第84話 ブルバード・システム

 一瞬だった。ヴェスピナエ――とか言ったっけ?――に翻弄されていると思わせながら、ピースメーカーはそれを上回る速度を発揮してヴェスピナエを撥ね飛ばした。


「どうやら、既に皇帝はピースメーカーを対キャバリー戦に合わせていたようだね。しかも、おそらくルビアが挑戦してくることを予想していた……。やはり、罠だったらしい」


 俺の隣にいたヴァルドルフがつぶやく。


「君のいう通りになったな。この場で決闘を申し込まれることを予測して、既に機体設定を組み立てていた皇帝――情報も強さの一端であるならば、たしかに強い方が勝ったな」


 そ、そうなのか? 俺にはわからない。


「しかし、あのピースメーカーが一瞬だけ光ったのは……一体何だったのでしょう」


 俺が気になっていたのは、あの金メッキテカテカの趣味の悪いピースメーカーが赤い光に包まれたと思えば、そのままヴェスピナエを撥ねていた事実だ。ほぼ同じ質量のキャバリーを一方的に打擲できる圧力、そして加速に優れたヴェスピナエを超える加速力……。少なくとも、俺の知る――ちゃんと知っているわけじゃないが、『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』であんなシステムは無かったはずだ。……無かったよな?


「ッ……見えたのか?」


 少々動揺するヴァルドルフがこちらを見る。リベル、イヴァルも背が低い方ではないものの、こいつは更に背が高い。嫌がらせのような男だ。


「赤い光のことですかね?」


 一瞬光って、尾を引きながらヴェスピナエに体当りしたピースメーカー。瞬きしていたら見逃していただろうが、ちゃんと見据えていたならわかるはずだ。機体そのものを魔弾とするのがヴェスピナエなら、ピースメーカーは砲弾だ。異常な加速は空間転移じみていたが、尾を引く光が辛うじてそれが純粋な物理法則に準じている事実を教えてくれていた。


「そうだ。あの瞬間を把握できたとは――君はなかなかに凄まじいな」


 ? お前も見えているじゃないか。何を言っているんだ。他の皇族も、あの正体不明の機巧が気になって、あんぐりと空を見つめているではないか。


「もしかすると、最後には君と皇帝の座を奪い合うことになるかもしれないな」

「ほう……兄上殿が相手ならば、余も楽しめそうですな」


 あくまでイヴァルとしての返答をしながら、俺はバーバリアン共の巣から早く抜け出したいと心から思っていた。


 やめて! どうして、みんな俺を放っておいてくれないの! 皇帝の座なんて、リベルは求めてないの! 早く帰らせて!


 こんな怖ろしい場所に俺を放り込んだイヴァルに、俺は怨嗟の声を上げていた。当然、心の中で。



 * * *



 ――尋常ではないな。


 実のところ、ヴァルドルフは皇帝の機体であるピースメーカーの仕様をある程度把握していた。そもそも、ピースメーカーの使用した機巧――ブルバード・システムの詳細を知っているのは、ヴァルドルフだけだ。彼の研究機関が開発したシステムを直々に皇帝へと献上したのは、他ならぬヴァルドルフである。


 その正体と、子飼いの調査機関によって、ピースメーカーの仕様はほぼ明らかになっている。しかし、それでもヴァルドルフが動かなかったのは、彼にとって今はまだ機ではないと判断してのことだ。


 決闘が単純明快で直接的であるのは否定できないが、なにも決闘だけが皇帝の求めているものではない。あくまで武力は一要素に過ぎない。為政者としての政治力や機を捉える対応力も、おそらく皇帝は測っている。ここで、仮にルビアが勝利したとしても、それだけでは皇帝は次代を譲らなかっただろう。


 だが、銀髪の弟……。侮れない。


 あくまでも瞬間的な運用で距離も離れていたのにも関わらず、ブルバードの発動を完全に捉えていた。あまりにも群を抜いた動体視力だ。弁えていたヴァルドルフはともかく、他の皇族では何が起こっていたのか、正確には判断できていないとみていい。それだけ限定的な運用だったのだ。


 しかし、イヴァルは違う。ブルバードの発動を認めている。もしかすると、その性質を本能的に嗅ぎ分けているかもしれない。


 周囲に高濃度かつ多層型のバリアフィールドを発生、バリアの外側には発火性のガスを噴出。燃焼させたガスによる推力と高熱に加えて、重力制御で重量をも増したピースメーカーはただの突進だけで破城槌にも勝る一打を実現した。これがヴェスピナエを一撃にて撥ね飛ばした理屈だ。同じだけの質量を持ちながら、一方がなんの損傷もなく他方を叩きのめしたのは、それだけの理由がある。


 そして、イヴァルはそれを訝しんでいるはずだ。いくら然程頭脳に優れていなくとも、その操縦センスは計り知れない。違和感を憶えていて当然であり、完全に理解できなくとも「そういうものだ」と処理して、対策を練ってくるとみえる。


 ブルバードを知っている事実は、即ちヴァルドルフの優位性の一端を担っているのだが、逆を言えば秘すべき事実だ。この対策を知っているか否かによって、皇帝との決闘という手段においてかなりのアドバンテージを確保できるのだから。


 自身よりも少々背の低い、無表情の弟を見つめる。どこまで勘づいているのかはわからぬが、少なくともキャバリー戦での活躍を見る限り、ブルバードは既知のものとなったと判断していい。


 ――やはり、味方につけるのが得策か。イヴァル……。


 はっきり言って、それほど厄介な存在になるとは思っていなかった。自分だけが制御可能な不確定要素として放置していた。しかし、これほどまでに優れた天性の感性を有しているとなると、計画を修正する必要がある。


 ――いや、リベル。

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