第12話
『くっ! まずは逃げろよ!』
密かに魔物をここに誘導した伸だったが、魔物に立ち向かおうとする柊綾愛の反応にイラ立つ。
戦闘許可を与えられていない状況では、まずは避難するように言われている。
なのに、どうして柊は魔物と戦おうとしているのだろうか。
「避難だ! 全員校庭に避難しろ!」
男子生徒の誰かが叫び、真っ先に食堂から抜け出した。
ここから避難するなら校庭が近いため、この状況なら一番正しい選択だ。
その声によって、生徒たちは我先にと食堂から退出を始めた。
『渡辺? あいつ逃げ足速えな……』
みんな気付いているか分からないが、叫んだ男子は渡辺だった。
伸からすると、いくら男女平等だといっても、男なら女子から先に避難させろよと思わなくない。
しかし、渡辺の逃げ足の速さによって、伸の思っていた通りに動き出した。
「くっ!」
「っ! おいっ!」
思い通りじゃないとすれば、綾愛が魔物と戦い出したことだ。
魔物の強さと数を見抜き、他の生徒を避難をさせるための時間を稼ごうと思ったのだろうか。
みんなが外に逃げる混乱の状況に乗じて密かに魔物を始末するつもりだったというのに、綾愛に残られるのは伸にとっては迷惑でしかない。
1対1なら何とかなったかもしれないが、魔物は2体いる。
案の定、綾愛は魔物の攻撃を防ぐのに精いっぱいといった状況のようだ。
食堂の隅にあったモップを折って武器替わりにしているのだろうが、それでどこまで戦えるか微妙なところだ。
「ギュ……」
「うおぉー!!」
「待てっ! 了!」
2つある食堂の出入り口の1つから、生徒たちは逃げ出そうとする。
綾愛が相手している方とは違う魔物の方が、そっちに気が向いたようだ。
それに気付いた了は、椅子を片手に襲い掛かる。
武器がないからと言って、そんなので戦っても倒せるとは思えない。
無闇に襲い掛かっては、今度は了が怪我を負うことになるため、伸が止めるのだが間に合わなかった。
了は椅子で思いっきり魔物の頭をぶん殴るが、椅子が壊れただけで魔物にダメージを与えたようには思えなかった。
「椅子じゃ戦いにくい……」
逃げる生徒から自分の方に成功したことは成功だが、持ちにくい木製の椅子ではこの魔物の体に怪我を負わせることは難しそうだ。
しかし、素手で戦うよりかはまだマシと、了は壊れた椅子の破片を捨てて、新しくまた椅子を持ち上げたのだった。
「っ!!」
「大丈夫!? 綾愛ちゃん!!」
「ありがとう奈津希! でも、あなたも早く逃げなさい!」
魔物である巨大モグラの左右の爪攻撃が、綾愛に襲いかかる。
右の方を止めたが、左からの攻撃に対処が間に合わず綾愛に襲い掛かった。
しかし、その左の爪に魔力弾が衝突して軌道がずれ、攻撃が当たるのは回避された。
魔力弾を撃ったのは柊家に仕えている杉山奈津希で、従者としてより友人として接しているようだが、ちゃんと使命を果たしたという所だろう。
助けられたことには感謝するが、綾愛は奈津希にも逃げることを指示する。
「あなたたちもよ!!」
ほとんどの生徒が食堂から出ていけた。
そのため、綾愛は残ったメンバーにも逃げることを指示した。
「……んな事出来るか!」
「……俺も援護するぜ!」
「俺もだ!」
「おいっ! 了! 吉! 石!」
残っているのは、伸といつもの3人。
了や綾愛が戦っているのを見て、吉井と石塚はさっきの硬直が解けたようだ。
綾愛の退避の指示に、3人は順番に否定の声をあげる。
「綾愛ちゃんを置いて私だけ逃げられないわ!!」
『いや、逃げて欲しんだけど……』
問題児3人だけでなく、奈津希までも残ることを言い出す。
伸としては、ここにいる人間全員が避難しろよと言いたいところだが、決意のこもったみんなの顔を見ると止めることは無理そうだ。
「仕方ない、俺も戦う……」
「「「伸!!」」」
このままみんなを残して逃げる訳にもいかない。
そのため、伸も魔物と戦うことにした。
その言葉を聞いて、いつもの3人は何だか「同士!!」みたいな雰囲気を出しているが、伸はそんな考えではない。
『5人には隙を見て寝てもらおう……』
他の生徒はいなくなり、残っているのは伸以外だと5人。
この数なら、実力を隠したまま眠らせることなんて簡単だ。
伸は魔物を倒すために、その眠らせる隙を窺うことにした。
「金井とか言ったわよね? あなたはそっちを頼むわ! 私はこっちを相手する!」
「おうっ!」
自分とこの金井は、入試の戦闘試験で試験官に勝利した2人だ。
そのことを知っている綾愛は、左の魔物を了に任せ、自分は右の魔物を相手にすることにした。
「他は私たちの援護をお願い!」
「「おうっ!」」「うんっ!」
「……了解!」『こいつ勝てると思っているのか?』
たしかにこのメンバーで戦うとなったらこの陣形がベストだが、この人数でも勝つのは難しいだろう。
綾愛はそのことに気付いているのだろうか。
ツッコミを入れたい気持ちを抑えていたため、伸は吉井たちと奈津希の返事に遅れる形になってしまった。
「ぐっ!」
「了!」『よし!』
戦い始めて少しすると、伸の思っていた通り押され始めた。
魔物の回転の速い左右の爪攻撃。
それに対処できなくなり、了は防御した椅子ごと吹き飛ばされて壁に背中を撃ちつけた。
伸は了のことを心配するように声をかけるが、大丈夫なのは分かっている。
それよりも、そのままダメージで気絶したように見せかけるため、伸は了に睡眠の魔術をかけた。
「キャッ!」
「奈津希!」「杉山!」
魔物が殴り飛ばした食堂のテーブルが奈津希に向かって飛んできた。
それを魔力の壁で防いだようだが、伸はその瞬間を利用する。
テーブルで隠れている奈津希にも睡眠の魔術をかけた。
「おのれ!!」
友人が気絶したと知り、綾愛は怒りと共に魔物へ襲い掛かる。
怒りに任せた行動は、攻撃を鈍らせる可能性があると言いたいところだが、伸はそのままスルーする。
「うわっ!」「どわっ!」
「吉! 石!」
了を倒し、左の魔物は固まって遠距離攻撃をしていた吉井と石塚へ襲い掛かった。
爪攻撃を躱した2人だが、魔物がそのまま殴ったことにより爆ぜた石が直撃して倒れてしまった。
頭から血を流しているが深くはない。
「キャッ!」
「ぐっ!」
『今だ!!』
残るは伸と綾愛だけになった。
しかし、援護のない1人ではどうしようもなく、綾愛は魔物の体当たりを受けて吹き飛ばされた。
そのまま壁に打ち付けられたら、綾愛はかなりのダメージを受けてしまう。
そう考えた伸は、吹き飛ぶ綾愛を受け止めて、自分が身代わりになるようにして壁に背中を撃ちつけた。
伸に助けられても、綾愛にも衝撃が及ぶ。
その瞬間に、伸は綾愛に睡眠の魔術をかけた。
「フゥ~、これで何とかなるな……」
眠った綾愛を優しく地面へ横にさせ、伸は背中を撃ちつけてもなんてことないように立ち上がる。
ちゃんと魔力で背中を守ったため、全くダメージは受けなかったのだ。
実力がバレないように集中していたが、これで気にする必要がなくなった。
ようやく肩の荷が下りたという所だ。
「……ギュ?」「ギュ……?」
「……2、3年生が向かって来てるな。さっさと済まそう」
さっきまでいた中で1番目立たなかった人間が、自分たちに向かって歩み寄ってくる。
そのことに魔物たちは首を傾げる。
自分から殺されに来ていると思ったのだろう。
そんな2体の魔物とは違い、伸は周辺の反応に目を向けた。
床下での戦闘音や振動なりで気付いたのか、2、3年生の精鋭らしきメンバーがここへ向けて階段から降りてきているのを感じる。
助けに来てくれたのかもしれないが、その必要はもうない。
むしろ魔物を速く倒さないと、実力を知られる可能性がある。
そう思った伸は魔力を纏って身体強化し、一瞬にして片方の魔物の懐へと入った。
「……ギュ!?」
「ホイッ!!」
「っ!!」
懐に入られたことに驚く巨大モグラ。
しかし、それに気付いた時には、伸の右手には魔力が集まっていた。
伸の軽い言葉と共に発射された魔力球は、魔物の腹に風穴を開けた。
「……ギュ!?」
「次はお前だ!」
一瞬にして仲間が殺された。
もい1体の魔物は、何が起きたのか分からずに慌てたような声をあげる。
そんな魔物に対し、綾魔が持っていたモップの柄を借りた伸が、殺気と共に睨みつけた。
「ギュ……!!」
「逃がさねえよ」
「っ!!」
伸の殺気に当てられ、魔物は恐怖で逃げ出した。
本能に忠実というか、その反応の速さは素晴らしいといえるが、身体強化した伸はもっと速い。
背中を向けた魔物を、借りたモップの柄で縦に切り裂いた。
綾愛程度なら不可能だが、武器に大量の魔力を纏わせることができる伸なら、ただの枝でも同じことをできただろう。
魔物の血によって、モップの柄は真っ赤に染まった。
みんなが寝てから20秒にも満たない時間で、伸は魔物たちの討伐を終了したのだった。
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