第54話
「魔物の気配が感じられないわね……」
「大体狩りつくしたかな……」
討伐を開始して3日目に入ると、粗方倒したためか綾愛の言うように魔物の気配が感じられなくなっていた。
一角兎もそうだが、他の弱い魔物も見つからない。
柊家当主の俊夫たちが猪狩りを終えれば、仕事は完了といったところだろうか。
“ブルル……!!”
「っ!?」
このまま昼まで山を捜索して魔物を発見することがなかったら、自分たちは父たちより先に仕事を終了としてもいいかもしれない。
そうなったら、奈津希と共に海水浴場にでも行って涼もうかと思っていたところで、綾愛のスマホが振動した。
「お父さん? 討伐完了したのかな?」
スマホの画面を見てみると、そこには父である俊夫の名前が表示されている。
猪の魔物の討伐は順調に進んでおり、昨日の話だと残っているのもあと少しで頂上付近へ追い込めると言っていたため、もしかしたらもう討伐が完了したのかもしれない。
「もしもし?」
『綾愛! 緊急事態だ!』
「えっ!?」
用件を聞こうと思って電話に出ると、俊夫が慌てたように話し始めた。
そのただならぬ声に、綾愛はすぐに気分を切り替えた。
『魔闘組合の方から東の海水浴場付近に魔物が出現したと報告を受けた! 猪の魔物の討伐も済んでいないうえに、山の頂上付近にいる我々では時間がかかる。新田君と共に向かってくれ!』
「わ、分かった!」
俊夫から話された内容を聞いて驚く。
たしかにすぐに向かうとしたら山里付近にいる自分たちの方が速い。
この時期の海水浴場となると、かなりの人でごった返している。
急がないと被害もかなりのものになるかもしれないため、俊夫の指示を受けた綾愛は了承の返事をして電話を切った。
「どうした!?」
「魔闘組合から東の海岸に魔物が出現したって!」
「何っ!?」
電話で話す様子から何かあったのかと思った伸は、すぐさま電話を切った綾愛へと問いかけた。
それに対し、綾愛から返ってきた答えに慌てたような声をあげる。
魔闘組合から俊夫へ通じての情報となると、結構危険な魔物が出現したということになる。
慌てるのも仕方がない。
「父は新田君に向かってくれって……」
「分かった!」
多くの客で溢れかえる海水浴場に強力な魔物が出るなんて、放置できる状況じゃない。
被害が出る前に退治しないといけないため、伸はその頼みを受けることにした。
「すぐ向かうぞ!」
「えっ?」「私たちも?」
すぐにでも海水浴場へ向かわなければならない。
そう判断した伸は、綾愛たちにも付いてくるように促す。
自分たちは置いて行かれると思っていたため、綾愛と奈津希は伸の言葉に驚いた。
「魔物が出るかもしれない所に放置できないからな」
「あぁ……」「なるほど……」
探知した限り、この周辺に魔物はいない。
しかし、一角兎程度の魔物ならもう苦も無く倒せるようになっていたため、綾愛たちも忘れていたようだが、そもそも高校生に魔物を倒させるのは危険な行為。
魔人を倒すような自分が付いているからこそ、柊家当主の俊夫は綾愛たちに魔物と戦うことを許しているのだ。
いくら魔物がいないとは言っても、この場においていって何かあったら面目が立たない。
だったら置いて行くよりも、連れて行って手の届く場所にいてもらった方が守りやすい。
「分かってると思うけど、2人は戦闘じゃなく、海水浴客の避難を頼む」
「分かった!」「了解!」
連れてはいくが、当然魔物と戦わせるようなことはしない。
魔物は自分にまかせてもらって、2人には海水浴客と共に安全な場所へといてもらう。
綾愛たちもそのことを理解し、頷きを返した。
そして、3人はすぐにその場を後にし、近くに迎えに来てもらった車で東の海岸へと向かった。
「キャーー!!」
「あっちか!?」
海岸にたどり着き、車から降りるとすぐに女性の悲鳴が聞こえてきた。
その声に反応した伸は、すぐさま声のした方へと走り出した。
「何の魔物だ!?」
海水浴客たちは蜂の子を散らすように逃げており、伸は逃げてくる人たちとは反対の方角へと向かう。
綾愛たちは伸に言われた通り、避難してきた人たちの誘導を始めたようだ。
海岸を進む途中、伸は何の魔物が出現したのかを確認するために探知の魔術を発動した。
「……イカ?」
探知に反応したのは、巨大なイカだった。
その巨大なイカが、海岸へと上がってきている。
伸たちが来るまでの間に、海岸へと向かってきたようだ。
それまでの間に逃げ始めていたからか、海水浴客に被害は起きていないようだ。
「ダイオウイカより大きいかもな……」
近付くと魔物はかなりでかく、ダイオウイカよりも大きいかもしれない。
恐らく人を狙って海岸に上がってきたのだろうが、一足遅くみんな避難したためいなくなっている。
そんな中、自分に向かってきた人間に気付いたのか、巨大イカは伸をターゲットにしたようだ。
「ッ!!」
「っと!」
巨大イカは触腕を振り上げ、伸へと振り下ろしてきた。
鞭のようにしなる触腕の攻撃が迫り、伸はそれを横に跳んで躱す。
「おっと!」
最初の攻撃を躱して着地した伸に、巨大イカはもう片方の触腕を振り下ろしてきた。
その攻撃も躱して距離を取ると、巨大イカは2本の触腕を振り回して攻撃を仕掛けてきた。
「ッ!!」
「墨!?」
振り回される触腕攻撃に、伸は距離を取って対応する。
素早く動く伸には攻撃が通用しないと判断したのか、巨大イカは口から墨を吐き出してきた。
触腕に集中していたためか、突然の墨に伸は驚く。
しかし、その攻撃も伸には通用せず、海岸の砂を黒く染めるだけで収まった。
「そろそろ仕留めるか……」
最初は様子見として攻撃パターンを見ていた伸は、これ以上の攻撃はないだろうと判断した。
そのため、さっさと倒してしまおうと、腰に差していた刀を抜いた。
“ビュン!!”
「ッ!?」
伸が「このイカ食べられるのかな?」なんて考えながら、どう倒そうかと考えていたところ、巨大イカに向かって槍が飛んできた。
その飛んできた槍を、巨大イカは触腕で弾き飛ばして回避する。
「今のうちに逃げろ! 少年!」
「……えっ?」
恐らく槍を投げた者だろう。
伸の近くに出てくると、逃げるように言ってきた。
どうやら伸がやられていると思って助けに来たらしい。
別に助けてもらう必要はないのだが、伸は驚きで口をあんぐりとさせた。
「……あれっ? ……伸?」
「……何で了が?」
伸が驚いたのは、その現れた人間の顔を見たからだ。
余計なおせっかいで助けに現れたのは、伸の友人の了だった。
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