第29頁  綺麗ですね

 3月1日、午前11時、ひまわり畑。


「寝ました?」

「寝ました!」


 翌日、ひまわり畑での遭遇早々、僕の睡眠を心配してくれるアサヒさん。ジトっとした目で僕の顔を観察し始めた。


「昨日より顔色はいいようですが、もう少し休んだ方がいいのでは? 死にますよ?」

「いえいえ! 大丈夫ですって、ほら元気ですよ! それにそんなに簡単に死にませんから! 僕、男の子ですし!」


 僕は身体を元気に動かして大丈夫アピールをする。ちゃんと寝たし、ご飯も食べた。眩暈もなく、身体もだるくない。


「今日も頑張るぞ、おー!」

「程々にしてくださいね」


 僕が握りこぶしを掲げると、アサヒさんは止めても無駄と判断したのか、ため息をつきながら自分の作業へと取り掛かり始めた。彼女は今日も異形のためにひまわりの蜜を採取する。

 さて、僕もやらねば! ほとんど寝ずに宿の自室に籠りっきりであの物質の調査をしていた訳だけど、結局正体は掴めなかった。

 一体何なんだろう、あの物質は。最初に顕微鏡で調べた時には、あんなの見つけられなかったのに。2週間放置したのが、良かったのか。それとも出現するための条件をクリアした? 謎は深まるばかり……


「よし!」


 とりあえず、もっと情報が欲しい。今日はひまわり畑の花を東西南北から均等にサンプルとして持って帰る。何か法則があるかもしれない、見つかるといいんだけど……ん、ちょっと待って⁉


「おぉ!?」

「どうかしましたか?」


 僕が病み上がり故か、いつもよりほんの少しだけ優しい気がする。大声をあげると、普段なら「うるさいです」が最初に来そうなのに、今日は心配する文言が先に来てくれた。ちょっと嬉しい。


「あ、いえ、何でもありません。うるさくしてごめんなさい」

「はあ」


 不思議そうに首を傾げるアサヒさん。疑問を残しながらも、自分の作業に戻った。別に隠すことではないんだけど、これは僕の仕事だから彼女に頼るのも何となく。と、いうことで僕はとあるひまわりの花の根元にしゃがみ込む。ここは、この前鹿の異形が置いていった角がある場所なんだけど……


「何か、生えてる」


 そう、角から何か生えてた。

 草っぽい奴。ん? たぶん草。色は緑でひょろ長い。10センチくらいある角から全体的に生えている。

 いつからこうなっていたんだろう。昨日はもうこんな感じだった? いや、昨日はちゃんと角だったように思う、ちょっと記憶が曖昧だけど。となると、一晩でこの急激な変化。この角に何が起こっているんだろう。


 本当は割って内部を見たりしたいけれど、やめた方がいいかな。この角が置かれた目的が良く分からないし、とりあえず今まで通りソッと観察することにしよう。


「……」


 そんなことを考えていると、ふと目線の端に、風になびいている赤茶色が映った。一本に結ばれた赤茶色のアサヒさんの髪。彼女の周りにはたくさんの黄色が舞い、楽しそうに踊っている。その姿を見て、一瞬息を吸うことを忘れた。

 そんな中で一際僕の目を引いたのは、彼女の緑色の瞳。ひまわりの花を見つめているその眼差しは、とても優しくて、繊細で。とても……


「綺麗な人ですよね、アサヒさんって」

「……は?」


 あ……声に出てしまった、ヤバい。

 すっごい不愉快な想いがいっぱい乗った「は?」だったな、今の。

 これはマズいぞ、非常にマズい展開になっている気がする。今のって痴漢になる? それとも何とかハラスメント? 僕、逮捕される?


「ご、ごめんなさい! あ、の、変な意味はなくて、ただアサヒさんって綺麗な方だなって思って……」

「……」

「ひまわりが似合うなぁって考えてたら、ポロッと言葉が飛び出しただけで。特にその目! 綺麗な緑色ですよねぇ」

「……」

「あ! もちろん外見のことだけを褒めているのではなく、内面もとても綺麗だと思いますですはい」


 違う違う。僕は何を言っているんだろう、ますます変な方向に行ってない? いや全部本当に思っていることであって、嘘ではないんだけど……

 これは逮捕までもう秒読みなんじゃない? 終わった、僕の人生終わった……


「あ、のぉ……」

「ありがとう、ございます」


 アサヒさんは恥ずかしそうに口元のマフラーを更に上げて、顔を隠している。心なしか顔が赤いような気もする。まぁ、ほとんど隠れているので見えないんですけどね。

 平手打ちくらいされるんじゃないかなって、覚悟を決めていたんだけど、無事で済みそう? 逮捕されずにも済みそう?

 ふぅ、良かったぁ。やっぱりまだ体調が悪かったのかな、口が緩いぞ僕。きちんと閉めておかないと、また何か飛び出してしまいそう。

 それにしても、照れてるアサヒさんちょっと可愛いかも。ちゃんと女の子なんだなぁ。




※※※




 3月1日、午後9時、宿、陸奥の自室。


「何故なの……」


 自室で、一人僕は呟く。何故なの、もう分からないよ。思わず頭を抱えて、蹲ってしまった。

 どうして僕がこんなに絶望しているかと言うと、先ほどまで覗き込んでいた顕微鏡にその答えがある。


 遡ること数分前……僕は今日ひまわり畑で採取してきた花を調べていた。東西南北から均等に採取してきた花たち。この子たちを以前と同じように、2週間ほど放置し、その後何か物質が発生していないかどうか、今後観察していく予定だ。

 だけど放置する前に、何か異常がないか調べてみようと思って、顕微鏡を覗き込んだところ……


「めっちゃあるじゃん」


 そう、めっちゃあるのだ、例の謎の物質が。それはもう茎の部分にびっしりと。そして今回の物質の形状は、骨。色は白色で整然と一列に整列している。


「こっちは自由だな」


 別のひまわりを調べてみれば、こちらは植物の芽のような物を発見。先ほどの骨の固体とは正反対で、全く並んでいない。バラバラに存在しており、飛んだり跳ねたりそれはもう自由気ままに茎の中を泳いでいる。


 ……と、言う感じで取って来た花たちを観察したら、ほとんどの花たちから謎の物質を検出した。どうしてなの、2週間放置が物質発生の条件じゃなかったの? しかも、東西南北で法則性があるかと思っていたのに、全部バラバラじゃん! なんでそんなことになってるのさ!


 自分の予想していたことがことごとく当てはまらず、逆切れ状態で地団駄を踏んだ。そして、怒りが一通り落ち着き、遅れてやって来た絶望に苛まれている訳であります。どうしてなの、やっと調査に光が見えたと思ったのに。振り出しに戻ったどころか謎が増えてマイナスじゃないか。もう、やだぁ……

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