第74話 やはり、俺はそこまで頭が良くない
「リベル様。連邦が動きました」
「なにを、当然のことのように報告しているんですか、このメイドわ! 俺は絶対に関わりませんからね!」
ちょうど休日の朝。今日は惰眠を貪ろうと決意していた俺のベッドに詰め寄ってきたメイドは、そんなことをのたまってきた。連邦が動いたからなんなのだ。そんなのは、この星域をあずかるラルフグレイン伯爵がなんとかしてくれるはずなのだ。だから、俺はなにもする必要などありはしない。
「何を情けない! ほら、諸人が魔王を求めていますよ!」
「や~~~だ~~~~! 何が魔王だよォォ! 俺は平穏で平和な生活さえ送れたらそれでいいんだよほほぉぉぉぉぉ‼ あ、頭痛してきた! これはいかん! あったかくして寝なくちゃ」
「ミエミエの仮病なんか使っても無駄です、さあ! さあ! さあさあさあ‼」
「グヒエエエエエエェェェ! 吐き気が! 本当に吐き気が! このままでは内臓が口からあふれるこぼれる流れ出してころころまろび出る‼」
俺は布団を頭にかぶって抵抗したが、
「ぐへ!」
当然、空中に放り出された俺は、車に轢かれたカエルのように床へと叩きつけられた。こいつ、主人に暴力をはたらいたぞ! アイザック・アシモフよ、ロボット三原則よ、タスケテー! ……ガク。
「あらあら。リベル様。気絶してしまうとは情けない。まあ、うるさくなくなったし、このままお連れしましょうか。ランド様」
「ハイハ~イ。んじゃ、行きますか」
「助かります」
「いえいえ、こんなことくらいいつでもお安い御用ですよ」
なんか、お調子者の声も聞こえてきたような気がしたが、俺の意識はそこで完全に途絶えてしまった。
* * *
「ハッ! ここは何処、私は誰?」
「なにをテンプレートな。おはようございます、リベル様」
この世界でも、テンプレだったのか……。目を覚ますと、無表情ながらも呆れた様子の唯桜が出迎えてくれた。しかし、本当に記憶喪失になった方が幸せかもしれない。
「あれ? ホントにここ何処?」
俺は椅子に座らされていた。なんか、旅客機に近い――映画とかで視たプライベート輝にも似ている――内装の部屋で椅子に座らされていた。隣ではランドが座っている。唯桜は直立不動で、俺のそばにいた。
「よお、リベル。おはよう」
「……おはざいます……? なに、この状況?」
俺はさっきまで自室のベッドで寝ていただけなんだ。こんなところに座らされている状況は想定していない。
「言ったじゃないですか。連邦が銀河帝国領に侵攻してきていると。今回はいつもの小競り合いなのか、それとも本当に侵攻を始めたのかを見極める必要があります」
「なんで?」
「リベル様が将来統治する銀河帝国を荒らされるわけにはきませんから!」
「いや、キリっとした顔して言っているけど、帝国を絶賛荒らしているのは魔王だから」
「……そういう意見もありますね」
なに、主人の将来を案じていますみたいなこと言っているんだ。俺を窮地に追いやっているのは、確実に唯桜! 銀河帝国を荒らそうとしているのも唯桜!
そういや、なんでこいつは俺を魔王にしたいのだろうか――?
「なあ、唯桜……。なんで、お前は俺を魔王に――」
「リベル様、御覧ください。連邦の艦隊が視えます」
俺の質問を遮った唯桜の指差す方向には、小さい窓がある。その先には、砂粒のような戦艦が複数視えた。大気が存在しないので遠近感が掴めないが、唯桜の言う通り連邦が差し向けた艦隊なのだろう。
「いやだーーー! おうち帰るぅぅぅぅぅうううううう」
視認できる距離に艦隊がいるということは、イコール向こうに捕捉されていること。俺は嫌だぞ。ビームでこんがりどころか跡形もなく蒸発させられるのは!
「大丈夫です、リベル様。この距離なら、
「え? どういうこと?」
「この機は、ある放蕩貴族から譲っていただきました宇宙艇です。この格納庫には、夜水景がステルス状態で待機しています。
譲ってもらったと言っているが、きっと強奪したか、だまくらかして奪ったか、何処からか盗んだんだ……。なんか譲っていただきましたと言った時に、指を鈎の形にしてクイッと回しているし、非合法的な手段で手に入れたことは間違いない。
なんと手癖の悪いメイドだ。怖ろしい。
「あれ? 夜水景って宇宙で使えたっけ?」
俺の記憶が正しければ、夜水景はリミテッド・マヌーバー。陸海空宙を網羅したキャバリーの一部機能特化型であるリミテッド・マヌーバーは、汎用性においてキャバリーに劣る。特に夜水景は、大気圏内の運用は優れているかもしれないが、宇宙空間での運用は想定されていないのでは――?
「ええ、使えませんよ?」
当然じゃないですか、といった感じの唯桜。いや、使えないものを持ってくるなよ。しかも、夜水景は強奪された帝国軍の兵器、更には魔王の乗機と認識されている。こんな危険物をわざわざ格納庫に入れておく意味がわからない。
「リベル様。夜水景は宇宙空間で巡航や戦闘こそできませんが、特化されたステルス機能は宇宙空間でも有効に作用します。つまり、この宇宙艇で隠密行動するにはうってつけなのです。私も無駄な戦闘を好ましいと思っているわけではありません。できることなら、賭けはしたくないのです」
「ホントに?」
正直、こういう時の唯桜は信用できない。
「ホントです。メイド、嘘つきません」
「ホントにホントだろうな? 俺を戦いに巻き込まないだろうな⁉」
「ホントにホントです。必要がなければ、嫌がるリベル様を戦わせません。それに、ここから一目散に逃げる方が逆に怪しまれるかもですよ? ほら、レーダーに一機だけ離れていく
「た、確かに……。じゃあ、できるだけ戦闘は避ける。そして、逃げられる時に逃げる! それを約束してくれ!」
「ええ、約束いたします」
笑みをこぼす唯桜。かわいい が、なんかちょっと邪なものを感じた。
そして、この時の俺は気づいていなかった。
そもそも、夜水景のステルス機能で連邦の艦隊が俺たちを認識していないのなら、一目散に逃げてもなんも問題もないことを――。やはり、俺はそこまで頭が良くない。
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