第81話 影武者リベル

 よし、あのおっかないヴァーゲンブルグは帰っていったぞ。よかったよかった。


『あえて、新しいキャバリーを囮に使ったのか……。一歩間違えば、今度こそ仕留められていてもおかしくない。一瞬であんな大胆な一手。こんな芸当は魔王くらいしか……。いや、帝国軍に魔王が紛れ込んでも意味はないはず。考えすぎか』


 なんか、エイジがブツブツ言っている。


『我が臣下よ! 見事だったぞ! 余は貴様が気に入った! 貴様にはいいポストを用意してやろう!』


 い、い、い、いらね~~!

 絶対にいらない。イヴァルのお付き的なポジションなんて、死亡フラグが乱立しすぎてもはや林か森になってしまう。


「へへっ。自分には過ぎた地位でして、お偉い方からのせっかくのお申し出ですが辞退させていただきやす」

『ほう、余の勧誘を断るか。慎ましく己の器を弁えるのは美徳だが、行き過ぎると却って無礼であるぞ』


 なんか知らんが、逆鱗に触れたかもしれない。イヴァルの声が低い。ヤヴァい。

 その時、秘匿回線で唯桜いおから連絡が入った。文字通信だ。


〝謹啓 リベル様。

 リベル様にはいよいよご健勝にてご活躍のこととお喜び申し上げます。

 平素は格別のご高配をいただき心から感謝申し上げます。

 さて、今回は今後の魔王活動についてお願いがありましてご連絡いたしました。――〟


 なんで、ビジネス文書風なんだよ! いちいち読んでられるか!


〝昨今、情報料の高騰をはじめとして諸経費が急騰しております。

 魔王活動につきましても、組織運営費その他の価格が上がってきております。

 魔王軍リベリオンといたしましても、これまで諸経費削減やトップが前線に立つなど企業努力を重ねてまいりました。――〟


 いや、無理矢理前線に送られてきただけだが?


〝しかし、これにも限界があり、これ以上の経費高騰には対抗しきれない状況に至りました。

 つきましては、イヴァル殿下のご提案をご承諾いただきたく存じます。

 誠に勝手な改定ではございますが、諸事情をご勘案の上、何卒ご了承下さいますようお願い申し上げます。

 書面にて失礼ながら、まずはご報告ならびにお願いまで。

 あなたの愛しい唯桜より〟


 おいおい、よくよく読んだらビジネス風とみせかけて、サイヤ人王子構文じゃないか! くそったれ~!


 っていうか、あの超危険人物とお近づきになれと? アホですか、あのメイドわ!

 大体、俺はイヴァルに顔を視られている上、エイジには怪しまれているのだ。そんな綱渡りができるか、くそったれ~!


『余の言葉を無視するか。不遜だな……』


 ! イヴァルがお怒りだぞ。どうしよう。行くも地獄、退くも地獄か。うおおお! 砲口を人に向けるんじゃありません! お母さん、あなたをそのように育てたつもりはありませんよ!


「いえいえ、そんなことは決して。へっへっへっ。では、お言葉に甘えて微力を尽くしやす」


 へりくだりすぎて、時代劇の三下になった気分だ。しかし、他人に興味なさそうなイヴァルも、流石に自分と似た顔をしている奴を目の当たりにしたら……。


『いいだろう。キャノピーを開け、その顔を見せよ』


 いかん! 俺が皇族とバレてしまう! それだけは駄目だ! けど、断ったりしたら、あの戦闘狂は俺を撃墜してしまうかもしれない。アイツはヤバい奴だ。それだけのことをしかねない。


 仕方なく、俺はキャノピーを開けた。キャバリーライダーのライダースーツは、きちんとヘルメットさえかぶっていれば、宇宙空間でも半日は耐えられるという。ヘルメットの下の俺の顔を、イヴァルのノスフェラトゥが睨む。


 ――生きた心地がしない……。


『ほう、貴様。余と顔立ちが似ているな?』


 ゲゲッ。そりゃ鏡でいつも見ている顔だからな。気づかない方がおかしい。っていうか、何度か直接会っているだろうが。どこまで他人に興味ないんだ。ある意味助かったけど。


「そそそそそ、そうですかい? 個人的には平凡な顔だと思っておりやすが……」


 とはいえ、俺の臆病ならいおんハートはバクバク早鐘を打って、口はどもりまくっている。本物の魔王リベルってめちゃくちゃ度胸あったんだな。


『いや、気品は少々足りていないようだが、余と似ている……。それにキャバリーの腕も抜群だ。――面白い』


 俺はちっとも面白くない。もう一度言おう。俺はちっとも面白くない。


『よし、決めたぞ。貴様、余の影武者となれ』


 影武者ァ? それって、主君の代わりに殺される役目なんじゃないの? なんで、俺がそんな役をせねばならんのだ。頭膿んでいるのか、コヤツ。


『まあ見ろ、この銀河を。余は必ず、この銀河を手中に収める。収めてみせる。そして、貴様のような腕の立つ影武者がいれば……余と並び立てる右腕。ある意味、余が二人いる。それこそ、余の夢だった』


 こんな危険人物が二人といてたまるか、と俺はブリブリ思ったのだが、俺も口に出すほど馬鹿ではない。ツッコミが口からまろび出そうになったのは事実だが……。


「へ、へえ……」

『イヴァル殿下、どうなされました?』


 エイジが近づいてくる! アイツに顔を見られる=リベルがなぜここに=まさか伯爵軍に紛れ込んでいた=なぜ=(以下略)まさか魔王!


 ちょっとでも魔王と疑われたら終わりだ。ジ・エンドだ。


『よい。貴様は周囲を警戒していろ』


 だが、イヴァルはエイジに離れろと命じた。助かったけど、どうして……?


『よく聞け。貴様は我が影武者にして、懐刀になるのだ。いつか矛を交えるかもしれぬ兄上の配下に、貴様の顔を見せるわけにはいかん』


 あ、な~るほど~。助かった……のか? いや、タチの悪い奴にinside scopeである。

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