第三章 初陣①
ソフィーが目覚めると、
「おはよう、ソフィー」
ローネも今起きたところらしく、眠たそうな目をしながら
「おはようございます、ローネさん」
天幕の真ん中あたりに置いてある姿見の前が空いていたので、ソフィーはそっと近付いてその身を映した。
(あれ、結構かわいい……?)
どうして戦争をしているのか、と質問するとローネは
火種になっているのは、セズという土地。元々レンマールの土地だが、シュオム人がたくさん住み着いていた土地でもあった。シュオム人は独立を宣言したが、レンマールは当然これを認めない。しばらくその状態が続いていたが、ある日セズは武装
シュオム王国は、元来この土地はシュオムの領土であるはずで、そこをレンマールが以前、武力で
されど、シュオム王国は勝算があったからここまで強気に出たのだと、レンマールが気付いたのは開戦後のことである。死神という見えない敵に、兵士たちはいともたやすく
死神は兵士からの剣を受けないのに、兵士たちを
ぱさついたパンを
思った以上に、レンマールの
「あの……このまま負けたら、どうなるんです?」
この発言に、天幕内の空気が
「まあまあ、みんな。そう
「シュオムはあわよくば、レンマール全土を属国にしたいんじゃないかな。ここでどこまで踏み
「属国……」
「お
「そんなに、強いのですか……」
「ああ。戦いぶりを見ればわかる。それに何でも、十六歳ぐらいから国
そんなに、とソフィーは思わず息を
「話が
「……はい。ありがとうございます」
ローネに礼を言ってから、ソフィーはパンを置いて立ち上がった。
「
他のワルキューレたちに一礼すると、気まずそうな視線が返ってきた。
少し気が楽になって、ソフィーは再び座り、温かなスープを口に運んだ。
朝食を終えたところで、集合の声がかかる。
「シュオムは今日も朝から攻撃してくるだろう。総員配置につけ!」
よく通る声で、イェンスは皆に指示を出す。
どうしたものかとまごまごしていたところ、すぐにローネが気付いてくれた。
「ソフィー。あんたは将軍のところに行って。早く」
「はい!」
イェンスに走り寄ると、彼は軽く
「昨日言ったように、無理に前に出すぎるな。初戦だ。生き残ることを考えろ」
「……は、はい」
声が
かつては弓矢などの飛び道具も
と、昨日ローネから聞いたことを思い出しながら、ソフィーは深呼吸を
兵士たちは基地の前に整列した。一小隊に、一ワルキューレ。その整然とした並び方を見て感心し、イェンスの横顔を
「残念ながら、
ひゅお、と
ソフィーは空を仰ぎ、
死神は空を飛び、
ソフィーも、ハッとして弓矢を
(当たって!)
願いは
「
彼らは皆、イェンスを
イェンスは見えないはずなのに、器用に死神の攻撃をかわし、前に進んでいった。
彼の背を追うソフィーの眼前に、
イェンスは慣れた動作でソフィーと敵兵の間に割って入り、飛びかかってくるシュオム兵と
◆◆◆◆◆◆◆
兵士たちが、ワルキューレが仕留め
断末魔の悲鳴が
弓矢に集中するどころではなかった。初めての戦場の
必死にイェンスを追い、死神を見つけては矢を放つのだが、全く当たらなかった。
「イェンス様!」
ワルキューレもなしで、シュオムの兵士と斬り結ぶ彼は
どくどくどく、と心臓が
このままでは、将軍がやられてしまう。彼を死神から守る役目のソフィーが、全く役に立てていないから。
「
叫ぶと、周りの空気が変わった。近くにいたらしい、ワルキューレが走ってくる。
「いらぬ! 元の場に戻れ!」
イェンスが叫び、また死神の攻撃を
「ソフィー、基地に戻っていろ!
イェンスの言葉に、血の気が引く。
「ソフィー、言われた通りにしな!」
ローネにまで追い打ちをかけられて、ソフィーはよろよろとした足取りでその場を
ワルキューレは光の矢で死神を射続ける。将校と兵士はワルキューレを守るため、シュオム兵と必死に斬り合っている。みんな、
幸い攻撃を受けることもなく、戦線の後方へと移動する。後方で
何も役に立てないばかりか、周りに
ソフィーの
◆◆◆◆◆◆◆
天幕の中で、ソフィーは座ってじっとしていた。
どのくらい、そうしていただろう。物音に気付いて顔を上げると、ローネや
ローネ以外のワルキューレが冷ややかにこちらを見ていることに気付いて、ソフィーは身をすくめた。
「ソフィー、ちょっと外で話そう」
ローネに
天幕の外に出た
「落ち込んでいるようだね」
「……邪魔って、言われましたから」
「──厳しいことを言うようだけど、将軍は正しいんだよ」
「正しい?」
どこかに、ローネは
「あんたは、将軍を誰か守ってくれと叫んだだろう。それはだめだ。他のワルキューレも、自分の担当小隊守るのに
ローネの説明は、理路整然としていた。
「……はい」
「あたしは言ったはずだよ。将軍の指示を聞きなさいって」
そう。イェンスは言った。感じ取れるから、イェンスは死神の
イェンスが言ったのは、それだけだ。勝手に助けを呼び、戦列を乱したとあってはソフィーが
ソフィーは、文字通り『邪魔』だったのだ。
ぐす、と声が
「あー、泣くんじゃないよソフィー。次からは気を付けなさい。幸い、あんたは今回無事だったんだし」
「……私、全然死神に矢を当てられなくて──」
「仕方ない仕方ない。最初はみんな、そんなもんさ。来たばかりで戦に出すのは危険だから、昔はもっと練習してからだったんだけどさ。今はとにかくワルキューレが足りないから、
「ローネさん……ありがとうございます……。私、初めての戦場が
「誰だって、そうだよ。あんただけが
ぽつりと
「目の前で、どんどん兵士もワルキューレも死んでいって……。十割死ぬ、っていうのは大げさな
「残念だけどね。十割死ぬというのも、あながち
ローネはソフィーの不安に理解を示しながらも、
「でも、今回は初戦なんだし仕方ない。落ち込みすぎても、だめだよ。今日はしっかり休んで、明日に備えよう」
「はい……。私、イェンス様に謝らないと──」
「今は
ローネはソフィーの
死に挑むワルキューレ 紡がれし運命のサーガ 青川志帆/角川ビーンズ文庫 @beans
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