第76話 皇族によって伯爵の胃はボロボロ!唯桜によって俺の胃もボロボロ!
『いいですか、リベル様?』
「全然良くないです」
『(無視)私が何処からともなく調達した、帝国製キャバリー〝セントロ〟を使って、まずは帝国軍と行動を共にしてください』
あ、
唯桜への不満をブリブリ思っている俺は、押し込まれたキャバリーのコクピットに座っていた。いや、座らされていた。くそ、唯桜の奴め。力強すぎるんだよ。流石、
セントロは宇宙艇の格納庫に
「なんで?」
『今回の連邦の動きを確認したいからです。こちらに引き込めそうなら引き込みますし、無理そうなら魔王より断罪を与えたらいいだけの話です』
「こわっ! このメイドの発想、こわっ! もはや、唯桜の方が魔王そのものじゃないか」
『失敬な。私は魔王になれる器ではありません』
いや、なれる。少なくとも、俺がやるよりは確実になれる。むしろ、こいつはなんで主人を魔王に仕立て上げたいのか、俺には全くさっぱり1ミリもわからない。
『いいじゃないですか。連邦が使えなかったら、帝国に味方して、魔王はあくまで帝国そ構造と戦っているだけで、民衆の味方アピールができます。自軍に率いられそうなら、戦力増強ですよ。どっちに転んでもおいしいじゃないですか』
「あの、それって俺の生死は全く考慮されていない作戦ですよね~?」
そもそも問題として、そんなコーモリ的立ち回りで誤魔化されるのだろうか。少々、いやかなり不安である。
『大丈夫です。なんとかなります』
「ひぇ! なんの根拠もない‼ そんな杜撰さで主人を無理矢理戦場へと放り込むメイドがいるよ~! ママン、た~す~け~て~」
『ご子息のこんな有様を母君はどう思われるでしょうか。きっと草葉の陰でないていらっしゃいます』
じゃあ、俺を魔王にしようとするな。俺は幸せハッピーに平穏無事な生活を過ごしたいだけなんだ。
『では、リベル様。作戦概要は以上です。それでは』
「はあ? おいちょっと待った! ハッチ開いてるよ!」
ハッチが開くと宇宙空間だった。夜の底が全てを満たした。
そして、固定具を外されたセントロが、格納庫内の大気と一緒に宇宙空間へと放逐される。
「うわああああああ! 唯桜おおおおおおお! 覚えてやがれ~~~~‼」
俺の怨嗟の声は大気のない宇宙空間にかき消されてしまった。セントロが今の俺の気持ちを表現して、手足をバタバタさせる。いかん、落ち着け。
なんとか機体を立て直した頃には、俺をここまで連れてきた宇宙艇の姿が消えていた。夜水景のステルス機能だろう。唯桜め、退路を断ちやがった!
とりあえず、自然に帝国軍に溶け込むしかない。
そうこうしている内に戦闘が開始されたらしく、帝国と連邦の間でレーザー光と爆破の花が咲いては散っていく。あんな最前線なんて殺してくれと言っているようなものだ。
俺はこっそり帝国軍の後方から入り込んで、様子を窺うことにした。大体、こんな大規模な戦闘でキャバリー一機増えたところでなにも変わらないのだ。ホラ、戦争は数だと昔の偉い人も言っていたし。
* * *
ラルフグレインが指揮する旗艦では、今回の戦いの趨勢を握る将の戦いが繰り広げられていた。
「なんだ? この陣形は?」
常道にない陣形を取る連邦軍に、ラルフグレインが率いる伯爵軍は押され始めていた。的確に先読みされているように陣を動かされ、出鼻を挫かれ続けている。
ラルフグレイン伯爵も、キャバリー戦闘はともかく軍を率いる戦いはそれなりの経験を積んでいる。だというのに、狙いのことごとくが潰される。これほどの戦術眼の持ち主など、思い当たるのは一人だけだ。
――まさか、魔王?
正体も目的も謎に包まれた仮面の男。連邦に身を寄せているのならば、この采配が彼によるものでもおかしい話ではない。銀河帝国の土台を揺るがそうとしているテロリストの背後で、連邦が糸を引いているなどあり得すぎていて都市伝説にもならない。
――どちらにせよ、私では勝てない……か。
数でこそ伯爵軍が上回っているが、戦術面では大きく劣っている。受け入れがたい事実を、ラルフグレインは苦い味と共に飲み込んだ。
こうなれば、被害を最小限に留めることが肝要だ。
「まだ余力のある後方部隊を使って、後退だ!」
補給部隊とは別に用意した後方部隊は、ラルフグレインにとって扱いづらいヴァルドルフの試験機やイヴァルがいる。戦場の空気にだけ触れさせておけば納得するだろうと。護衛代わりに準備した部隊だが、事ここに至っては前に出すしかあるまい。
『ようやく、出番か。待ちわびたぞ!』
帝国の吸血鬼の歓喜の声が聞こえた。だが、彼が討たれたとなれば、ラルフグレインはおろか領民にまで累が及ぶことになりかねない。
「ヴァルドルフ殿下の試験機につなげ」
速やかに、試験機――シルヴァリオンへと通信がつながり、浮遊ウィンドウにエイジ・ムラマサの顔が映る。
「ヴァルドルフ殿下の試験機、搭乗者……エイジ・ムラマサか?」
『はっ。自分がエイジ・ムラマサであります』
くせの強い茶髪の平民は、まだあどけなさも残る少年だった。
――まさか、これほど若いとは……。
年の頃はイヴァルとほぼ同じだが、幼い頃より戦いに慣れ親しんだという皇子に比べるのは酷というものだろう。しかし、どちらにしてもラルフグレインはこの平民に託すしか選択肢を持たない。
「エイジ・ムラマサ、イヴァル殿下を頼む。あの方は皇族……。御君を失ったら、私はともかくこの領地領民は終わりだ……」
『……心得ております。もしもの時は、自分がイヴァル殿下の盾になります!』
「すまん……!」
懺悔に近しい感情。ある意味では、伯爵は少年に死ねと命じたようなものだ。
しかし、ラルフグレイン伯爵は、領地の全てを平民に委ねるほかなかった。忸怩たる思いは、尊い者が持つべき責任をはたせない自分自身への怒りだった。
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