第五章

第27頁  大発見

 2月28日、午前9時、ひまわり畑。


「あ、アサヒさん。おはようございます」

「……お久しぶりです、おはよう、ございます」


 ひまわり畑で僕たちはまた出会った。でもどうしたんだろう、アサヒさんが僕を見て、驚いたように肩を跳ねさせた気がするんだけど。何かあったかな?


「えっと、陸奥さんですよね?」

「はい? そうですけど」


 何を当たり前のことを聞いているんだろうか。寒さで頭が可笑しくなったのかな。今日も今日とて雪が降っているし、とても寒いもんね。それともこれはアサヒさんなりのコミュニケーション? ふふっ、独特すぎる。

 でも、アサヒさんあんまり友達とかいなさそうだから、会話することになれてないんだろうな。んふふふふっ


「あ、の、大丈夫ですか?」


 あ、ヤバい。笑っていたのがバレてしまった。でも、心配そうに僕の顔を覗き込んでくれている。今日のアサヒさんは優しいぞ! 彼女のこんな行動、少し前までは考えられなかったのに!

 きっと娘の成長を見守るお父さんとかって、こんな気持ちなんだろうなぁ。うんうん、優しい子に育ったんだね、アサヒさん。


「ぐふふっ」

「え、気持ち悪いです」


 おっとぉ? 速攻で反抗期が訪れた?

 さっきまで心配そうな表情してたのに、またいつものように汚い物を見るみたいな瞳をしてる。悲しい……

 でもやっぱりアサヒさんはこっちの方がいいよねぇ。安心するというか、何というか。……あれ、僕は何を考えているんだろう。だいぶ変態チックなことを考えてしまった気がする。


「ヌフ」

「?」


 良かった、今の心の声は漏れてなかったみたい。もう口をきいてもらえないくらいのレベルのやつだったから、漏れてなくて良かった。代わりに変な単語が漏れたけど、気にしない気にしない。


「大丈夫ですか? いつにも増しておかしいですよ」

「そうですか? 普段と変わらないと思うんですけど」

「目の下のクマも凄いですよ。ちゃんと寝てます?」


 ……あれ、そう言えば僕はいつ寝たっけ? んー、いつだったかな……頭がぼぅっとしてよく考えられないし、まぁいいか。


「そんなことより、アサヒさん!」

「そんなことて……」

「重大な事実を発見したんですよ! 聞いてください」

「はあ」


 そう! 睡眠よりも大切なことを僕は発見したのだ。ぜひ、皆さんにも聞いていただきたい。それは遡ること一週間ほど前……




※※※




 2月21日、午前10時、宿の自室。


「なんで、枯れてないの?」


 部屋で一人、僕は呟く。部屋には今までひまわり畑から取って来た花が置いてあるんだけど、どの子もとても元気に咲き誇っていた。採取してから2週間以上経っているのに、花びらもみずみずしいし、葉っぱが一枚も萎れていない。切ってきたままでバケツの水に付けているだけで、こんなに元気を保てる? この元気さは異常では?


「なんだ、この物質」


 何が起きているのか、と再度顕微鏡を覗き込んでみれば、茎の内部に謎の物質を発見。極小のモフモフした白色の毛が至る所にへばりついていた。何かの動物の毛かな? 更に……


「え、こっちのとは違う」


 他のひまわりの花を調べてみると、こちらには黒色の毛がくっついている。えぇ、何で色が違うの? それにさっきの白色の毛よりも柔らかそうな質感をしていそう。んー、分からない。

 だけど! もしかしてこれらの物質のおかげでひまわりの花が元気いっぱいなのでは! 冬でも咲き誇ることができるのも、水につけているだけで2週間以上元気なのも、この物質のおかげではないだろうか。つまりこの謎の物質の正体を突きとめることができたら、ひまわり畑の調査が終わる!




※※※




「と、いうことで、僕の調査が進んでいるんですよ。良かった、これでとりあえず報告書を書けます」

「なるほど、つまり一週間ほど寝ずにいる訳ですね」


 あれ? そんなことは言ってない。僕はひまわり畑の調査の話をしていたのに、なぜ睡眠の話に戻っているんだろうか。


「アサヒさん、僕の話ちゃんと聞いてました?」

「はい、聞いていましたよ。ひまわり畑の大発見をしたから、発見した一週間前からろくに寝ていないのでしょう?」

「んー? 確かに眠った記憶はありませんが、聞いてもらいたかったのはそこではなくてですねぇ」

「今日は休んだ方がいいのでは? 足元、ふらついていますよ」

「いえ、大丈夫ですこのくらい。早く結果を出して異形たちの無実を証明しなくてはいけませんし、それにもう少しで何かを重要なことを掴めるような、気が……して、て……あ、れれ?」


 アサヒさんに大丈夫だということを伝えたくて、僕は勢いよく立ち上がった。だけど……何だか地球が回っている気がする。

 ……ん? 地球が回っているのは当然か。でも、目の前がグルグル回ってるんだよな。それになんか目の前が暗い。今はまだ朝だよね? 日が暮れるはずないし、どうし、たん、だろう。


「はぁ、まったく……」


 その後のことはよく覚えていない。アサヒさんのため息が聞こえたような気がしたけど、僕の意識はそこで途切れた。




※※※




「世話の焼ける人ですね」


 倒れ込んで来た陸奥の身体を受け止めるかどうか、一瞬だけ躊躇したアサヒ。しかし、その腕はしっかりと陸奥を抱きかかえていた。ずっしりと腕の中に感じる彼の重みと温かな体温。


「……?」


 ほんの少しだけアサヒの胸の奥で、何かが疼いたような気がした。何だろうこの感情は。胸に手を当て、感情の正体を考えていると、アサヒの元へパタパタと駈けてくる足音が。


「@nw?」

「大丈夫ですよ、眠っているだけです。死んでません」


 アサヒの言葉にふぅと表情が和らぐ狐さん。いつもの如く木の陰でこちらの様子を伺っていた所、陸奥がいきなり倒れたので死んだと思ったようだ。


「安心してください、彼が死ぬのはまだ先です。まぁ異形の寿命と比べるとあっという間かもしれませんが、今日明日という命ではないはずですから」


 心配する狐さんを慰めているはずなのに、彼女よりも心配そうな顔をしているアサヒ。そんな表情に気がついて、狐さんはアサヒの手に触れた。


「bnsw@?」

「すみません、大丈夫です」


 不安げに見つめる狐さんに小さく微笑み返して、アサヒは陸奥をおんぶしてそのまま自分の小屋へと運んでいった。

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