第83話 皇帝のジツリキ

 ピースメーカー皇家の姫、ルビア。魔弾の妖女とあだ名される、キャバリーライダーであり、連邦にとっては帝国の吸血鬼――イヴァルと双璧をなす、恐怖の対象である。――なんてことは後から知った話だ。


 いや、実際のところ『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』に出演でていたんだろうが、俺の記憶には一切ない。もしかすると、設定だけの存在の可能性すらある。


 好戦的な笑みは父親そっくりで、爛々と輝く瞳は……おっかない。美人なのに怖い。美人だからなお怖い。アマゾネスじゃねーか、こいつ!


「ルビア、まずは試してみるという君の果敢な行動力は嫌いではないけど、君は皇帝陛下には勝てないと思うよ」


 ヴァルドルフが冷静に諭す。しかし、ルビアは義兄(多分)のおそらく善意からの言葉をはねのける。


「兄上。たとえ百に一つの可能性があるのならば挑むのは当然の話ではないですか? 時間を置いては他の兄弟に先を越されます。ならば、私は今日この時から動きます」


 確かに挑むのは一度だけとは限られていない。何度も挑む度に実力をつけていって、ゆくゆくは皇帝の地位を脅かすに足る力を手にする。ある意味では最短かつ効率的なルートではあるまいか。ただし、それも皇帝の心次第ではあるが……。


「我がキャバリーを! 父上、お覚悟を……」

「よかろう、ルビア。やってみるがいい。このキャバリー・ピースメーカーと我に対して!」


 * * *


 謁見の間の天蓋は、巨大な空間投影モニタによって、その存在感を消していた。城の上空にキャバリーが二機――その姿がはっきりと見える。


 ルビアの髪の色と同じ赤と差し色に紫が入った機体は、推進機が目立っている。右手に携えた大型ランスも相俟って、突撃型の機体とみえる。ランスの形状はねじれており、おそらく廻転によって穿孔力を増す機巧が仕掛けられているのだろう。良くも悪くもルビアらしい機体だ。小回りが利かなければ、突撃を避けられた瞬間にやられる……。


 対する、皇帝専用キャバリー――ピースメーカー。金色に輝かしい機体、真紅のツインアイとマント。武器は速射性メイサードライフル。かなり標準的な装備ではあるが、皇帝専用機ともなれば質はその限りではない。儀礼用と見せかけて、我が子の決闘に応じるところが絶対の自信に支えられている証拠だ。


『ヴァルドルフ。決闘開始の合図をせよ』


 皇帝の音声通信が謁見の間に響く。バーバリアン皇帝とアマゾネス姫の決闘。正直、俺には皇帝なんて重荷は無用の長物なのだが、他の皇族には違うらしい。もし、この場にイヴァルがいたとしたら、上空に浮かんでいるキャバリーの一機はノスフェラトゥだったかもしれない。


「では……始め!」


 ヴァルドルフが右手を上げ、そして下ろす。


 瞬間、ルビアの機体とピースメーカーがお互いを遊弋し合う形で動いた。旋回半径が短い……。二人ともハチャメチャな実力の持ち主ではあるが、あの怖ろしいエイジ程ではない。あいつ、色々とおかしいんだよな。主人公サマは違うというかなんというか。


「どう見る、イヴァル?」


 いつの間にかヴァルドルフが隣にいた。俺に質問するな……。


「どう、とは? 強い方が勝つのではありませんか?」


 俺はイヴァル、俺はイヴァル……。


 イヴァルらしい物言いを心がける。背中を伝う気持ち悪い汗の感触……。


「では、どちらがそうだと感じる?」


 このイケメン、なんか知らんが絡んでくるなぁ。俺はお前と仲良くなりたくないの! っていうか、この場の全員と仲良くなりたくないの!


「さあ? ただ、数合を重ねるのならば、戦いは長引くでしょう」


 それっぽいことを言っておくが、実際のところは〝長引けば長引くんじゃね?〟といったいい加減な答えだ。キャバリー戦の苦手な俺に振る方が悪い。そんなことわかるわきゃないだろ。俺はギャンブラーじゃないんだよ。どっちが勝つとか微塵の興味もない。早く帰って今日という日を過去へと押し流したいだけだ。


「ほう? 面白いことを言う。そうなるか……見ものだな」



 * * *


「はああああああああ!」


 キャバリー・ヴェスピナエ 。大型推進フィンを備えた突撃制圧用キャバリーは、イヴァル――リベルの見立て通りの設計思想で建造されている。瞬時の加速と廻転機巧による穿孔、自らを一個の魔弾として、同じキャバリーはおろか城壁や要塞でさえも穿つ……最強の矛。ただし、その分だけ操作性はがなく、過敏ピーキーにならざるを得ない。


 じゃじゃ馬どころか兇暴な暴れ馬といったヴェスピナエをルビアはうまく禦していた。突進性に優れているということは、逆に旋回性を犠牲にしているという意味にほかならぬのに、先読みと先行操作によってそれを補っている。加速による慣性に負けずに、繊細な操作を行えるルビアは男女問わずに凄腕と評していい。実際に、ピースメーカーの速度を上回り、次第に死角より突進を始めている。


 魔弾の妖女の名に相応しく、執拗に獲物を捉えるべく宙空を往復するヴェスピナエだが、皇帝の――ピースメーカーの装甲は貫けない。すんでのところでヴェスピナエの猛攻を躱す様は、真紅のマントも相俟って闘牛士に似た。そして、闘牛士には牛を刺す刃を持っている。ピースメーカーのそれこそ――。


 メイサードライフルの光線が空を横切る。光速の刺突を紙一重で避けながら、ヴェスピナエは毒針のランスを皇帝へと向ける。勢いにマントが引き千切れるも、本体は驚異の埒外へと逃れていた。ルビアも突撃戦法を得意としているだけあって、その弱点も把握している。メイサーの破壊光線の狙い、タイミング、共に際の際を狙ってきてはいるが、そうと弁えていれば躱しきれぬ程ではない。


 千日手――。無駄に長引く戦いを好まぬルビアは、皇帝を挑発する。


「父上。こんな消極的な戦いが皇帝の戦いですか? 王道を、覇道を突き進む者こそが銀河を統べる皇帝ではありませんか?」


 ってくるか、それとも……。


 ピースメーカーに何らかのシステムが組み込まれているであろうことは予想している。だが、少なくともルビアの進む道とは、常に一直線――点と点を結ぶ最短距離だ。最大効率で最速を目指す。賢しげに衒うなど、彼女の流儀ではない。はたして、皇帝は伸るか反るか。


「フフフ、よく言った。いいだろう。ピースメーカー!」


 思惑はともかく、皇帝は彼女の誘い通りに……。


 瞬間、ルビアが視たものは真っ赤な閃光。衝撃は寸毫後に訪れ、緊急脱出装置が作動し、コクピット・インファントリが空中へと射出された。予期せぬ加速の慣性に翻弄されながらも、彼女は先程の刹那を思い返す。


 理解できなかった。眼を射る赤色、次いで加速状態だったヴェスピナエが粉砕された……。硬度と粘りを高い次元で実現したランス、そしてキャバリー自体の質量を加算したヴェスピナエを真正面から――純粋に衝突して撥ねるなど、到底考えられない。


「ぐっ……父上にとっては私の挑戦など児戯だったとでも!」


 歯噛みするルビアだが、その瞳に燃える炎はいまだ消えていない。


「だが、これだけでは済まさない! 銀河を手にするのは……私だ!」


 敗北は喫したものの、魔弾の妖女は狙った標的まとへと喰らいついて撃ち抜く。今までもそうしてきた。今度もそうするまで。皇女は、遠のく黄金のキャバリーを睨んで、雪辱をいつか果たすと自身に誓った。


 * * *



「――いいや、ルビア。お前は皇帝には似つかわしくない。皇帝の座を手に入れるのは……」


 この場に集った皇族の殆どは異口同音的に一つの思いを胸にいだいていた。


〝勝つのは……わたしだ〟


 当然、イヴァルに化けたリベルは除く。

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