第14話

「何か頼みたいなら好きなものを頼んでいいわよ」


 綾愛の案内によって、伸は料亭の一室に入った。

 外の庭には、ししおどしが設置されている。

 その一室で、綾愛は伸にお品書きのようなものを渡してきた。


「マジで? ってわけにもいかないか……」


「まあそうね」


 このような高級店の料理となると、一般高校生の伸は興味がそそられる。

 一品だけでも、伸の回復薬販売のバイト代が吹き飛びそうな値段だ。

 こんな機会なんて次があるか分からない。

 そのため、書かれている品を全て頼むような行動に出たいところだが、伸はすぐにそうすることをやめた。

 今時警察でもかつ丼を出さないというのに、食べた代わりに洗いざらい話せと利益誘導されたくない。

 せっかくの機会だが、伸はお品書きから手を離した。

 綾愛も、その手を考えなくはないと言いたげな態度で返してきた。


「っで? 何が聞きたいんだい?」


 何となくだが、綾愛の聞きたいことは予想できている。

 しかし、とりあえず彼女がどこからどこまで知っているか、気付いているのかを知りたい。

 伸はとりあえず、綾愛の出方を窺うことにした。


「あの魔物の体当たりで吹き飛ばされて、あなたに受け止められた後すぐに眠気が襲ってきた。そして、私が目を覚ました時には、魔物は私が倒したことになっていた」


「そうだな。すごいな柊は……」


 タイミング的にはあの時しかなかったため、伸の睡眠魔術で綾愛を寝かしたのだが、やはり記憶もないのに自分が倒したということになっているのが不思議なのだろうか。

 しかし、綾愛のお陰で学園は助かったということにしておいた方が、伸にとっては都合がいい。

 伸はしらばっくれるように、話に合いの手を入れた。


「…………」


「何だ?」


 合いの手を受けて、綾愛が急に話を止めて伸を睨みつけてきた。

 何か気に障ったのかと思い、伸は少したじろぐ。


「柊家は一応大和の中では名門よ。だから揉め事に巻き込まれることも色々あった。それは私にも……」


「…………」『あの時・・・のことか?』


 実力のある魔術師の、みんながみんな利益を得ているとは限らない。

 魔物との戦いで怪我をしたり、犯罪に巻き込まれたりしたことで魔闘組合の登録を抹消されると言ったこともある。

 歩合制の魔闘組合員にとって、登録抹消されたら収入が一気に地に落ちるなんてこともある。

 地に落ちた人間は、儲けている人間に対して理不尽さを持ち、不平不満を漏らすようになる。

 それが積み重なると、仲間を集め、暴力により訴えを起こしてくる輩も出てきた。

 完全な八つ当たりだ。

 それは八郷地区の名家である柊家も同じで、そう言った者たちに目を付けられたことがあった。

 綾愛はその時のことが言いたいのだろう。


「私は誘拐されたの。ん~ん、誘拐されかけた……。眠らされて敵に運ばれている途中で、助けてもらうことができたの」


「……ふ~ん」


 その時のことは知っている。

 というより、彼女は覚えてはいないだろうが、その時綾愛を救ったのが伸だからだ。

 しかし、伸は初めて聞いたかのように反応した。


「睡眠魔術をかけられて、抵抗することもできなかった。その時の反省を生かして、私はその手の魔法に対する訓練を重ねてきたつもりよ」


 子供の魔術力では誘拐犯の魔術に対抗できなかったのだろう。

 それによって誘拐されかけたことが、綾愛にとっては忸怩たる思いとして今でも引きずっているらしく、その時のことを思いだして眉間にしわを寄せている。


「だからちゃんと見ていたわ! 今回出た2体の魔物をあなたが倒したところを……」


「…………」


 誤魔化せるものなら誤魔化したいところだが、見られていたのでは誤魔化しようがない。

 伸はどうしようか無言になった。


「悔しいけど私ではあの魔物には勝てなかった。でも、目が覚めたら私が倒したことになっていて、あなたは何も言わないでいた」


 目が覚めた時には、自分が倒したのではないと言っても信じてもらえない様子に周囲はなっていた。

 それでも、自分の成果を横取りされた伸が文句を言い出すと思っていたのだが、そうする様子か全くなかった。

 綾愛には伸が何を考えているのか分からず、耐えきれなくなって直接呼び寄せたという所だろうか。


「あなた何者なの? 何で自分が倒したことを言わないの?」


 意識が途切れる前に見たあの時の強さは、綾愛にとって衝撃的な映像だった。

 主席入学で天狗になったわけではないが、学園内には上級生でないと自分に伍する人間はいないと思っていた。

 上級生が来るまでの間の時間稼ぎをするつもりだったが、敵の強さを見誤った。

 みんなやられて自分も急に眠くなりだした。

 寝たら死ぬと懸命に耐えていた目の前で、あっという間にあれほどの魔物を倒してしまった無名の同級生。

 強力な戦闘力を持ちながら凡人を演じる伸に、綾愛は興味と共に、恐怖すら感じていた。


「……見られていたんじゃ仕方ない。たしかに俺があの時の魔物を倒した。しかし、このまま君の手柄にしてもらいたい」


「やっぱり! でも何で? 魔物を倒したのはあなただときちんと報告するべきだわ!」


 あれほどの魔物を倒した高校1年生。

 その肩書だけで、有名な魔闘の隊にスカウトしてもらえるかもしれない。

 有名な魔闘の隊は大体が名門家の者が率いているため、その中に入れればエリートコース間違いなしだ。

 誰もが欲しいそのチケットを手に入れられるということなのに、伸は放棄しようとしている。

 どうしてなのか知りたいと思うのは、誰であっても思うことだろう。


「俺は目立つわけにはいかないんでそれは駄目だ」


「理由は?」


「秘密だ」


 有名になるチャンスだというのに、それを放棄する伸。

 その理由を綾愛は尋ねるが、伸は答える気がないらしく、短い言葉ですっぱりと斬り捨てた。


「だったら……」


 秘密にする理由が分かれば綾愛としても協力もやぶさかではないのだが、伸は全く話す気がないようだ。

 理由が分からないのなら、いまからでも親に話してしまおうかと綾愛は考えた。


「……バラそうとしたら、柊家を潰す」


「っ!? そ、そんな事……」


「できないと思っているなら、バラしてみたらいい……」


 綾愛のその態度で何が言いたいか分かった伸は、秘密を守るために脅しをかけることにした。

 もちろん本当にやるつもりはないが、やってやれないことはないだろう。

 しかし、言われた綾愛は、一気に顔色が青くなった。

 先日の魔物を倒した時の強さは、自分の父に匹敵するのではないかと思っていたが、伸があの時全力を出していたのか分からない。

 名門の柊家を平気な顔して潰すといえるその胆力に圧され、綾愛はそこから何も言えなくなった。


「黙っていてもらえるか?」


「…………分かったわ」


 自分とは実力が違い過ぎる人間に、圧力込みで頼まれてはそう答えるしかない。

 綾愛は、このまま自分が魔物を倒したということにすることを受け入れた。


「んじゃ……」


「待って!」


「んっ?」


 お話も済んだし、伸は寮に帰って回復薬作りでもしようかと考えていた。

 そして、この場から立ち去ろうとしたのだが、綾愛に呼び止められた。

 話は済んだと思ったのだが、まだ何か聞きたいことでもあるんだろうか。


「一部とはいえ質問に答えてくれたし、命を救ってもらったも同然だし、魔物退治の成果を譲ってもらったのだからここの食事くらいおごるわ」


 ここに呼んだのは、話が聞けたら最初から食事をおごるつもりだった。

 自分では倒せそうもない魔物だったため、命の危険があった。

 助けてもらったのもあるし、結果的には成果を譲ってもらったことになる。

 なので、綾愛は伸を呼び止めたのだ。


「マジ!? じゃあ、この一番高いコースで!」


「わ、分かったわ……」


 綾愛の言葉に、伸は満面の笑みで問いかけ、お品書きを見た時に目に入っていたコースを注文した。

 あまりの反応に、綾愛はやっぱり食事をさせてから話を聞くべきだったのではないかと思うのだった。


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