第9頁 触れてもいいですか
2月4日、午後3時、ひまわり畑。
「「……」」
それからしばらく、それぞれが黙々と作業を行った。僕はひまわりの花や土の採取を、アサヒさんはひまわりの蜜の採取を。
二人の上にシンシンと雪が降り積もり、ひどく静かな空間だった。
「んー」
作業がひと段落つき、僕は固まった体をほぐすため立ち上がる。伸びをすると、腰がバキッと言ったような気もするけれど、聞こえない聞こえない。
すぅ
両手を空に上げて、深く息を吸ってみる。
冬独特の、綺麗だけど突き刺すように冷たい空気が肺いっぱいに広がった。ぶるりと一度震えてしまったが、背筋が伸びる心持になる。
僕は一人リフレッシュをしている中、ふとアサヒさんに目を向けてみる。彼女はまだ黙々とひまわりの蜜を採取していた。その瞳は、とても優しくて。きっとあの蜜を食べる異形のことを考えているんだと思う。すごく楽しそうな雰囲気が滲み出ていたから。
その仕草は、アサヒさんが異形たちを大好きな気持ちが前面に出ていて、見ているこちらも口元が緩むようだった。
だけど、どうしてアサヒさんはそんなに異形が好きなんだろう。彼女が異形と触れ合うきっかけは何だったんだろう。
「こんにちは」
僕がそんなことを考えていると、静かな空間にアサヒさんの声が響く。はい、どうもこんにちは……て、僕に挨拶した訳じゃないよね? 誰か来たの?
辺りを見渡したけれど、誰も居ない。アサヒさんは誰に向かって挨拶をしたんだろう。彼女の方を見てみると、アサヒさんは空に向かって手を差し出していた。
「鳥?」
彼女の手の先を追うと、空に何やら物体が。鳥だろうか、ふわふわと上空を旋回しているのが見える。だいぶ上空にいるのではっきりと見えないが、結構な大きさだと思う。白鳥とかよりも一回りか二回り大きいんじゃないか。初めて見るかもしれない。なんていう名前の鳥なのかな……ん?
「へ?」
思わず変な声が出ちゃったけど、ちょっと待って⁉ あれ鳥? 本当に鳥なの? よく見たら、あの子燃えてません? 炎纏ってますよね? え、どういうことなの?
……こっちに来てる。ん? こっちに来てる‼ しかもすごいスピードで!
近づいて来ている、と思った瞬間、その存在はもう目の前まで来ていた。手を伸ばしていたアサヒさんの近くに。二人がぶつかると思ったその刹那、再び彼女の声が響く。
「お久しぶりです」
「ighwn」
バサッと音を立てながら、アサヒさんの腕に舞い降りた存在。真っ赤な羽根が宙を飛び、ひまわりの花びらが空中で踊った。
「あ……」
とても繊細で美しく、触れたら消えてしまいそうに儚くて。楽しそうな黄色と、はしゃいでいる赤色と、消えていく白色。その中心地で、一人と一匹が嬉しそうに笑っていた。その景色は「幸せ」という字を絵に描いたが如く。
「お元気でしたか?」
「iaoom;」
穏やかな二人のやり取りが始まり、アサヒさんの顔に赤色の頭が触れた。すりすりと、鳥さんが嬉しそうにすり寄っているのだが、その触れた部分、燃えてませんか? 熱くないのですか?
「ふふっ、くすぐったいですよ」
「9w@5uh5j」
アサヒさんは熱がる素振りも見せずに、楽しそうに笑うだけ。そうですか、熱くないのですね。燃えてますけど、熱くないんですね。火傷しなくて何よりであります。
……ん? というかその鳥って
「い、異形⁉」
「うるさいです」
「……すみません」
つい大音量で叫んでしまい、アサヒさんに睨まれた。燃えてるとか、急に降りてきたとか、他のことにいろいろと気を取られてたけど、その鳥異形ですよね? 普通の鳥は燃えませんもんね? 燃えたら死にますもんね?
「huhbn」
「いいのですか?」
「8qt9hj@w」
僕が再び叫び出さないように口を押えていると、アサヒさんと鳥さんが何か話している。鳥さんの発する言葉は僕には金属を擦った音にしか聞こえないけれど、何て言っているんだろう。
「陸奥さん、こちらへ」
「ほへ?」
アサヒさんは僕を手招きしてくれる。近くに来いとのことですが、大丈夫ですか? アサヒさんは何か特殊な服でも着てるんですか? 僕、普通の服を着てるんですけど、燃えませんか? 近づいた瞬間丸焦げとか嫌ですよ。
僕は多くの疑問と戸惑いを抱えながら、一歩一歩、彼女の方へと歩みを進めてみる。すると……
「あ、れ?」
近づくにつれて、温度を感じた。想像していたのとは異なる、じんわりとあたたかい温度。
視線を上げれば、アサヒさんの腕の上に居る鳥さんと目が合った。ユラユラと身に纏っている炎が揺れている。だけど、その炎は不快な熱さじゃなくて。
「ポカポカする」
心地よく、安心する温度だった。
燃えているから、熱いのだと決めつけていたけれど、これは何かを害するための熱さじゃない。むしろ、優しい感情でしか使えない温度だと思う。
「触れても、いいですか」
鳥さんに触れる範囲まで近づいた時、自然と出てきた感情。その優しくてあたたかい温度に触れてみたい。
鳥さんが快く首を縦に振ってくれるので、ゆっくりと指先、手のひらで触れてみる。伝わってきたのは生きている命の温かさ。じんわりと伝わってくるその体温が、たまらなく愛おしく感じる。
「どうですか?」
「あたたかいです。炎を纏っていることを除けば、普通の鳥とあまり変わらないんですね。牙とかない異形も居るんだ」
「むしろ牙がない子の方が多数派かと思います」
「なんですとっ!?」
「うるさいです」
ほんとに、すみません。鳥さんもびっくりさせてしまったようで、その毛がビッとなっている。ごめんね、ごめんね。
乱してしまったその毛を整えつつ、その姿を観察させていただいた。サイズが少し大きいし、羽根が赤色で燃えているけれど、鋭い牙も尖った爪も生えていない。凶暴なことを象徴する部位が特に見当たらなかった。
「牙がない方が花の蜜を吸いやすいですから」
そうだ、彼らの主食は花の蜜や木の実。それらを食べるのに強靭な牙や爪は必要ない。
何も変わらない。ただほんの少し、そう、ほんの少しその形が違うだけ。
足の数が違う。手の形が違う。目の数が、身体の大きさが違う。たったそれだけ。違うことはたったそれだけ。
それだけのことなのに、彼らは世界から拒絶されなくてはいけないのだろうか。
大多数と違うことは、そんなにいけないことなのだろうか。
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