第90話 ケイン・クルセドアの憂鬱

「魔王様、どちらに?」


 バカの集会所から逃げていると、唯桜いおが声をかけてきた。対外的に俺の名前を呼ばないのは嬉しいが、その気遣いよりも俺は魔王を押し付けている事実をどうにかしてもらいたい。心の底から!


『あんな、暴走特急まっしぐらなところにいてられるか! 俺は帰るぞ!』

「はあ、仕方ありませんね。今日のところはこれまでとしましょう。――一定の効果は認められましたし」


 最後に唯桜がボソッと言ったが、俺にはよく聴こえなかった。どうせろくでもないことを言っているんだ。俺は唯桜に詳しいんだ。だからこそ、聴き直しなんてしない。絶対にしないんだからね。


 魔王変身ツールの解除を行うと、魔王スーツが分解されて、中身の俺が外気にさらされる。


「いい加減にしてくれよ、唯桜。俺は、魔王なんて器じゃないし、平凡な生活ができればそれで満足なんだよ」

「元皇族にそれが許されるとお思いですか? 魔王になって後顧の憂いを断った上ならば、平凡な生活でもなんでも送られたらよろしいのでは?」


 仮に、俺が魔王になって銀河帝国を統べることになったとしても、なし崩し的に政府の中枢に組み込まれたり、面白くない権力者からの暗殺の危機が考えられる。断固固辞だ。


「やだ」

「ところで、そろそろリベリオンの構成を考えなければいけません」

「ヒトの話聴いていた? ねえ、聴いていた? 俺はやだと言っているの。やだということはやりたくないってことなんですよ?」


 唯桜は俺の話を全く聴いてくれない。タブレット端末を操作し、俺に差し出してくる。


「なに、これ?」

「リベリオンの参加メンバーで優秀な者を集めたリストです。特に、この男性はおすすめですよ。小市民的なところがリベル様そっくりで」


 こいつ、俺のことをなんだと思っているんだ?


「……好きなようにしてくれ。俺は関わりたくない」

「わかりました。組織運営は私にお任せください」


 俺の返答を都合よく解釈する唯桜だが、反論しても躱されるだけだ。唯桜に口で勝てる気はしない。俺は聴かなかったことにして、さっさとその場を立ち去った。


 現在地が全然わからなくて、屋敷に戻ったときには既に唯桜が待ち構えていたのは別のお話である。



 * * *



 その男、ケイン・クルセドアは内心で頭を抱えていた。


 本来ならば、関わりたくない血の気の多い連中が周りにいる。


 ――どうしてだ。どうしてこうなった?


 三〇代という若いとも言い切れず、老いているとも言い切れない、微妙な年齢。顔は整ってはいるが、地味な顔立ち。能力も平均かそれを若干下回っている。それがケインの自己評価だった。


 リベリオンに入ったのも、長年勤めた企業から解雇され、数年ぶりにやけ酒を飲んだ時の――その場の勢いである。二日酔いでうめいている中、通信で入隊通知が来た時に自分のしでかしたことに背筋が凍ったものだ。だが、反政府組織の連絡を無視していると、闇に葬られるかもしれない。そんな恐怖から、リベリオンのアジトの扉を叩く羽目となった。


 そして、今だ。


 会議室には、美男美女から見るからに荒くれ者といった風貌の者たちが椅子に座っている。容姿の違いはあっても、中身は殆ど同じである。全員が全員、血の気が多すぎる乱暴者なのだ。


 右を見れば、銀髪をボブカットにした男装の麗人。セシリア・サノールといったか。エース候補とされている彼女は若いというのに、鋭い目つきは修羅場をくぐり抜けていたであろう凄みがあるものの……今、その眼差しはゆるみにゆるんでいた。今どき珍しい紙のブロマイドを見つめて、頬に手を当てているのだ。そこに映っているのは、仮面の男だ。魔王のブロマイド。仮面の男の写真に一体どういう需要があるのかケインには計り知れないが、そこに言及すると殺気が飛んでくるだろう。先程、女性とみて馴れ馴れしく接してきた男を一瞬で叩きのめしていた女傑だ。


 左を見れば、ランド・クルーザーと名乗る学生らしき少年。へらへらとしたお調子者の印象があるが、魔王からの信頼が厚い忠臣とも言われている。魔王の代理人であるメイドと共に、リベリオン設立の立役者らしい。


 何故、将来のエースと魔王の忠臣が左右にいるかというと、ケインは上座。いわゆるお誕生日席に座らされていたからだ。


 そう、魔王の代理人であるメイド直々に、幹部候補として指名されたのだ。あの時の勢いは怖かった。眼力で射竦められたケインは頷くしかできなかった。断れば生命はない――そういう重圧が確かに籠められた視線だった。


 ――私は大した人間じゃないの! ほら、スキンヘッドとかモヒカンの恐ろしい連中がこっちを睨んできているゥゥゥウウウウ!


 ケインにとって幸いだったのか、不幸だったのか、彼は感情があまり表情に顕れないタイプだった。少し表情筋が死んでいるのかもしれない。いや、死につつあるのは感情や感受性の方かもしれない。


「あいつ、肝が据わってやがるぞ」

「堂々としてやがる。見ろよ、あの感情が見えない視線……」

「武芸を極めた奴ってのは、視線にがないらしい」


 本人の心の内はともかく、何故か持ち上げられているケインだった……。

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