第89話 テロリスト達が魔王の言葉を深読みしすぎな件

「さて、リベル様。そろそろ魔王活動の再開といきましょう」

「やだ」


 唯桜いおえもんがまたおかしなことを言い始めた。


「俺は、イヴァルの影武者にされて、あの恐ろしい皇族の群れに放り込まれた羊ちゃんだったんだぞ? これ以上、俺に何をさせようってんだ!」

「なんと! リベル様ともあろうお方が消極的な。御君はイヴァル殿下の影武者程度で収まる器ではございません。さあさあ、銀河を統べる魔王になるのです!」


 ……こいつの買いかぶりはいつになったら治るのだろうか。身の回りの世話をしてくれているのに、給金も受け取らない、そもそも食費等もかからないという都合のいいメイドであるが、主人をテロリストにしようというぶっ飛んだところが玉に傷というか――傷だらけの玉だ。


「何度も何度も言っているけど、俺は平穏な生活ができたら満足なの! 皇帝とか魔王とか離れたところで暮らしたいの!」

「なるほど、わかりました」

「わかってくれた? ようやく?」


 幾度同じ言葉を重ねたことか……。遂に唯桜が理解してくれたらしい。胸をなで下ろした俺の隙を見出した唯桜は、その瞬間驚くべき行動に出た。


「当て身!」

「ぐふっ」


 お、お前……。首元に衝撃と共に意識が遠くなっていく……。


「おやすみなさい、リベル様」


 なんという強硬手段……。と、そこで俺の意識は途絶えてしまった。



 * * *



 なにやらヒトの声が聞こえる。それなりの人数らしく、ざわついた雰囲気だ。


「んあ?」


 えっと、俺はどうなったんだ? そうだ。朝っぱらから唯桜が魔王魔王とうるさかったんだ。いい加減にしてほしい。俺は魔王なんてこれっぽっちも興味がないってことに。


 それから……なんだっけ? あ、そうだ。唯桜に気絶させられたんだ。


 次に気付いたのは、視界の違和感。しかし、憶えがある。これは、魔王の仮面をかぶった時の視界だ。そして、バイザーの向こう側には、なんかヒトの群れが出来ていた。


「魔王に選ばれた、そして叛逆リベリオンの旗の元に集った者たちよ! ここから、我々は第一歩を踏み出すのだ!」


 なんか熱弁を振るっている奴がいる……。おいいいいい! あれ、ランドの野郎じゃないか! 唯桜となんかコソコソしていた気がしていたが、こんなことしてやがったのか。


 妙な熱気が漂っている。こいつら、相当に銀河帝国に鬱憤がたまっている。そりゃ、魔王という旗頭を掲げて、国家に喧嘩を挑もうという連中だ。生半可な鬱憤ではないだろう。おお、恐ろしい。こいつら、魔王の正体が皇族だと知ったら、火あぶりにでもしかねん雰囲気だ。


 想像してしまって、ちょっとだけ股間が濡れた気がした。ひぇえ。


 魔王の格好をさせられて、椅子に座らされた状態の俺は考える。とにかく、この場にとどまっていては危険だ。このまま退席してやれば、こいつらの熱も冷めるだろう。だが、壇上という目立つ位置にいる以上、こそこそと退席できる状況ではない。


 ならば、それっぽいことを言って、優雅に立ち去る。これだ!


 ランドがあおりにあおって、ボルテージが最高潮。ここに水をぶっかけて、一気に鎮火させてやる。


 どうする? こいつらは魔王に心酔しているか、魔王の実力に眼を曇らせているか、どちらかだ。なら、こいつらが思っている魔王像を壊してやればいい。魔王は銀河を統べる資格のない暴君だと思わせてやればいい。


 よし、やるぞ!


『怠惰だ。まだ赤子の方が使えるな』


 変声機で俺の本来の声音は隠され、魔王らしい威厳のある声へと変換されている。


「は?」

「何を言っている?」

「魔王?」


 突然、魔王が意味ありげな発言をしたことで、人々の注目が集まる。ランドも振り返り、俺の動向を見守っている。


 俺はおもむろに立ち上がり、マントを翻しながら――大仰すぎて笑ってしまいそうになるが――更に声を上げる。


『お前たちは不要だ。必要ない』


 たちまち会場に渦巻く戸惑いと怒りの感情。こ、こえぇ~……。膝がプルプル震えている。


「必要ねえってどういうこった?」


 最前列にいる、いかついスキンヘッドのおっさんが凄む。スキンヘッドには入れ墨が入っている。こわっ! こんなのに絡まれたら、財布差し出してしまうぞ、俺は!


『わからないか?』

「説明してみろや!」


 こういうところやぞ! と言いたいところだが、そんなこと言ったら吊るし上げられるのは確実。なんとかでっちあげろ、それっぽいことを!


『こんな場所で集まって、日々のストレス解消に勤しんでいるだけで何が変わると思う? 魔王わたしという存在がなければ立ち上がることすら出来なかったお前たちだ。そんな体たらくで何が変えられると思う? 所詮は嫌がらせをしてはしゃいでいるにすぎない。何も変わらない。銀河帝国は腐敗臭を漂わせながらも、継続していく一方だろうよ』


 銀河帝国にとっては、事実うっとおしい嫌がらせであり、はしゃぎすぎたら簡単に叩き潰される。誰が考えても明らかだ。だから、やめろよ? ダメ押しに一つ、あおってやろう。


『お前たちの中で、一人でも戦えた者がいたか? 銃を取って自ら戦った者は?』

「俺たちはあんたとは違う。あんたみたいな実力を持ち合わせちゃいないんだ」

『実力? 私にもそんなものは無い。ただあったのは、やらなければやられる状況、それだけだ』


 実際に、殺されそうな状況だった。思い返せば、唯桜に絶望的な状況に何度放り込まれたことか……。


 そうだ、そんな俺に比べたら、こいつらは自ら火中の栗を拾うバカだ。バ~カ、バカバカ。


『くだらない。私は去る。自らが何をすべきか、考えることだ』


 平穏が一番だろ? 何気ない日常こそが宝なんだ。波乱万丈なんてフィクションの世界だけで充分だ。平々凡々な幸せこそ至高なのだ。ちゃんと考えていただきたい。


 そう告げると、俺はしれっと壇から降り、ささっと退散する。


「お、おい。魔王……」


 引き留めようとするランドの声を背中に受けるも、俺はこんな恐ろしい場所に用はない。さらば!



 * * *



「くそっ」


 スキンヘッドの男は地団駄を踏んでいた。


 理屈ではわかっている。魔王のいうことはもっともだ。今まで、自分の人生の理不尽を嘆くだけで、一歩も踏み出していなかった。その一歩がリベリオンへの加入だったのだが、それさえも魔王にとっては一歩に満たないのだという。連邦の侵攻にキャバリー一機で立ち向かい、帝国の横暴にも呀を剥く。物語の英雄めいた存在は、しかし自らを決して特別扱いしていない。


 才覚はあったのだろう。実力は申し分ない。だが、一歩踏み出す行動こそが、本当の意味での実力なのだ――。


「さすが、魔王だ」


 口惜しいが、認めるしかない。


「ああ、魔王様……。私はあなたの元で戦いたい……」


 そして、男の隣には両手を胸の前で合わせて、頬を染めている男装の麗人がいた。


 セシリア・サノール。ルライズス――『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』においての魔王軍にて、最強を誇ったキャバリーライダーである。

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