第13話
「結局俺たち全然かなわなかったな……」
「「あぁ……」」
了の言葉に、石塚と吉井が頷きつつ返す。
魔物が出現し、討伐されてから数日、学園は休校になった。
食堂の修復に時間がかかるため、1年はしばらくの間空き教室を食堂代わりに使うことになった。
伸たちはいつものように4人で昼食を食べているのだが、伸以外の3人の空気が重い。
魔物を相手にしても自分たちならなんとかなると思っていたのかもしれないが、3人は倒すこともたいしてダメージを与えることもできなかった。
そのことがだいぶこたえ、3人とも落ち込んでいるようだ。
「だいぶ叱られたしな……」
石塚が呟く。
魔物が出現したら1年は避難し、2、3年生に任せるのが常識になっている。
しかし、それを無視した人間がいた。
伸たち問題児4人と名門柊家の綾愛、柊家の従者の奈津希の6人だ。
魔物は倒され、誰も死人が出なかったのは良かったが、魔物と戦うなんて行動に出た6人には教師陣から長い説教をされることになった。
「スゲエな柊……」
「「だな……」」
吉井の言葉に、了と石塚も賛成の言葉を呟く。
伸たちと違い、綾愛と奈津希への説教は短い時間で終了した。
というのも、2、3年生の証言により、魔物を倒したのは綾愛ということになったからだ。
それにより、学園内は流石名門柊家と評判になっている。
魔闘組合の人間によると、今回出現した巨大モグラの強さは、学園の2、3年生でも苦戦するレベルだという報告が上がっている。
それが綾愛の株が上がる後押しになっているようだ。
「でも、一人で手に負えない感じだったんだけどな……」
了の言いたいことも分かる。
自分たちが残ったのは、柊だけでは勝てないと思ったからだ。
その考えは正しく、6人の協力によって少しの時間ながらも戦えたと思っていた。
それなのに、自分たちが攻撃を受けて気を失い、気がついたら綾愛が倒していたというのだから疑問に思えるのだろう。
「伸が最後まで残ってたんだろ? 何か見たか?」
「さぁ……」
「そうか……」
実際は、みんなを眠らせて魔物を倒した後、武器として使った血まみれのモップの柄を寝ている綾愛に握らせ、伸も壁にぶつかって気を失ったと思わせるようにして寝たふりをしただけだ。
すぐ後に来た2、3年生は、魔物の遺体と綾愛の持っていたモップの柄を見て、伸の思い通りに勘違いしてくれた。
魔物を倒したのは伸なのだが、それがバレないためにそのように話を合わせることにしている。
魔物との戦闘で、柊を除いた5人の内、最後に気絶したのは伸だということになっているため、もしかしたら何か見たのかもしれないと了は尋ねてきたが、伸は当然知らない振りをした。
その伸の返答に、了は疑問が解消されないもどかしさを感じているようだ。
「分からないが、名門家には名門家の秘匿の魔術でもあるんじゃないか? 先輩たちの話だと、魔物を倒した柊も気を失っていたってことだから」
「なるほど……」
いつまでも疑問にもたれていては、伸としても気分が良くない。
なので、憶測としての意見として嘘をつくことにした。
人はそれぞれ向き不向きがあるように、魔術にも同じようことが起きる。
火系統の魔術が得意な人間もいれば、水系統の得意な人間もいる。
その得意・不得意は親子で遺伝する傾向があり、大和皇国の有名な魔術一族は特殊な魔術を秘匿しているという噂が広まっている。
実際のことなんて知らないため、伸はその噂を利用したのだ。
了もその噂のことを聞いたことがあるらしく、ひとまず伸の言うことに納得してくれたようだ。
「あれから更に酷くなってないか?」
「しょうがないんじゃないか?」
酷くなったというのは、綾愛の周りに集まる者たちのことだ。
渡辺たちのこともあり、綾愛と奈津希の自分たちの隊への引き抜き合戦だ。
一時は諦めたが、魔物を倒したという実績を得たことでまた同じ隊に入りたいと思ったのかもしれない。
人垣で見えないが、昼食の時間を奪われる日々の再開に、綾愛からすると辟易とした気分だろう。
魔物を倒したということになっているのだからこうなることは仕方がないと、そうなることになる原因を作り出した張本人の伸は完全に人ごとのように呟いた。
「っ!!」
了たち3人と違い久々にカレーを食べた伸が、食べ終わった食器を片付けようとした時、綾愛へ群がる人垣の側を通りかかった。
何の気なしに綾愛のいるであろうところへ目を向けると、その人垣の隙間から完全に自分を見つめている綾愛と目が合った。
綾愛は何か言いたげな表情をしており、伸は嫌な予感がしていた。
「やっぱり……」
嫌な予感は的中した。
授業が終わり伸が寮に帰ろうとしたところ、下駄箱の側で綾愛が待ち受けていたのだ。
待ち人が自分でないことを祈りつつ、伸は下履きへと履き替えた。
しかし、やはり待っていたのは自分らしく、綾愛は伸の目の前に立ち塞がったのだった。
「少し付き合ってもらっていいかしら?」
「いやだけど?」
この状況はかなり良くない。
綾愛程の有名人は常に見られているもので、昼休み時同様隊に引き込もうと遠巻きから見ている生徒が何人かいる。
伸を隊に引き込もうとしていると言うように勘違いされるのも嫌だし、愛の告白でもするのかと勘違いされても困る。
話すことなんて何もない伸は、しれっと綾愛の言葉を断った。
「先日の魔物のことで話があるの!」
「あれは君が倒したんだろ?」『ってか近いよ!』
断る伸に、綾愛が小声で話しかけてくる。
やっぱりの内容に、伸はとことん誤魔化そうとする。
更に良くないことに、小声で話すために綾愛との距離が近いのだ。
高校生となると、恋愛脳になって頭がおかしくなっている者も存在している。
たったこれだけのことでも、翌日には噂になっているかもしれないということを綾愛は考えていないようだ。
平穏こそが望みなのに、入学して間もないのに問題ばかりに巻き込まれて困っているのだ。
噂になっても気にしないといいたいのだろうが、伸としてはそんな事でも目立ちたくない。
「じゃっ!」
これ以上話しても、自分は何も話すことはないといわんばかりに、伸は綾愛から逃れようとした。
「……そんな態度で良いの?」
このまま寮に帰ろうとしていたのだが、僅かな間をおいて投げかけられた綾愛の言葉に、伸はすぐに足を止めるしかなかった。
綾愛の目は、そっちがその気なら考えがあると言いたげだ。
魔物を倒した覚えがないのに、魔物を倒したことになっているのだから、綾愛としては納得いかない部分があるのだろう。
伸に聞きたいことが、魔物を誰がどうやって倒したのかということなのかもしれない。
それならいくらでも嘘をつけるが、もしも伸が倒したと思っているのなら厄介でしかない。
「『始末するか? いや、さすがにそれは駄目だな』分かった」
もしも綾愛が、自分の実力が知ったのだったらと考えると、伸の中では残酷な考えが浮かぶ。
しかし、バレたとしても殺害だけが口止め方ではない。
自問自答のようなことを考えていたため、伸の返答は少し遅くなった。
「近くに家が贔屓にしている店がある。そこに行きましょう」
「あぁ……」
学校内では話しているだけで他の生徒たちの耳がある。
内容次第では伸としても聞かれたくないため、綾愛の意見に素直に従った。
「やっぱ金持ちだな……」
連れてこられたのは、料亭のようなお店。
その入り口を見て、高校生にもかかわらず平気で利用する綾愛に引きつつ、一般高校生の伸は思わず呟いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます