第一章

第1頁  出会い

 皆さんは聞いたことがあるだろうか、一年中咲き誇るひまわり畑の話を。


 弥生やよい村という村の外れにある山、瑞穂みずほ山にはどの季節でも一面のひまわりの花を見ることが出来るらしい。


 世の中、奇妙なことは多いけれど、ここ数年、世界各地で不思議な現象が頻発していた。甘い水が流れる滝。虹色の花が咲き誇る森などなど。この村のひまわり畑もそんな超常現象の一つ。


 言葉だけで表現すると、幻想的で綺麗に聞こえる超常現象の数々。しかし、原因不明のこれらは、何か悪いことの前触れなのではないかと恐れる声も多い。その声たちの中で一番多いのは、異形に関連する言葉たち。


 また以前のように、異形たちが暴れ出すのではないだろうか。人間を食べるために、何か悪だくみをしているのではないだろうか。原因不明、ということがその不気味さに拍車をかけて、人々の不安を助長している。

 そんな中、学者たちが真相を探るべく世界中に散らばった。僕もそのうちの一人だ。


 2月1日、午前10時、ひまわり畑。


「すごいな……」


 思わず言葉が漏れた。今僕の目の前に広がっているのは一面のひまわり畑。シンシンと真っ白な雪が宙を舞い、冷たい風が頬撫でる中、まるで『ここだけは夏である』と言うように、眩しい位に咲き誇っていた。季節が二つ同時にやってきたようで、頭が少し混乱する。

 圧巻の世界。一歩、その中に足を踏み入れ、触れてみた。


「……」


 目を閉じ、静かに息を吐きだしてみる。

 ひまわりの花の感触。

 ひんやりとしていて、花らしい優しい感覚。

 確かにそこに温度があり、感じる生命。

 周りが雪に囲まれているということを除けば、僕が今まで出会ってきた花と何も変わらないように思う。この花にどんな謎が秘められているのだろうか。多くの人が言うように、この景色は何か悪い物に繋がることなのだろうか。


 僕はひまわりから目線を上げ、北の方を見てみる。そこには自然豊かな瑞穂山には不釣り合いな物が、木々の間からチラリと見えていた。


「あれが、境の柵」


『境の柵』

 高さ25mを超える柵で、異形の天敵である鉛で作られている。剣や弓矢が全く効かない頑丈な皮膚を持つ異形だが、鉛玉には驚くほど弱い。少しかすっただけでも、その部位から腐敗が発生し、数刻で身体全体が腐り落ちる。

 境によって真っ二つに分けられた、この世界。人間が住むこちら側と、異形が生息するあちら側。


 そんな柵が設置されたのは、1000年以上も前の出来事。平和を取り戻したこの世界では、実際に異形を見たことがない人がほとんどだろう。僕も教科書や、研究所の資料画像でしか見たことがない。だけど……


『異形は人類の敵』『食べられる前に撃ち殺せ』


 幼い頃からずっと教えられてきた。異形の残酷さと凶暴さ、消えていった命の多さ。

 やっと安全な世界を取り戻したのに、また世界を壊されるのではないだろうか。今回の超常現象発生による不安も相まって、人々の心には異形に対する恐怖と憎しみの感情が根強く残っている。


「ん?」


 柵を見つめていれば、ふと背中に視線を感じた。振り向くと南の方の木陰に人影が。紺色のローブを着ており、赤茶色の髪の毛が風に綺麗になびいている。だけど鼻先までマフラー巻いているため、はっきりと顔は確認できない。


「こんにちは」

「……こんにちは」


 挨拶をすれば弱弱しい声で一応返事はしてくれる。しかし、そのまま木々に隠れるようにして姿を消した。誰だったんだろう。何か用事でもあったかな。




※※※




 2月1日、正午、弥生村の宿屋。


「こんにちは! 今日からお世話になります、陸奥です」


 ひまわり畑を後にして、僕は宿屋にやってきた。調査が終わるまで、この宿でお世話になる予定である。


「はいはい、お待ちしてましたよ、いらっしゃい。私はこの宿の女将で、かえでと言います」

「よろしくお願いします」


 服に付いた雪を払いながら待っていれば、若草色の着物を着たご婦人が。穏やかな笑顔で歓迎してくれる。だけど、彼女の視線はすぐに僕の服へと注がれた。


「おやまぁ、その紋章……ロッカス研究所の学者さんかい? あの爆破事故の」

「……そうです」


 楓さんの口から飛び出した弊社の不名誉な事故に、僕は苦笑いしか返せない。


 僕の所属するロッカス研究所。1500年ほど前、研究員全員死亡の爆破事故で有名である。研究所が丸ごと爆散し、研究資料等も焼失。異形に襲われたことが原因とされているけど、詳しいことは分かっていない。


「今後二度とあのようなことがないよう、所員一丸となって対策しております故、ご安心ください」

「ああ、ごめんごめん。その紋章を見て、事故のことが浮かんだだけなの。不幸なことを思い出させてしまって、ごめんねぇ。ほんと嫌だわ、異形なんていなければ、この世界はもっと暮らしやすいだろうに」

「そうですねぇ……」

「まぁ、昔に比べたら平和なんだよね。ここ何百年は討伐隊の結成もしてないし、ハンターさんたちに感謝しないとね」


 異形駆逐専門職、ハンター。今の平和な生活は、彼らの存在が無ければ保てない。境の柵の定期点検や、あちら側での異形駆逐作戦など。特別な訓練を受けた者たちが、一日でも早くこの世界から異形を駆逐できるようにと、日々努力してくれている。危険な仕事にも関わらず、僕たちの生活を守ってくれるハンターさんたちには感謝の心しかない。あ、もしかして山で会ったあの人は、定期巡回中のハンターさんだったのだろうか。お仕事ご苦労様です。


「この辺も昔は活気があったんだよ。でも境の柵も近いし、ひまわり畑も出ちゃったから。今ではあの山に誰も近づかない」


 楓さんが寂しそうな声で呟く。

 ここ数年は謎の超常現象発生の影響もあり、境から離れた街に引っ越す人も多いと聞く。この弥生村は、村に隣接している瑞穂山を真っ二つにするように柵が設置されている。加えて、不気味なひまわり畑の出現。離れたくなる感情も、分からなくない。


「だから、こうやって陸奥さんが来てくれることに、みんな感謝してるんだよ。どうぞ、よろしくお願いしますね」

「ご期待に添えるよう、精いっぱい頑張ります」

「あ、そうだ。銃は持ってるかね? あいつらは人間を見ただけで、すぐに飛びかかってくるらしいから」

「大丈夫です、ちゃんと持ってますよ」


 僕は楓さんを安心させるように、腰に刺しておいた拳銃を見せる。手のひらにずっしりと重みを感じた。

 その重みで思い出した。ハンターさんのおかげで平和を保たれているけれど、油断してはいけない。異形は人類の敵、駆逐しなくてはいけない脅威の存在。今回僕が調査を行う瑞穂山は、境と隣接している。万が一、いや億が一位の確率だと思うけど、境の柵を突破した異形と遭遇なんてことがあるかもしれない。


 幼い頃から言い聞かされ続けている異形の恐怖。見たことのない存在がより一層不気味さを増して、僕の心にも残っている。だけど……


(本当にあの景色を異形が作ったのかな)


 楓さんが異形の恐怖について話しているが、僕の頭には先ほど見た雪の中のひまわり畑が浮かんだ。

 先ほど見て来たひまわり畑。仕組みが分からないから不気味な印象もあるけれど、純粋に綺麗な景色だとそう思う。そんな綺麗な景色を、憎い異形たちが作ったのだろうか。

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