第52話
「行ったわよ! 奈津希!」
「うんっ!」
一角兎の角による攻撃を綾愛が躱す。
躱された一角兎はターゲットを変え、今度は奈津希に向かって突進していった。
その魔物を待ち受けるように、奈津希は魔力を手に集め始めた。
「ハッ!!」
「ギャッ!!」
貯めた魔力を使って、奈津希は迫り来る魔物に魔術を放つ。
魔力を電気に変えて放たれた魔術が当たると、一角兎は悲鳴を上げて倒れて動かなくなった。
「やった!」
「良しっ!」
魔物を倒した2人は、ハイタッチをして喜び合う。
柊家の仕事に同行した伸は、柊綾愛と杉山奈津希に一角兎と戦うのをただ黙って見ていた。
本来なら、伸たちの通う魔術師学園では2学年になるまで戦闘訓練に入らないのだが、伸という規格外の魔術師がいれば危険はないだろうと、柊家当主の俊夫に指導を任された。
しかし、綾愛と奈津希は学年でも上位に入る成績の持ち主のため、最初のうちは緊張して動きが堅かっただけで、今は特に問題なく魔物を倒していた。
「どう? 私たちの実力は……」
魔物を倒した綾愛は、何の指導も受けなくても魔物を倒している自分たちを自慢するかのようにどや顔で伸へと問いかけてきた。
父の俊夫に一角兎を相手に戦うように言われた時、綾愛は一瞬嫌そうな顔をしていた。
それを考えると、自分たちも実力があるから、俊夫たちの猪退治に参加したいと言いたいのだろうか。
「……駄目だな」
「「えっ?」」
自分たちの戦闘を見ていた伸に問いかけると、まさかの評価に2人は驚きの声をあげた。
思った通りに魔物を誘導し、危険な目に遭うことなく倒すことができた。
何の問題もないと思っていたための驚きだろう。
「見てみろよ。これ!」
「「…………?」」
倒した魔物へ近付いた伸は、その死体を持ち上げて2人に見せる。
見せられても何が言いたいのか分からないため、2人は首を傾げた。
「一角兎の魔石は内包している魔力量が少ないからたいした金額にはならない。この魔物で重要なのは肉や毛皮だ。電撃なんて使ったから肉と毛は焼けて価値がないに等しい。魔物は倒せばいいってもんじゃないんだ」
魔術師たちが魔物を倒すのは当然安全のためではあるが、倒した魔物の素材を売買することで資金を得られるからだ。
魔石に溜まっている魔力は電池代わりに使えるし、魔物の種類によっては肉が食料として利用される。
一角兎などの弱い魔物の魔石は、たいして魔力を溜め込んでいないため利用価値は低いが、肉や毛は利用価値がある。
特に肉は低脂肪高タンパクで、煮込み料理との相性がいいため、料理店では重宝する食材だ。
そのため、倒すにしても肉に影響が出ないようにする必要がある。
そういった点で言うと、2人の倒した魔物は電撃で毛や肉が焼けてしまい、利用できる部分はなさそうだ。
「魔物なんて倒せればいいじゃない……」
たしかに魔物とはいえ命を奪うのだから、出来る限り無駄にしない方が良いだろう。
しかし、そんな事にいちいち気にしていたら怪我をしてしまうかもしれない。
そのため、綾魔は伸の言葉に小さく文句を言う。
「……さすが名門家の令嬢だな。下々の者のように
「そ、そんなこと言ってないでしょ!」
一角兎の肉は利用価値があるが、売れても金額的にはそんなに高くない。
名門家で育った綾愛は、そこまで重要なことではないだろうが、他の者からしたらそうはいかない。
こういった魔物から得られる金額も、生きていくには重要だからだ。
そう言った者たちのことを軽んじているような態度に思えた伸は、綾愛にたいして嫌味っぽく話す。
自分の態度が、柊家に使える者にとって失礼に当たると理解した綾愛は、伸の言葉に慌てて反論した。
「そもそも、この程度の魔物に魔術を使うなんて話にならない。身体強化だっていらないくらいだ」
綾愛と奈津希は、魔物を発見するとすぐさま魔力による身体強化の魔術を発動させた。
魔物との戦闘経験が少ないから仕方がないことだが、一角兎程度で魔術を使うなんて魔力の無駄遣いだ。
綾愛は刀、奈津希は薙刀を持っているのだから、それで対応すればいいだけの話だ。
学園でも戦闘訓練の授業があるし、2人も幼少期から稽古をしてきたはず。
その程度のことはできてもおかしくない。
「でも、どんな魔物が現れたか分からないし、身体強化するのは当然では?」
「……どんな魔物か分からない?」
身体強化がいらないと言われたことに、奈津希が思い浮かんだ疑問を問いかけてくる。
しかし、その問いの意味が分からず、伸は首を傾げた。
「魔物らしき魔力は探知できても、どんな魔物かは分からないものでは?」
「……なるほど、そういうことか……」
伸がどうして首を傾げているのか分からないため、奈津希は探知に関して当たり前のことを話しす。
それを聞いて、伸はどうして2人がすぐに身体強化したのか分かった。
「2人とも魔力コントロールの精度が低いんだ」
「えっ?」
「……どういうこと?」
魔力コントロールの精度が低い。
2人とも魔術において優秀のため、これまでそんな事を言われたことなんて一度もなかった。
下手というより上手い方だという自信があったが、伸からしたら全くダメな分類のような言い方だ。
「魔力のコントロールが上手くないから、探知の魔力に触れた魔物がどんなのか分からない。だから2人は警戒して身体強化を発動していたんだ」
伸がおこなう探知魔術は、魔力に触れたものが動物なのか魔物なのかと共に、どんな魔物なのかまで分かる。
それに引きかえ綾愛たちの探知は、魔力に触れた生物がただの動物か魔物かは分かるが、どんな相手なのか分からない。
だから魔物と分かっただけで、身体強化を発動させていたのだ。
「探知で魔物がどんなのか分かるの?」
「あぁ。むしろ俺は最初にそれができるようになれと教わった」
伸の魔術の師匠は祖母だ。
祖母は祖父と違い多少魔術を使えた。
生まれてすぐに伸に膨大な魔力が備わっていると分かると、小さい頃から魔力のコントロールを徹底的に教え込まれた。
肉体ができていない子供の時に魔力が暴発すると、大怪我を負うことがあるからだ。
山奥で暮らしているため、実家の周りには魔物は結構出た。
祖父は剣、祖母は魔術を使って倒していたが、そのうち伸も魔物と戦うことになることは目に見えている。
そのため、魔物を探知できなければ危険だと、祖母は探知を訓練するように言ってきた。
平凡な魔力しかなくても、そのコントロールに磨きをかけたことで出来ることは増える。
少ない魔力でも強力な魔物に大ダメージを与えられる。
祖父の剣技に、祖母の繊細な魔力コントロール、それに生まれ持っての膨大な魔力によって魔人と戦えるような強さになれたと思っている。
「2人に出す課題は、この数日の訓練で魔力のコントロールの強化だな。という訳で、2人は探知して、見つけた魔物は俺が対処する方向で……」
「分かった」「分かりました」
俊夫には、魔物戦闘と共に2人に訓練をつけるように言われていた。
2人をどうやって鍛えればいいか分からなかったが、課題が見つかって良かった。
習うより慣れろが伸の考えだ。
なので、2人には探知のみに集中してもらい、見つけた魔物は自分が倒すことを伸は告げる。
それを受けた2人は、頷きと共に了承した。
魔力のコントロールなんて一朝一夕で出来るようになるわけもなく、2人は1日探知をする事だけに専念するだけで終わった。
「大量だ!」
2人が見つけた魔物は、伸が遭遇するたびに瞬殺していた。
遭遇した一角兎の首を落として倒し、そのまま血抜きを開始する。
それを繰り返し、肉が大量に手に入った。
魔力を使うことで精神的疲労にヘロヘロな2人に対し、これでバーベキュー用の食材が確保できた伸はほくほく顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます