第65話 皇族たちの死のダンス

 二回戦第一試合の時間が近づいてきた……。や、やだ。おなか痛い!


 二回戦第一試合は一回戦第一試合と第二試合の勝者、つまりザ・ロイヤルことイヴァルと俺との対戦なのだ。これに勝つとシードがもらえるみたいだが、俺はそんなもの欲しくはない。俺以外の奴にイヴァルが負けてくれたらそれだけでいいのだ。本来なら、俺は適当にやられて敗退というシナリオなのだが、残念ながら魔王の仮面の効果は覿面で、イヴァルはバリバリに俺を意識している。下手に手を抜くと事故に見せかけて殺されかねない。


 俺の目的は、平穏な生活。これ一本だけだ。だから、ここだけは死守してやる!


 とはいえ、あのトンチキイヴァルのあの強さは異常だ。あのセシリア・サノールというこの世界でも十本の指で数えられるライダーを降したのだ。そんなハチャメチャに強い野郎が、仮面をかぶっていてもわかるほどの敵意を俺に注いでくる。胃がチクチク痛む。やめたげて、俺の胃はもう限界よ!


『それではお待たせいたしました! 二回戦第一試合~! 高等技術の応酬を制したのはこいつだッ! 銀色の閃光、ザ・ロイヤル選手!』


 イヴァルのディスケンスが舞台に上る。あ~、このまま逃げ出したい! けど、逃げ出したら、魔王の仮面をかぶっているだけあって、エイジはおろかイヴァルも追跡してくるだろう。人の生命を軽く見ていそうな皇族サマに正体がバレたとなると……。膝が震えてきた。お、俺の第二の人生が……。


『その正体は本物か? それとも名を騙っているだけなのか? 否、証明はこの腕一つあればいい! 魔王選手の入場だ~!』


 なに、勝手なこと言ってんだ! 本物じゃありませんって気を利かせて言えよ! なに煽っているんだ!


 銀色ドクロ仮面のイヴァルがめっちゃ睨んでいる。もはや視線だけで死ねそうだ。俺はどうすればいいのか。あんな戦闘民族を相手取って負ければ最悪処刑、勝とうにもエイジに勝るとも劣らない腕――。


 あ、詰んだ。ああ、気が遠くなってきた。



 * * *



 魔王! 魔王! 魔王ッ‼


 遂に、尋常な勝負ができる。昨日は不覚を取って不意を討たれたが、今日は違う。


 一対一。不純物よこやりのない、腕と運だけが勝敗を決する舞台だ。


「さあ、余と踊ってもらうぞ。魔王」


 獰猛な笑みは猫科肉食動物の威嚇に似た。


 一回戦と同様に、イヴァルのディスケンスには数々の火器が装備されている。対する魔王も銃火器を準備しているが、数はイヴァルのそれほどではない。機動性を重視していると思わせて、盾や装甲板を準備している。


「身持ちが固いらしいな。踊りに斯様な重ね着は不要だろう」


 ゆらりゆらと魔王のディスケンスは芯がないように、脱力している。まるで操縦を放棄しているかの如し、だ。それなりの大舞台というのに気負った様子がまるでない。


『二回戦第一試合。レディィィィゴォォォォォォォオオオ!』


 ゴングが鳴る。開戦の狼煙と同時――から一拍置いて、イヴァルはまず閃光の如き抜き撃ちクイックドローで仕掛ける。高速の銃技は一秒さえも要せずに標的を射抜く、最速の刺突だ。瞬間時速一〇〇〇キロメートル前後の弾速は、人類の神経速度を上回る。視認してからの反応では追いつけぬ、生理的設計を突いた絶対不可避の早業は、しかし魔王の掌にあったらしい。


 コクピット――頭蓋を狙った弾丸は、更なる脱力で沈み込んだディスケンスによって虚空へと飛び去った。先読みしていたのだ。視てからでは完全に出遅れる銃撃を躱すには、それしかない。だが、少しでもタイミングが早ければイヴァルの狙いは修正され射抜かれる、遅ければ――言うまでもないことだ。


 イヴァルは魔王が早撃ちまでは読んでいると考え、ゴングから一拍置いての銃撃で魔王のタイミングを逸らしにかかったのだが、どうやらあちらが上手だったとみえる。


 ――ほう、面白い。だが、勝つのは余だ。


 一発が避けられたとしても、銃弾は充分。立て続けで連射するイヴァルに、魔王も応戦する。銃弾の応酬は、しかし両者に風穴一つ開けられない。高度な技術を持つ者同士の戦いなのだ。必然的に銃撃を如何に回避するか、どう当てるかに終始する。


 秒間ごとに交錯するフェイントと読み合い。銃撃そのものよりも、そちらの方が苛烈だ。両者の舞踏はいつしか舞台を離れ、コロシアムの外にある森へと移っていた。


 弾丸が樹々を砕く。散らばった木片は、彼らの断末魔だ。足場が悪い所為で狙いが甘くなる。流石の魔王もイヴァルと同様に精度が落ちていた。


 森を抜けた。荒野に舞台が移り、ここでイヴァルは仕掛ける。


 煙幕弾を放ち、拳銃を手放す。取り回しのしやすさは森林では有利に働くが、開けた場所では逆だ。これからは間合いを測る戦いが始まる。デッドウェイトとなる武器は捨てるに限る。


 両腕で機関銃を構え、連ね撃つ。煙幕を貫く幾重もの弾道は、もはや網に似ている。一度絡まったならば、それで最後。身動きできずに最期を待つしかない。


 いや――。


「   ッ、そうきたか」


 逃げではなく、攻めの防禦。身持ちを固くしたのはこのためか。


 魔王のディスケンスは装甲を盾に、銃撃を躱すことなく突進してきた。なるほど、コクピットさえやられなければ、負けはない。無論、消極的な策ではない。銃を得手とする皇子に対して、近接戦を仕掛けるための布石。


 魔王は銃砲戦が得意だという情報が上がっていたが、別に接近戦が不得手だというわけではないらしい。趨るブレードを、しかし伸ばした腕で絡めてあらぬ方向へと導く。


 ――そうそう、うまくことが運べると思わんことだ。


 銃道は近接戦でも十全に機能する。あの、エイジでさえ攻めあぐねいたのだ。それだけイヴァルの銃道は高いレベルにあった。生半可な腕ならば返り討ち、世界最高峰の実力をもってしても弾丸がある限りは均衡を保てる、最強の銃道使い。その彼に対して接近戦を行うなど――。


 ――噴飯物だぞ、魔王! 銀河を総べる血族の偉大さを噛み締めろ。


 マズルフラッシュの花が咲く。煙幕を光刃が裂く。咲きつ裂かれのダンスは更に熱が入る。銀河帝国を継ぐ可能性を残した者、銀河帝国を継ぐ資格を失い叛旗を翻す者。


 イヴァルは知らない。眼前の相手が己と血を同じくし、同じ資格を有していた者だったとは。


 血を分けた者同士の銃火と刃線交わる死の舞踏は、まだ終局には仄かに遠い。

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