第67話 機械人形は恋愛に首をかしげる
「あ、イヴァル殿下が負けた……」
ランド様が信じられないようなものを見たといったつぶやきを漏らしました。
「な、なあ。
何を今更、ですね。
私からみれば当然の結果です。日頃はあんなでも、リベル様は搭乗兵器においては、当時キャバリー戦で帝国内で比類する者なしと謳われたヴァステンタイン辺境伯の薫陶を受け、更には彼が認める才覚を持っているのです。いくらイヴァル殿下が……リベル様と同じ血を継いでいようとも、生まれ持ったものが違うのです。
しかし、現段階で魔王の正体がリベル様であるとバレるのは好ましくありません。バレるかどうかの瀬戸際にリベル様を追いやって愉しむのはいいですが、本当にバレてしまっては魔王を旗標にした銀河帝国への叛逆はかないません。
「ランド様。あの、〝自称〟魔王は凄まじい実力の持ち主のようですね」
協力者に釘を差しながら視線をエレア嬢へと向けると、彼女はあからさまなほどに胸を撫で下ろしていました。これも当然の話です。エレア嬢はリベル様に懸想されている模様ですから。
しかし、解せないのはリベル様は主と認めてはいますが、男性的魅力という観点からはそれほど優秀ではないと思うのです。確かに背は高め、顔もアンヌ様――ユリアンヌ様に似て整ってはいますが、あの臆病すぎるほどに臆病な性格が総てを台無しにしています。キャバリーを操っているリベル様は日頃のうるささが鳴りを潜め、魅力的ではあるのですが……。
「う~ん、わかりません」
リミテッド・マヌーバー
これが母性本能という奴でしょうか? ヒトに似せられているとはいえ、この身は
「何がわからないんですか、唯桜さん?」
衝撃から立ち直ったらしく、ランド様が私の疑問の声を聞いていたようです。
「いえ、エレア様は、リベル様の何処が魅力的に写っているのかがわからないのです。見てください。あれは望まない相手が負けて安心しているとしか見えません。顔もそっくり。金銭面は完全にリベル様が――それこそ比べるのも馬鹿馬鹿しいほど負けている。性格も俺様なところが目立ちますが、ヘタレのリベル様にはない自信にあふれている……。DVがどうのとか言いましたが、一般的な女子学生ならば間違いなくイヴァル殿下にしっぽと腰を振るでしょう。なのに、エレア様は違う……。不思議です」
「……唯桜さん。そんなこと考えていたんだ」
「客観的事実ですが?」
お仕えするとはいえ、時に主人を諌めるのも忠道です。よくよく考えたら、諌めることが多すぎる気がしますが、それはリベル様がいつまでも煮えきらずに魔王を拒むからです。私は常に正しいのです。間違えることなどありません。
「あの、唯桜さん? リベルもいいところはあるよ、うん」
「それは結局〝いい人〟どまりということでしょう? しかし、エレア様は明らかにリベル様に強い感情を持っています」
恋は盲目ということでしょうか。リベル様もリベル様で、彼女の気持ちに気づいているのか、いないのか。むしろ遠ざけようとしている傾向が見られます。あんなに愛されていて、何故くっつかないのか理解に苦しみますね。
私は知らずしてズレていたメガネを上げた。
「エレア様、おめでとうございます。イヴァル殿下が敗退しましたよ」
「唯桜さん? い、いや、ホッととかしてませんよ? 皇族が負けたのに、そんなの不敬ですから!」
嘘の下手なお嬢様です。あからさまに安心していたと、彼女を知らない者でもそうと見て取れたことでしょう。
「まあ、そういうことにしておきましょう。さて、そうなるとこのトーナメント、魔王とエイジ様で決勝戦となりそうです」
「そうなんですか?」
「そうなんです。私の見立ては完璧です」
エイジ氏が順調に勝ち進んでいる。彼の実力はイヴァル殿下と同等かそれ以上。おそらくは、この世界でも十指か――或いは五指に入る実力者だ。そして、イヴァル殿下の膝に土をつけたリベル様が、凡百の相手で負けるわけもない。つまり、決勝戦の組み合わせは決まっているようなものだ。
――ならば、ここでエイジ氏を降せば……後々の趨勢に関わりますね。
これほどまでの実力者を一対一で倒したとなれば、人々は魔王の仮面をかぶった者と魔王本人をイコールで結びつけるに違いありません。つまり、世界有数のキャバリーライダーを正面から打破したという事実は、魔王の覇道の大いなる一歩となります。
魔王を飾り立てる逸話は多ければ多いほどよいのです。それだけ、侵されざる存在として認知されるのですから。
しかし、逆ならば――。魔王の権威は失墜し、銀河帝国を手に入れることもできなくなるかもしれません。
この覇道は実のところ、薄氷の上で成り立っています。組織は現在構築中。実際のところ、魔王一人の実力だけで成立している、綱渡りの状況なのです。
勝利か敗北か。同じ二文字というのに、もたらす結果はこの場だけで留まらず、未来の構図さえも変化させます。
そして、私の見立てでは――。
――なにか仕掛ける必要があるかもしれませんね。
私は機械人形、唯桜。
恋の機微はわからないが、この身は先進文明が生み出した最高傑作。
ユリアンヌ・アルフォンヌ様の侍女にして、リベル・リヴァイ・バントラインを魔王へと導く、悩み多き
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