第22頁 花ネズミ
2月20日、午前9時、瑞穂山。
「何だこれ?」
いつものようにひまわり畑に向かおうとしていた道中、僕は不思議な足跡を発見。いや、これは足跡にしては間隔が広すぎるかな。2m以上の間隔で、僕が丸くなって寝れる位の跡が点々と雪の上に残っている。
人の足跡じゃないし、考えられるのは異形だけど、この大きさと歩幅はかなり大きい異形ってこと? そんな大型の異形居るの?
そんなことを考えながら歩いていると、あっという間にひまわり畑に到着。謎の足跡のことは気になるけれど、とりあえず後回しにして調査を開始しなくちゃ。普段の祈りを終えて、狐さんの視線を背中に感じながら、今日も元気に調査開始! よし、今日こそこの超常現象の謎を突きとめてやるぞ。えいえいおー!
サクッ、トン
「ん?」
気合十分でひまわりの根元にシャベルを入れる。だけど、トンって何かにぶつかった感触があった。石にでもぶつかったかな。でも、柔らかい感触だったような……
恐る恐る、シャベルで掘った小さな穴を覗き込む。すると……
「うぇ⁉」
瞬間、何かが土の中から勢いよく飛び出してきた。危うく僕の顔面に直撃する所だったのを、間一髪で躱す。何なの、何が起きてるの?
飛んでいった方を見てみれば、遥か高く上空に。結構な高さまで飛んでいったな。混乱しながら状況を待っていると、それらは大人しくボトッと落ちてくる。心を落ち着けながら、雪の地面に転がっている落下物を確認すると……
「え!? ネズミ?」
なんと子ネズミ。その数5匹。黒、白、灰色、茶色、紺色と身体の色は全員異なっていたが、頭頂部には共通して植物の芽のような物が生えていた。異形のネズミなのだろう。だけど……
「ねぇ、大丈夫?」
身体を揺らしたり、ツンツンしてみるも、ネズミさんは僕の手のひらでぐったりとして動いてくれない。結構な高さから落ちてきたし、どこか怪我をしてるんじゃ。他の4匹も地面に転がったままだし……あ、れ?
「息、してない?」
口元に指を近づけたけど、呼吸を感じない。それに胸も動いてない。
さっき彼らは結構な高さから落ちてきた。身体の小さい彼らにしたら、即死してしまうほどの衝撃をもたらしたのではないだろうか。
サーと血圧が一気に下がるのを感じた。僕は地面に転がっている4匹も回収して、急いで駆け出した。
※※※
2月20日、アサヒのログハウス。
「アサヒさん! アサヒさん! アサヒさん! 大変なんです! 瀕死の子ネズミが。しかも5匹! 助けてください!」
僕は半泣き状態で、アサヒさんのログハウスの壁を叩く。すると彼女は肩にエルを乗せながら、すぐに出てきてくれた。
「陸奥さん、こんにちは」
「陸奥こんにちは。どうしたのよ、うるさいわね」
「ネズミ! ネズミたちが!」
「「ネズミ?」」
僕は彼女たちの目の前にズイッと子ネズミたちを差し出す。先ほどと同じで、ネズミたちはピクリとも動いてくれない。
「どどど、どうしましょう。さっき高い所から落下しまして。死んでしまったかもしれません」
「花ネズミですね。大丈夫、安心してください。死んでませんよ」
「え、でも息してなくて」
「この子たちは普段から息しないんですよ」
「ぐったりしてますが?」
「これは……寝てますね」
そう言われて子ネズミたちの顔を見てみれば、口からよだれを垂らして、気持ちよさそうにしているような気もする。何か食べ物の夢でも見ているのでしょうか。あ、今鼻が動きました? アサヒさんの言う通り、本当に寝てるだけ?
「はぁぁ、良かったぁ」
とりあえず無事なんだよね? びっくりした、心臓が止まるかと思ったよ。僕は安心したと同時に、ペタンと床に座り込んでしまう。いや、でもマイペースが過ぎませんか? 人の手のひらの上で、よく爆睡できますね?
「念のため怪我をしていないか診てみましょう。机の上に置いてください」
「ありがとうございます」
言われた通り机の上にネズミたちを置き、診察の邪魔にならないように僕は部屋の隅へと移動する。
※※※
「ふふ、本当に良く寝てますね」
診察を開始して数分が経過。彼女の楽しそうな声を聞く限り、花ネズミたちはまだ爆睡中のようだ。そんな中、僕は部屋の隅で膝を抱えて、まだ乱れる呼吸を落ち着けようと、深呼吸を繰り返す。
「ふぅ」
あの時……ピクリとも動かないネズミたちを見て、頭の中が真っ白になった。怖かったんだ、殺してしまったんじゃないかって。また僕のせいで誰かが傷ついてしまったんじゃないかって。すごく苦しくて。
胸の奥にある傷が、また熱を孕んだような気がする。
「そうやってると、アサヒにそっくりね」
上から降ってきた声に顔を上げれば、ふわふわと空中に揺蕩うエルの姿が。そのまま僕の肩の上に着地する。
「あの子もよく膝を抱えて丸くなっていたわ」
「いつの話をしているんですか。『よく』ではなく、『たまに』しか丸くなってませんよ。訂正してください」
「そうだった?」
「そうです」
アサヒさんとエルの間で、丸くなっていた頻度論争が勃発。二人は賑やかに会話しているのだが、僕の頭にはあまり入ってこない。
アサヒさんが膝を抱える。
凜として堂々と背筋を伸ばしているアサヒさんが、背中を丸めるなんて想像できなかった。
「アサヒさんも、膝を抱えることがあるんですか」
「えぇ。最近は見ないけどね」
驚きのまま尋ねれば、エルがサラリと答えてくれた。いつもと変わらないその返答で気がついた。当たり前のことじゃないか。アサヒさんだって人間な訳で。落ち込んだり、嫌になったり、膝を抱えたくなる時だってあるだろう。
だけど、丸まっているアサヒさんを想像したら、堪らなく泣きたくなった。
「あの子はね、捧げすぎるのよ、命に対して」
「……捧げ過ぎる?」
「そう、自分が壊れちゃうくらいにね」
花ネズミたちの診察に戻ったアサヒさんの背中を見ながら、エルが語り出す。それは僕がアサヒさんたちと出会う、ずっとずっと前の物語。
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