回の敗北の恨みもあるが、身体強化だけで選考会の選手に選ばれたというのも気に入らない。
しばらく魔力球の攻撃で動き回らせれば、疲労で動けなくなるはずだ。
そう思った渡辺は、右手を了へと向けて魔力を集め始めた。
「ハッ!」
「何っ!?」
渡辺が了を遠距離に釘付けにする魔力球を放つ前に、了の方が準備できていた。
伸との訓練によって、木刀の剣先に魔力を集めての魔力球が渡辺へと飛んで行った。
どうやら人気がなくなったせいで、渡辺には友人も全然いないのかもしれない。
C組の知り合いにでも最近の了のことを聞けば、身体能力だけではなくなっているということが分かったはずだ。
予想外の攻撃に、渡辺は驚いてその場から右へと跳び退いた。
「くっ! 奴は身体強化だけじゃなかったのか!?」
「成長したんでな!」
「っ!!」
やはり渡辺の中の了の情報は不足していたようだ。
飛んできた魔力球を避けた渡辺は、文句を言うように吐き捨てる。
意識が魔力球に向いていたせいか、渡辺は了が側に迫っていることに気付いていなかった。
「うげっ!!」
声がして気が付いた時にはもう遅く、用意していた棒術を出す前に了の胴打ちが渡辺の腹に入る。
身体強化しているとは言っても、あまりにもキレイに入ったことで、渡辺はうめき声を上げた。
「勝負あり!」
完全に一本入り、審判役の三門は大きな声で試合終了を告げた。
自分が担任する了が勝ったことで、ほんのわずかに唇が上がってしまったのは仕方がないことだろう。
「また俺の勝ちだな!」
「ウッ! オロロロ……」
「うわっ! 汚なっ!」
チーム戦に続いて個人戦でも勝利したことで、了はどや顔で渡辺へ話しかけた。
しかし、渡辺はそれどころではなく、腹に食らった一撃でリバースをして来た。
その吐瀉物がかからないように、了はその場から跳び退いた。
「うわっ!」「マジで!?」「ホント顔だけよね!」
「……、あいつ何だか可哀想な奴だな……」
あっさり負けた上に吐瀉物を巻き散らす姿に、客席の女子たちが引いたような反応をしている。
了のセコンドとして入場口付近で観戦していた伸にも、その声は聞こえてきた。
入学して最初の時は人気者だったというのに、あっという間に人気急落した渡辺。
ここまで来るとさすがに可哀想になり、伸は憐みの目で退場していく渡辺を見つめた。
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