第18頁  ゴリラでしょうか、はい誰もがゴリラです

「v2s6!」

「どうしたんですか?」


 探し物が見つかって何よりだなと、のほほんとしていると、天狗さんが何かを思い出したようにピッとなった。どうしたのだろう。


「eang;」


 彼はツカツカと僕の所にやってくると、先ほどしまった巾着袋をテッテレーと取り出した。さっきも見ましたこの光景。だけど今回は前回と異なり、巾着の中にはちゃんと物が入っている。

 天狗さんの様子を見守っていると、あの葉っぱを巾着袋から取り出した。そして、取り出した途端、グググっと葉っぱが元のサイズへと戻る。


「おぉ!」

「jtGmw」


 魔法のようなその光景に拍手を送れば、天狗さんはドヤ顔しながらお辞儀をしてくれる。流され物のせいですっかり忘れていたけれど、彼はこれを僕に見せたかったんだった。そうだった、そうだった。だけど、どういう仕組み何だろう。水分を吹き飛ばしたり、物を小さくして収納して見せたり、この天狗さんは魔法使いなのだろうか。


「mk!」


 悩み込んでいると、天狗さんが取り出した葉を一枚僕に差し出してくれる。えっと、これはどういうこと? もしかして僕にくれるとか? いや、でも大切な物じゃないのですか。受け取ってもいいのだろうか。


「rhw@」


 僕が困惑している中、グイグイと半ば無理矢理手に握らせてくる。いいのかな。だけど、天狗さんは鼻息荒くとても満足そう。彼が満足ならありがたくいただいた方がいいんだろうな。


「あ、れ……」


 さっき抱えてきた時は気がつかなかったけれど、改めて葉っぱを見れば何だか神聖な雰囲気を感じた。心がスッとするような、悪い物を寄せ付けないような、何かお守りのようなその空気。


「大事にしますね」


 抱きしめながらそう呟けば、天狗さんは一番の笑顔を向けてくれた。




※※※




 2月15日、正午、瑞穂山。


「あ」


 天狗さんと別れてしばらく、下山していた僕に雨が降り注いだ。さっきまで晴れていたのに、山の天気は変わりやすいとはこのことか。

 もちろん雨具なんて持っていないので、試しに天狗さんにもらった葉を傘代わりに頭の上に掲げる。すると、見事に雨を弾いてくれた。


 すご……天狗さん本人も水を弾いていたから、もしかしてと思ったけど、これはとんでもない物をもらったかもしれない。これならずぶ濡れにならずに宿までたどり着けそう。良かった。


 ザァァァァァ


 と、思ったのも束の間、バケツをひっくり返したような大雨になってしまい、僕はちょうど近くにあったアサヒさんのログハウスに助けを求める。


「アサヒさん、すみません。雨宿りさせてください」


 入り口で声をかければ、アサヒさんはいつも通りの恰好で出迎えてくれた。そして流石にいつも通りの極寒対応はしない。ちゃんと招き入れてくれる。


「どうぞ。何か温かい物をご用意します」

「すみません、助かります。ありがとうございます」


 それにしても、今日も扉開いているんですね。雨、降り込んでますけど、いいんですか? 出逢った当初から徹底して開いている扉。怪我をした異形たちのために開けているのかな。


「それは、天狗の異形に会ったのですか?」

「え、はい、さっき川の方で。それから何だかんだありまして、お礼に貰いました」


 扉のことを考えていれば、アサヒさんが声をかけてくれる。

 葉っぱだけで天狗さんの持ち物だと分かったということは、アサヒさんも彼に会ったことがあるのだろうか。あ、でも、天狗さんはドジっぽいし、何回かアサヒさんのお世話になっていても不思議はないのかも。


「アサヒさんも天狗さんに会ったことがあるんですか?」

「はい、何度か。川に流れている所に遭遇したことがあります」

「……」

「彼ら、頻繁に流れてきますよね」


 頻繁に流れるべきではないと思う。滝もあって危ないのに、そんなによく流れているんですか。今の時期は特に寒いし、あまり流れない方がいいと思うんだけどな……あ、でも寒さはあんまり関係ないのかな?

 僕は穏やかな微笑みで川の心地を楽しんでいた天狗さんを思い出す。川の水は心臓が止まるほどの冷たさだったのに、天狗さんは全く苦に感じていなかった。あれはどういう仕組み何だろう。


「天狗さんは寒くないんでしょうか。川の水、冷たかったんですけど」

「大丈夫だと思います。冷たさに鈍感なので」


 ……いいんですか、そんなふわっとした理由で。鈍感にも程がありませんか。でも、皮膚も衣も水を弾いていたし、何かいろいろ大丈夫なんだろうな。うん、あまり深く考えない方がいいような気がする。そして、天狗さんに関しては他にも聞きたいことが……


「とても力が強かったんですけど、異形ってみんな力強いんですか?」

「はい、皆さん自分の倍の体重相手くらいは軽々持ち上げます。握力は全員80ほどあるでしょうか」


 ゴリラじゃん……

 僕の首を絞めて意識を飛ばしかけたのにも、納得がいく。首の骨がポキンといかなくて良かった、本当に良かった。え、というか異形全員怪力なの? あの非力そうなエルでさえも? リンゴをグシャッといけるの? 見てみたい、今度リンゴ買ってこようかな。

 ずずぅーと、アサヒさんに出してもらった紅茶をすすりながら、ぼんやりと失礼なことを考えた。


「あ、そう言えば、天狗さんと一緒に巾着さんも居ませんでしたか?」

「巾着、さん……え、あれって異形なんですか!?」


 顔が描いてあって、不思議な収納力があるなって思ったけど、あの子異形だったんですね。それじゃあ閉じていた目が開いたように見えたのは、僕の見間違いではなかった⁉


「凄まじい吸引力だと思います」

「ふふ、私にも以前見せてくれました、楽しいですよね」


 アサヒさんはクスクスと笑っているけれど、あの現象を楽しいの一言で片づけていいのだろうか。ユニークではあったけれども。


「天狗さんたちは魔法使いか何かなんですか。びっくりすることばかりでしたが」

「あぁ、彼らは大抵気合と根性で何とかします。ほら、大木の異形も気合と根性で光っていたでしょう? 陸奥さんが目の当たりにした能力もそれで何とかしたのではありませんか?」


 ……薄々そんな気はしていたんですよ。でも、そんなことってあります? アサヒさんの理屈だと「乾けっっ!」って念じたら風が吹いて乾かしてくれたってことになりますけど? そして「縮めっっ!」って念じたら、巾着の中に収まったことになりますけど?


「頑張れば何とかなるのです」

「……」


 普通は何ともならないと思うんだけど、実際に僕は不思議な力を目撃している訳で、それ以上反論できなかった。思い返すとエルも木の棒を頑丈な義足にしてたっけ。妖精だからそういう能力があるんだなぁと思っていたけど、よく考えればそんな都合のいいことないもんね。あれも気合と根性で頑張ったのかな。異形たちにはまだまだ未知の部分がたくさんあるんだね。


 だけど……


「すごく優しい力ですよね」


 僕が風邪を引かないように、そして楽しませようと天狗さんたちは頑張ってくれたってことだよね。その感情はとても嬉しく思う。優しい感情が出発点なら、魔法の仕組みはどうだっていいのかもしれない。だって、天狗さんのその心に、胸がポカポカするから。

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