第66話 慟哭のイヴァル

 大気に炸裂する火は、蓮華の花弁のように尾を引いて消える。向けられたライフル、その銃口が火を放つ寸前に側面を叩いて、脅威の銃弾を逸らす。致命的な魔弾をライトブレイドが熔解させてあらぬ方向へと弾く。


「チッ……」


 イヴァルは舌打ちしている自分に気がついていた。


 機関銃を向けるが、魔王は直前に着弾点を明後日の方向へと導き、あえなく破滅の弾丸は空を裂くばかり。アサルトライフルの装弾数に不足はないものの、それでも千日手となれば、先にイヴァルの手が尽きる。


 ――本来ならば、仕留められたはず……!


 実をいうと、イヴァルの分析は当たらずとも遠からずだ。


 本来、接近戦で用いるには取り回しに優れる拳銃が最適解であるが、森林というフィールドから荒野に戦場が変わった段階で捨ててしまった。判断のミスを悔やむ暇などない。アサルトライフルの弾丸がまたも荒野の土を縫う。


 ディスケンスの両手にあるのが拳銃だったならば、少なくとも一発は魔王へと浴びせられたのは間違いなかった。


 銃身の短い銃は取り回しの良さによる回転数もさることながら、払いのけられる銃身という側面の面積が狭い。手にあるのが拳銃ならば、手で払いのけることなどかなわなかったろうが、残念ながら打ち捨てた拳銃がこの局面で拾えるわけがない。


 ライトブレイドの光刃を避けたイヴァルが反射的に向けたアサルトライフルを、魔王は銃身に腕を絡めてディスケンスの外側へと向ける。


 だが、今、イヴァルが均衡を保てていたのは、魔王の接近戦の腕前がエイジに劣っていたからだ。エイジと互角かそれ以上だったなら、得物の不利という一点だけで、今頃敗北を喫していただろう。


 ――余の見立て通り、近接戦は少々不得手とみえる。


 銃道を修めたイヴァルをもってして仕留めきれず、更に間合いを離せずとなると、それだけでも相当な腕ではあるのだが銃砲での戦いと比較すると、魔王は最低限の接近戦の心得しか持っていないらしい。でなければ――認めたくはないが――アサルトライフルという得物でイヴァルがいつまでも接近戦を演じているわけがなかった。


 ――仕掛けるか。


 このままでは早晩行き詰まる。弾切れを起こせば、即ちイヴァルの敗北が決定する。銃道には、相手の銃器を奪い取って逆襲する技も存在しているが、魔王に通じるとは流石のイヴァルも考えてはいなかった。


 当然、惨敗など認められるわけがない。自身が銀河帝国の頂点に座る未来を信じて疑わぬ、帝国の吸血鬼はその卓越した嗅覚で勝負どころを嗅ぎ取った。


 従来ならば、銃口を向けた瞬間に引くべき銃爪のタイミングをずらす。ちょうどマズルフラッシュの閃光が魔王の目を射るような――。


 銃道、夕暮れ。


 魔王の視界には、不意に瞳に入り込む夕焼けの赤い光に似た炎が映り込んだことだろう。乱打戦のさなかに不意を打つこの技は、ある程度実力が拮抗せねば成立しない、だがどちらかの実力に差があっても成立しない技だ。

 前者ならばそもそも乱打にもつれ込むことはなく、後者ならば策を講じること自体が不可能となる。余技として身につけた夕暮れだが、まさか使うことがあろうとは……。


 ほんの一瞬ではあったが、視界が感光した魔王から隙を見出したイヴァルのディスケンスは間合いを取る。


 屈辱だった。接近戦から逃げるように後退せざるを得なかった自分自身が。しかし、負けるよりはマシだ。


 魔王のディスケンスがアサルトライフルの銃身に触れられない程度の距離、それさえ確保できれば銃道は十全に機能する。銃撃の瞬間に射線をいなされることもない。


 キャバリー戦において一歩に及ばないほどのわずかも僅かな間合いでの鬩ぎ合いは、超一流と超一流の立ち合いでないと成立しない。


 認めよう。この魔王は難敵である。強敵だと認めよう。だが、勝つのは――


 もはや本能でアサルトライフルを構えたイヴァルは、不意に視界に入ったモノを脊髄反射で躱していた。いや、躱してしまった。


 当然、身を躱す分だけ隙が生まれ――そこを魔王が見逃すわけがない。猛然と一歩に満たないほどの距離を詰め、イヴァルのディスケンスに触れる。


「な⁉」


 ディスケンスが反転する。浮遊感の後に衝撃。ディスケンスの重量がそのまま大地へと叩きつけられたのだ。眼前には荒野の砂利の一粒一粒がはっきりわかる。組み伏せられている。機体ステータスでは両腕両足、共に赤。動きが完全に封じられていた。


 ――やわらか!


 そう、皇族に隙を誘引し、魔王は武器によらない素手での制圧を謀ったのだ。流石の帝国の吸血鬼といえども、戦場で自らの動きさえも止める逆技を使う者がいるとは予想外だった。


 確かに、一対一の構図ならば有用だろうが、接近までに要する労力や戦場で使えない汎用性の低さを考えたなら、わざわざ身につけようという酔狂な輩がいるとは思えないのは、当然の反応だ。


 イヴァルの視界の隅では、ライトブレイドの光刃が明滅している。先ほどの夕暮れと同様、魔王はイヴァルの視界に入るようにライトブレイドを放ったのだ。


 イヴァルの瞳が感光する瞬間を突いて、彼のディスケンスを無効化させた。恐るべき胆力だ。


 成立させるには、少なくとも十のうち九は失敗に終わる愚策といえる。それほどまでに分の悪い賭けに乗った魔王は、結果勝った。


「魔王ッ! 貴様ああ!」


 撃墜判定が降されたと同時に、皇族はコンソールを拳で叩く。なんたる侮辱か。続けて殴打されたコンソールが悲鳴を上げるも、お構いなしに拳を叩きつける。


「がああああああああ‼」


 吠える。吼える。咆える。イヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカー。帝国の吸血鬼が、おそらく生涯で初めて敗北を認めた瞬間だった。

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