二章 向かう心②
女御との出会いにより、心に再び熱いものが宿った小春はそれまで以上に、医学に関する知識を得ようと
とある日、大内裏の外に置かれている
京の治安などを担当し、時には
何人か怪我人を診た後、次に担当することになったのは
小春へと差し出された腕には赤く生々しい一線が刻まれていた。見たところ、血は止まっており、傷もそれほど深くはないようだ。
「……大丈夫か?
「いいえ、平気です。……こちら、
「ああ。まぁ、このくらいの怪我なら、命に
どこか自身の怪我を軽視している蔵好の言葉に小春は小さく首を
「……大怪我でなくても、甘く見てはいけませんよ。小さいと思っていた怪我が取り返しのつかない事態を招くこともあるんですから。なので、どのような怪我を負っても医師に必ず診てもらって下さいね。……痛みというものは
小春の言葉に蔵好は目を小さく見開いた。しかし、どこか気が
「……ああ、そうだな。……確かに俺の痛みは俺にしか分からないからな」
「それじゃあ、嬢ちゃん。……治療を
「……はい」
蔵好の様子が少し変わったことが気になったが、小春は治療の方を優先することにした。
蔵好の右腕を手に取りつつ、
薬箱の中から切り傷と止血に効果がある
混ぜ合わせた薬草が細かく、
「これでおしまいです。……
「いや、動きやすいぞ。巻き方が
「……ありがとうございます。しばらくの間は腕を激しく動かさないようにお願いしますね。巻いている布は数日
小春は
「丁寧に処置を施してくれてありがとうな。……若いから腕前はどんなものかと思っていたが、想像以上に
蔵好は右腕を少し上げつつ、満足気に笑っている。あまりにも真っ直ぐにお礼を告げられた小春はどのように反応を返せばいいのか、迷ってしまった。
「い、いえっ……。私はただ、小野様の怪我が一日でも早く治るように、
すると、蔵好は少しだけ目を見開き、独り言のように小さく
「……やっぱり、似ているな」
まるで彼の中で何かが結びついたと言わんばかりに、蔵好は頷いていた。
「ええっと、あの……。似ている、とは……?」
蔵好の呟きの意味が分からなかった小春は首を
「いやぁ、嬢ちゃんが言っていた言葉に似たものを六、七年ほど前にも言われたことがあるんだよ。……痛みは我慢してしまえば医師からは見えないものになってしまうから、どのような怪我だとしても声を上げて欲しい──。でなければ、救えるものも救えなくなってしまう、と
当時のことを思い出しているのか、蔵好はどこか遠くを見ているようだった。
「女医博士」と聞いた小春は
「治療の後に俺がお礼を言えば、医師として出来ることを
「……そう、だったんですね。私とその方が……」
蔵好は
「あの、その女医博士がどのような人だったのか、
小春が話に食い付いてくるとは思っていなかったようで、蔵好は少し
「彼女に
この辺りだ、と言って蔵好が自身の腹部を指差した。
「でも、俺がやせ我慢しているのを察して、すぐに治療を施してくれたのがその女医博士だった。彼女
恩人だ、と蔵好が語る母の姿は小春が今まで夢見ていた像と重なっていた。
性別や身分に関係なく、どのような怪我や病でも真摯に患者と向き合う医師──。それは小春が追いかけていた母の姿そのものだった。
「……今は、傷は痛みませんか」
小春が蔵好の腹部へと視線を向けつつ訊ねると、彼は自身の腹をぽんっと軽く
「ああ、
「え……。痛みが、引いた……?」
蔵好の言葉に引っかかる何かを感じた小春は彼の言葉を
「きっと、良い薬を使ってくれたんだろう。思っていたよりも傷の治りが早くて、すぐに仕事に復帰出来たから助かったな。……ここ数年は会っていないが、彼女は本当に腕が良い医師だったよ」
痛覚に効果がある薬の存在など、自分は聞いたことがない。それに
……もしかして、
小春は先日、自身が
……母様はこの人にも呪禁を使って……そして、救ったということ……?
心臓が大きく脈を打ち始める。小春は新たに
……でも、雪路さんが言っていた呪禁についての話と全く
……ちゃんと、呪禁のことを正しく知りたい。そうすれば、母様が危険だと言われている呪禁を使っていた理由や
何も知ろうとしないまま、決め付けてしまえば、呪禁の本質は分からないままだろう。それならば、得体の知れないまま、ただ
考え込むように黙っていた小春の肩を蔵好は左手で軽くぽんっと叩いて来る。
「
蔵好が
小春は
「はい。……いつか、きっと」
そう返事をすれば、蔵好は
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