第75話 脚なんて飾りです!その名はシルヴァリオン!

「全く、最近連邦の介入が多すぎるわね」


 ユーコのつぶやき。もっともだとエイジも思う。


 おそらく連邦は、魔王の暗躍で銀河帝国の土台がゆるやかに揺らいでいることを察している。となると、魔王は連邦の手の者なのか? そうは考えにくい。そうであるなら、あの時にエレアを助けた理由がない。


 ――いや、考えても仕方がない。今は連邦との戦いに集中すべきだ。


 だが、それでも漠然とした不安に似た感情は晴れなかった。


 試験兵器であるリミテッド・マヌーバー月影狼つきかげろうのテストパイロットであるエイジ・ムラマサは、連邦艦隊が侵攻している宙域に向かう宇宙艇にいた。本来テストパイロットであるエイジが駆り出されることはないはずなのだが、今回は勝手が違った。


 なんと皇族である、イヴァル皇子の要請である。エイジはヴァルドルフ皇子の直轄であるから、本来は従う必要はないのだが、強い要請にヴァルドルフが折れる形でエイジの参戦が決定された。


「エイジくんがいくら優秀だからといっても、通常のキャバリーじゃあまり戦力的にプラスになるとは思えないけど――」


 キャバリー数も一〇〇を超える戦力を急遽揃えたラルフグレインの手腕は大したものだ。それほどの数の中に埋没しては、エイジの搭乗兵器の扱いが生え抜きだったとしても、所詮は一兵卒の力。大した違いにはならない。


「いえ、銀河帝国を脅かす外敵と戦うのは、立派な軍人の仕事です、ユーコさん。僕は行きます」

「う~ん。真面目なのはいいことなんだけど、無理はしないでね」

「ええ!」


 現在、月影狼を基礎とした新世代キャバリーが開発中だ。八割がた出来上がっているとのことだが、エイジはデータで把握しているのみで、試験運転はまだ行っていないという代物だ。その名こそ『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』で魔王を圧倒したエイジの乗機――


『エイジくん、シルヴァリオンを使いたまえ』


 にわかに宇宙艇の通信から放たれた声に、エイジとユーコは驚かされた。前者は彼が予想もしていないタイミングでの通信故の驚愕であり、後者はその言葉の意味を弁えた上での驚愕だった。


「ヴァルドルフ殿下? いえ、シルヴァリオンはまだ稼働率80%でして……」


 宙に浮かぶヴァルドルフの尊顔に向けて、ユーコは新世代キャバリーが実用不可能であると告げようとしたが――


『とはいっても、脚の一部と左腕が使えないだけだろう。武装の全ては使用できるし、脚なんて飾りだろう?』


 麒麟児と謳われる皇子は、ユーコの声に首を傾げる。彼はユーコの懸念を本当に理解していないのか。考えられる危険性と性能、そして得られるデータを秤にかけて、感情の一切を不要とした論理で導いた答えに間違いはないと考えているのだろう。


『大丈夫だよ。君たちは優秀だ。左腕部には盾となる装甲を付け、脚は――ブレードを取り付ければ攻撃にも使えるのではないかな?』


 穏やかな声のヴァルドルフだが、何処か有無を差し込ませない気配の超然さはなるほど、皇族という生まれながらにして人の上に立つ者の資質足り得るだろう。


『それに、たとえ80%だとしても、新世代キャバリーの原型だ。それだけだとしても、現行機に乗せるよりは戦力になるのは間違いない』

「しかし! 一度も試運転を行っていない機体なんですよ⁉ 殿下はエイジくんを死なせる気ですか?」


 兵器としての信頼性。テストパイロットが必要とされるのは、兵器の性能そのものよりも信頼性の確保が主たる目的である。少なくともユーコはそう信じており、だからこそ実用段階で不安要素の多い兵器の使用を容認できない。


『彼は死なないよ。死ぬわけが、ない』


 だというのに、ヴァルドルフはエイジの生存を心から確信している笑みを浮かべた。この会心の笑みを見れば、多少の猜疑心も拭い去られる。悪魔は言葉巧みさと、なにより天使の笑顔で契約を持ちかける。そして、ユーコはそれに押され、反抗の言葉を見失った。


「ユーコさん、僕は行きます。ヴァルドルフ殿下、ありがとうございます。殿下のご命令に従い、銀河帝国を脅かす夷狄を誅滅いたします!」

「……エイジくん」


 ヴァルドルフの映像通信に向かい、エイジは跪く。


 一度決めてしまえば、エイジは驚くほどに頑固な性質を持つ。こうなってしまった以上、梃子でも動かないだろう。


『こちらこそ、ありがたい。既に、シルヴァリオンは君たちが合流予定の戦艦に到着している。では、エイジ・ムラマサ。シルヴァリオンを駆って、連邦を撃て!』

「ハッ!」


 皇子の尊顔が消えたことを見計らって、ユーコはため息をついた。


「もう、強引で強情なんだから」

「ユーコさん。それって……」


 年上の女性上官が宇宙艇の操縦桿を握ると、自動操縦を手動へと切り替えた。


「強引が殿下、強情があなたよ」


 ユーコがコンソールを叩くと、瞬間的に宇宙艇が加速し、エイジはシートに押し付けられた。いや、シートベルトを外していたのが災いしてシートから落ち、そのまま壁面へと転がった。


「ユ、ユーコさん?」

「ちょっとしたおしおきよ。いい? あんまり困らせないでね」

「は……はい」


 軍属とは思えない穏やかな性格をしていると認識していたが、彼女は静かに怒っているらしい。普段優しい人ほど起こらせると怖い、とエイジは身をもって思い知らされた。


「あなたは無茶をしすぎな傾向があるの。少し、周りを見渡しなさい。あなたもお友達や大切な人がいるでしょう?」

「! はい」


 しかし、彼女の感情の源泉がやはりエイジを慮る優しさだったことがわかり、エイジは頷くしかできなくなった。


「じゃあ、急いで艦隊に合流して、シルヴァリオンを突貫で調整するわ! 舌を噛まないようにね!」

「ユーコひゃん。もうかみまひた……」


 舌の痛みに耐えながら、エイジはシートに戻った。


 ――これは、口内炎になるかもなぁ。


 と、戦場に向かうには呑気な思考になっていたのは、ユーコのおかげで余計な緊張感がほぐれたからだろう。上官に心中で感謝しながら、エイジは戦場へと向かっていた。

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