第24頁 おやすみなさい
「結局、それからもずっと治療を続けてる。今は強くなったから、最初の頃みたいな脆さは感じないけどね」
「……」
エルの話を聞き終わって、僕は何も言葉を返せなかった。
彼女の言う通り、アサヒさんからは自分自身が壊れてしまうような脆さや儚さを感じたことはない。だけど、この強さにたどり着くまでに、アサヒさんはどれだけの時間を費やし、何人の異形の死を看取ったんだろう。
「あ、おはようございます」
ぼんやりと考え込んだ僕の思考を、アサヒさんの声が遮った。彼女の声に誘われて、机の上を見てみれば、目を開けた5匹の花ネズミたちの姿が。鼻をヒクヒクさせながら、キョロキョロしている。
「atpmw」
「ここは私の家です。お休みになられていた間のことをお話しますね」
寝起きでポヤポヤとしているネズミたちに、アサヒさんが諸々説明している。花ネズミたちは真剣に話を聞いているようなんだけど、正直僕はそれどころじゃない。
何故かというと、さっきからネズミたちの頭の上にあった芽が花を咲かせている。それだけならそんなに驚くことじゃないんだけど、その花の色がポンポンと変化しているんだよ。どういうことなんだろう。黄色、緑、また黄色と次々に色が変化しており、見ていて楽しい。だけど、ちゃんとアサヒさんの話聞いてます?
「bnwap]kv」
「うわぁ!?」
そんなことを考えていたら、頭に黄色の花を咲かせて、ネズミたちが僕の所へ一気に突進してきた。何? どういうこと? この子たち謎が多過ぎる!
「陸奥さんに遊んでほしいそうですよ」
「あの、ちょっ……」
完全に目が覚めたようで、5匹の花ネズミは僕の身体を遊具にして遊び始めてしまった。フードやポケットに入り込んだり、シャツにぶら下がったり入ったり、それはもう本当に自由だな!?
「ネズミたちの頭に花が咲いてますけど、これはどういう意味ですか?」
「それは感情の花です。赤は怒り、青は悲しみ、緑は感謝、黄色は楽しいなどなど」
なるほど、今は黄色だから楽しんでいるのか。楽しんでくれるのはいいんだけど、身体が小さいし、少しでも動くと潰したりしそうで怖いな。特にシャツの中に入り込んだ子。どこ行った? 今どこにいる? これはじっとしておいた方が良さそう。
「ふふ、陸奥さん。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「潰しちゃいそうで怖くて」
「身体が頑丈なので、少しくらい大丈夫です」
「そう言えば、さっきも結構な高さから落ちたのに無傷でしたね」
3mくらいは飛んでいったように思う。僕たち人間だって、3mから落ちたら怪我をするし、落ち方がマズいととんでもないことになる。身体の小さいネズミたちにとっては、もう即死レベルの高さだと思うんだけど、頑丈って理由だけで片づけていい問題のなのかな。そもそもなぜ彼らはそんな高さまで飛んでいったんだ?
「『落ちた』のではなく、『降りて来た』なので無傷だったんですよ」
「ん? 降りて来た?」
「はい。陸奥さんのシャベルに驚いて、あの高さまで飛びあがり、着地しただけのようです。そして着地したと同時に眠ってしまったみたいですね」
さらりとアサヒさんは言いましたが、理解が追いつかない。え? アサヒさんの話だと、手のひらサイズのネズミさんが3mほど跳躍したっていうことになりますけども、それで合ってます?
「合ってます」
合ってるんだ。そして着地してすぐに、すややかな眠りについたんだ。へぇー、そうなんだー。なるほどねー。もう僕は深く考えるのを諦めるよ。
「そもそも異形たちは境の柵をぴょんと飛び越えますから、基本的に跳躍力はあります」
「境の柵って、25m越えって聞いてますけど、それをぴょんと飛び越えるんですか?」
「はい」
「ぴょんって?」
「はい、ぴょんって」
25m越えの柵って、ぴょんという軽い感じの擬音語で飛び越えられる物でしたかね? その擬音合ってます?
「合ってます」
合ってるんだ。でも、25mをぴょんできるなら、3mから落ちてきても上手く着地できるし、その直後に寝ちゃうことだってあるよね。うん、そうだよね。
そう言えば、柵のこちら側の異形がやたら多いなって思ってたけど、その理由はぴょん、ですね。ぴょんぴょん出来てしまうから、こっちに来てる子が多いんだな。
「あれ、静かになった?」
ふと気がつけば、僕で遊んでいたはずのネズミたちが停止。どうしたのかなって思ったけど、自由なネズミたちのことだから……
「寝ましたね」
僕の服の中で再びすややかなる眠りについたようだ。ちょっと、自由にも程がありますよ。人の服の中で眠らないでくさだい。
「この子たちどうすれば」
「埋めればいいと思います」
……どこかの組の姐御でしょうか。台詞だけ抜くと、めちゃくちゃ物騒ですね。
「彼らは夜行性でして。毎晩遊びまわって、疲れた所の土に埋まって眠りにつきます。毎日その繰り返しですので、今日埋めた場所に明日も埋まっていることはほとんどありません。なので陸奥さんの好きな所に埋めてあげてください」
「そう、なんですね」
自由気ままな習性ですね。ということは、今日僕がシャベルを入れた場所に居たのも偶然だったのか。
※※※
「こんな感じかな」
手に付いた土をパンパンと叩き、僕は完成した穴を眺める。結局僕はアサヒさんのログハウスのすぐ横に穴を掘った。もちろん彼女の許可は取ってある。
自由なネズミたちだからすぐに居なくなってしまうけど、もう少しだけアサヒさんの側に居てほしいって思った。膝を抱える彼女の姿を想像してしまったからかもしれないけど。
「起こしてごめんね、お休みなさい」
ひまわり畑でのことを謝罪し、爆睡中のネズミたちをゆっくりと土の上に横たえる。そして、ふんわりと土をかけた。ログハウスに戻ろうと立ち上がれば……
ポンッ
小気味いい音が聞こえた。振り返ると、僕がネズミたちを埋めた場所に5つの花が咲いていた。その色は緑。
「緑の意味は……」
『ありがとう』
心に響いたその小さな言葉に、胸がじんわりと温かくなった。
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