第53話

「あっちの方角に一角兎が2羽……」


 民家が近くにある山の中を歩きながら、綾愛が指をさして呟く。

 伸と奈津希は、その指示の通りに進む。

 すると、綾愛の言う所に一角兎が2羽見つかった。


「ハッ!」「えいっ!」


「っ!?」「ギッ!!」


 こちらに気付いていない一角兎に、樹の影から飛び出した綾愛と奈津希が襲い掛かる。

 綾愛は刀、奈津希は薙刀を振り下ろし、それぞれ一角兎の首を斬り落とした。


「正解だったな」


「やった!」


 伸の言葉に、綾愛が喜びの声をあげる。

 機能に引き続き、伸たちは大量の猪の発生により山里付近に逃げ降りてきた一角兎の討伐をおこなっていた。

 昨日は2人に探知の魔術の精度を上げる練習をするように指示していたが、綾愛は1日で改善されていた。

 探知により、魔物ががどこにいるのかだけでなく、それがどんな魔物なのかということまで分かるようになってきた。


「たった1日で改善されるなんてな……」


 魔力のコントロールが上手くないから探知の精度も低いと思っていたが、綾愛の魔力コントロールはなかなかようだ。

 基礎ができているから修正もできるとは言っても、1日で修正されるなんてかなり速い。

 この数日で出来るようになればいいところだと思ったのだが、やはり名門柊家の娘は天才なのかもしれない。


「以前も新田君に魔力コントロールを練習するように言われていたから……」


「えっ? ……そうだっけ?」


 綾愛の言葉に、伸は首を傾げる。

 以前にも、綾愛に対して魔力コントロールを鍛えるように言っていたなんて、全く心当たりがなかったからだ。


「……忘れたの?」


「う、う~ん……」


「……、ハァ~……」


 指導した張本人が忘れている様子に、綾愛は半眼で伸を睨みつける。

 睨みつけられて伸は若干焦るようにして思い返してみるが、全く思い出すことができない。

 思い出そうとしているが、完全に忘れてしまっている伸に、諦めた綾愛はため息を吐いた。


「……まぁ、あの時はすぐ後大量の魔物が出現したし、魔族に遭遇するなんてことがあったから忘れても仕方がないわね……」


 綾愛が伸に魔力コントロールを訓練するように言われたのは、前回綾愛が魔物との初戦闘をした時だ。

 その時に、自分に注意したのだが、伸が忘れてしまうのも無理もない。

 その忠告をしたすぐ後に、伸と綾愛は大量の巨大モグラの魔物に襲われ、さらにその後には魔人と戦うようなことになった。

 度重なるトラブルに、忘れてしまっても仕方がないことだ。


「私はあの時の忠告を受けて、地道に訓練してた。以前よりもコントロールできるようになったからすんなりできたってわけよ」


「なるほど……」


 魔人との初遭遇というと、もう2ヵ月くらい経っている。

 その間訓練していたのなら、確かに言われてすぐに修正できるのも分からなくない。

 どうやら綾愛は天才というより、秀才の方が正しいようだ。


「新田君。私も訓練すれば強くなれるのかな?」


「なれるだろ。そんな難しいことやってるんじゃないんだから……」


「簡単に言うわね……」


 言われてすんなりできるようになった綾愛とは違い、奈津希は昨日指摘されたばかりだ。

 魔力コントロールの練習は時間を見てやっているが、地味な訓練のために基礎ができるようになってからは長い時間やるようなことはして来なかった。

 それが綾愛と自分の決定的な違いになっていることを痛感した奈津希は、自分の訓練不足に後悔していた。

 柊家の従者の家系である自分は綾愛に仕える立場だが、綾愛は同じ年だからと、自分を友達として扱ってくれている。

 そんな綾愛のためにも、自分はライバルと呼べるような存在になると決めた。

 しかし、綾愛はいつも自分の先を行っていて、追いかけるのに必死だ。

 いつかおいて行かれるんじゃないかという思いを持ちながらも追いかけ続けているのだが、伸というとんでもない存在なら、自分の実力を引き上げてくれるんじゃないかと思った。

 そうして問いかけたのだが、あっさり返されてしまった。


「簡単な話だろ? 強くなりたいなら、他人よりも訓練をするしかない。他人と同じ訓練で上に行くような奴は天才。凡人は天才以上に努力するしか勝てることなんてできないもんだ」


「……尤もだけど、それを天才に言われてもね……」


 伸の返答に、たいして考えないで答えたのかと思ったが、続いて言われた言葉になんとなく納得できた。

 凡人が天才に勝つには、天才以上の訓練しかない。

 当たり前のことだが、それを高校生ながらに魔人を倒すような天才に言われると、奈津希としては完全に納得できない部分がある。

 

「俺は魔力以外は努力で強くなったからな……」


「……嘘でしょ?」


 天才呼ばわりは、自分としてはなんとなく違う気がする。

 そのため、伸は奈津希の言葉を否定するように言うが、奈津希は信じようとしない。

 魔人を倒す程の強さは、先天的なものだと思っているようだ。


「本当だ。剣術は祖父、魔力のコントロールは祖母から教わった。魔力があっても使いこなせなければ意味がないし、それに付いて行けるだけの体さばきが必要だからな」


 魔術師は魔力量が多い方が重宝される。

 強い魔物との戦闘には魔術が不可欠であり、多くの魔力を込めた高威力の魔術が撃てれば一発で大ダメージを与えられるからだ。

 しかし、魔力量が多くてもきちんとコントロールできなけらば、ただの宝の持ち腐れだ。

 それに、人間なんかとは比べられない身体能力をしている魔物を相手にするのに、何の武術も習っていないのでは対応できない可能性がある。

 そのため祖父母は、自分たちの全てを伸に教え込んだ。

 それがあってこそ魔人とも戦えたのだ。


「まぁ、がんばれや」


「……うん」


 どういう理由で奈津希が強くなりたいのかは分からないが、薙刀さばきは上手いのだから地道に訓練すれば魔人を倒せるまでとはさすがに言えいなくても、ある程度の魔物が倒せるようにくらいはなれるだろう。

 後は本人次第のため、伸は軽い感じで奈津希のことを応援した。






「あっ!! 猪が!!」


 他に魔物がいないか捜索していると、綾愛が焦ったように声をあげる。

 少し離れた所に、猪の魔物の姿を探知したようだ。


「柊殿たちの包囲から逃れたのか……?」


 今回の魔物討伐で、猪の担当は柊家の当主である俊夫たちだった。

 俊夫たちは大量に発生した猪の魔物を、山里から包囲するようにして狩って行く作戦をとっているといっていた。

 そうなると、この場にいる猪はその包囲から逃れたか、最初の包囲からあぶれていたのかもしれない。


「何にしても、このまま放置はできないから、この場で倒す!」


 綾愛の探知によって、伸はここまで戦闘機会が少なかった。

 猪の魔物は綾愛たちに任せるのは少々心許ないので、伸は自分で勝利することにした。


「っ!?」


「ハッ!」


「プギッ……!?」


 目視と同時に、伸は刀を抜いて猪の魔物へと急接近する。

 自分に迫る生物に猪の魔物も気付くが、時すでに遅し。

 小さい気合の言葉と共に伸が刀を振る、猪の魔物は何の抵抗もすることなく首を跳ねられた。

 猪の魔物の頭部は、自分の体が見えて不思議そうに声をあげることしかできずその場に崩れ落ちた。


「こいつは牡丹鍋だな……」


 昨日の一角兎肉のバーベキューでかなりの量の肉を食したが、育ち盛りの高校生男子となると毎日肉でも構わない。

 猪といったらやっぱり牡丹鍋。

 倒して早々、伸はそんな思いが頭に浮かんでいた。


「いや、角煮でも美味いだろうな……」


 肉料理となると色々と浮かんで来る。

 何で食べるかを想像すると、自然と笑みを浮かべてしまいそうになる。

 密かに色々と想像しながら、伸は血抜きした猪を収納魔術で収納したのだった。


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