EPISODE 08

第82話 ピースメーカー

『戻るぞ……と、名はなんと言ったかな?』


 どどど、どうしよう。まさかご丁寧に本名を名乗れるはずもない。けど、うまい偽名なんか思いつけるわけもない。


「イベグチ・サトルでシュッ!」


 あいた! 舌噛んだ!


 咄嗟に、俺は前世の名前を口走っていた。はるか遠い前世の名前は、どうやら記憶が曖昧になって肉体すら変わったとしても俺に染み付いているらしい。


『イベグチか……。よろしい。余――イヴァル・アルフォンヌ・ピースウォーカーの覇道と地獄に付き合ってもらうぞ』


 やだ。


 * * *


 むしろ、今が地獄でなくて何が地獄なのだろう。


「落ちぶれた皇族が、皇族の影武者をやる羽目になるなんて、ルールで禁止っスよね……」


 俺は人生の悲哀を噛み締めていた。


 あのイヴァルの野郎から影武者に任命されて数日後。俺は、イヴァルが面倒がったイベントに参加させられていた。銀河を版図とする科学力が生み出した、スペシャルな染髪剤は自然な発色と艶を出しながらも、特性シャンプーで簡単に剥がれるとかなんとか。


 髪を染められて、一気に帝国本星の城へと連れて来られた俺は、あれよあれよと玉座の間へと放り込まれた。


 というわけで、今の俺はちらちら視界に入る銀髪に違和感を憶えながら、皇族のお歴々の顔を眺めていた。


 事前にイヴァルから聞いていたのは、皇帝からの急な呼び出しだった。


 皇帝不在の玉座の間には、何処か見覚えのある異母兄弟たちが立ち並んでいる。イヴァルほどではないが、俺と似通っている気もする。考えれば、俺と血の半分は同じなのだ。全く似ていないはずもないか。


「ッ!」


 ぞっとする視線が一瞬向けられた気がした。殺気ではない。しかし、値踏みされているような、冷徹に生死を分け隔たれる裁定者の視線。すぐに見え去ったそれは、余りにも短時間すぎて誰のものかはわからない。


 不気味な気配が過ぎ去った時、床面を叩く靴音が響く。高く硬い音色は威圧感に満ち、我此処にありと周囲に喧伝しているとしか思えない。実際にそうなのだろう。この足音の主こそは、この場にいる皇族に血を分け、銀河の半分を支配している帝国の最高権力者――。


 長い髪は白く、顔には皺が刻まれている。銀河帝国のアンチエイジング技術は恐ろしく進んでいるというのに、あえて加齢を受け入れているのは、その外観からもたらされる威圧的効果を期待してのことか。切れ長の眼は自らの継嗣をも睥睨し、同じヒトだというのに立つステージの違いをまざまざと思い知らせる。長身は痩せていながらも、貧弱な印象は受けない。むしろ、研ぎ澄まされた刃の印象。


 第九八代――ピースメーカー皇帝。


 刻むように歩を進め、玉座に坐す。そして、それを契機に彼の背後を照明が照らす。


「あれは……」


 驚きのあまり、息が漏れた。照明の光を跳ね返す、磨き抜かれたキャバリーが腕組みをして立っていたのだ。


 俺でも憶えている。玉座が銀河皇帝の権力の象徴ならば、あれこそは銀河皇帝の武力の象徴。銀河帝国の最高峰の技術を注ぎ込まれた、至高のキャバリー。後に魔王が奪取した、その機体の名はキャバリー――。


「……ピースメーカー」


 そう、『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』後半で改造され、魔王の乗機となったピースメーカー・バントラインスペシャルの原型だ。ただ、まだ先の話のはずだ。


「息災だったか、我が子らよ」


 頭上から降り注ぐ皇帝の声。ヒトラーの尻尾めいた声だ。威厳があり、何処か非人間的でもある。


「はは、皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」


 あれは、確かヴァルドルフ。エイジと魔王リベルとの戦いに介入してくる皇族だ。しかし、凄まじく顔がいいなチクショーめ。キャバリーの操縦もアニメ内で五指に入り、政治でもいつの間にか政敵の背後を取っているという、ド級チート野郎だ。少なくとも、俺は敵に回したくはないタイプだ。


 なにやら、皇帝とヴァルドルフが話しているが、お陰で助かった。下手に口を開くとバレる可能性があるからな。


「ところで、イヴァルよ。よく戦場で遊び回っていると聞くが?」

「フェッ!?」


 助かってなかった。玉座の間にいる全員が俺へと視線を向ける。や、ややや、やばいですぞ、これは~!


「どうした? 余が尋ねているのだぞ?」


 ギョエエエエエ!! イヴァルも凄まじいが、皇帝ともなるとまた強烈な俺様オーラと重圧感だ。イヴァル、イヴァル……そう、俺は――いや、余はイヴァル……。


「はい。連邦のけものを狩る遊戯を少々。皇帝も如何ですか? ピースメーカーもたまには暴れたいのではないですか?」


 余はイヴァル……余はイヴァル……。


「ほう。たしかに、そんな遊戯に興じなくなって久しいな。どうだ、お前もそう思わんか、ピースメーカー」


 頭上にそびえる愛機を見上げる皇帝。やはり、こいつもバトルマニアだったか。こいつら揃いも揃って、頭の中バーバリアンか。こんなんでよく銀河帝国滅んでないな。連邦も大したことないんじゃないの?


 しかし、バレていないらしい。変なクソ度胸がついてきたのか、俺の演技力もそれなりになってきたらしい。まあ、イヴァルは偉そうに威張っているだけでいい感じはあるけど。


「さて、今日そなたらを呼び寄せたのは他でもない。そろそろ余の後継者を決めようと考えていてな」

「?」


 こういうのって継承権の順位とか、そんなのがあったんじゃないのか? よく知らんけど。


「余の後継者は銀河帝国を任せられる者とする。そこで、だ。今日この日より、我が地位を脅かせるに足ると判断した者を後継者とする。継承権などくだらん。優秀なる者こそが皇帝に相応しい」


 ポカーンとなったのは、残念ながら俺だけらしい。怪しい笑みを浮かべるお兄様お姉様弟妹……。


 こいつらもバーバリアンだ、コレ。


「質問をよろしいでしょうか?」


 挙手したのはバーバリアンらしくないヴァルドルフだ。


「手段は問わないということでしょうか? 今日この日より――つまり、この場で決闘を申し込んでも?」

「構わん。挑むか、ヴァルドルフ。この場で?」

「…………」


 沈黙は数秒。だが、急に弛緩してヴァルドルフは肩をすくめた。


「やめておきましょう。私の流儀ではありません」

「では、私がやらせてもらおう」


 続けて挙手したのは、長い赤髪のお姉さんだ。軍服とマントが妙に似合っている。


「皇帝陛下……否、父上。この場であなたに決闘を申し込みます」


 手袋を投げる軍服の皇女に、皇帝は獰猛な笑みを浮かべた。


「よろしい。即座に挑んでくるお前の気性は好ましいぞ、ルビア」


 へぇ~。あの姉ちゃん、ルビアって名前なんだ。

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