第64話 キャバリー最強理論
結論から言うと、一回戦の俺の相手はエイジではなかった。エイジもまた――あいつの場合は金銭的事情も絡んでいるのかもしれないが――昨日と同じ白い仮面をかぶっていたので、すぐわかったのだ。
あれ? そういえば、俺のエントリーネームってどうなっているんだ?
『昨日優勝を掻っ攫った彼が来てくれたぞ! これは挑発か? それとも、事実なのか? エントリーナンバー3! 参戦理由、黙して語らず。その仮面の下には如何なる深慮遠謀を隠しているのか! この名におののけ! 魔王‼』
『ッエッフ!』
俺はむせてしまった。
な、な、な、なんてことをしてくれたんだ、ランドの野郎ォォォォォォォォォ! この仮面だけでも相当にヤバいのに、その上選手名を魔王とかアホの所業だろうが‼
うぉぉぉぉぉい! 視線を感じると思ったら、イヴァルの奴が射殺す勢いで睨んでいるじゃないか! 仮面なのにそれがわかる。怖ろしい。本当に怖ろしい。こいつと戦う羽目になったら…………あれ? 俺、この対戦勝ったらあいつと戦うことにならないか?
や、や、や…………ヤダーーーーーーーーーーーーーーー!
『続いて、エントリーナンバー4! 参戦理由はデータの収集と完成しつつあるキャバリー最強理論を証明するため? なんだかよくわからないが、優勝までの道筋は既にマッピング済み! タカハシ~!』
どっかで聞いたような聞かなかったような理論と名前だ……。こいつのキャバリー最強理論とやらが本物だとしたら、イヴァルの奴をボコボコにしてくれるかもしれない。よし、こいつがマジで強かったら、白旗上げてイヴァルを仕留めてもらおう。いくらなんでも、二日続けて醜態をさらせばあいつも諦めるだろう。
仮面の上にメガネをつけているのもインテリなイメージを醸し出している。うん、間抜けではない、間抜けではないぞ……。(自分への言い聞かせ) そう、バトル系漫画とかにいる、かませ臭はしていない、していないぞ……。(自分への言い聞かせ)
『それでは、キャバリーファイト! レディィィィゴォォォォォォォオオオ‼』
* * *
結論から言うと、タカハシとやらはヤバいくらい弱かった。
俺はほとんど何もしないまま、勝ってしまった。俺に負けるくらい弱いって、もはや初心者のレベルだろう。
『私のキャバリー最強理論が~!』
なんか嘆いているが、嘆きたいのは俺の方である。俺が言うのもなんだが、どうして出場したのか……。動きもぎこちないし、なんか変なところに弾丸をばら撒くし、俺の攻撃を真正面から受け止めるし――うん、やはり頭でっかちで実践を行っていない奴の理論は、基本的には当てにならんというわけですな。
そのせいで、結局俺自身が敵意剥き出しのイヴァルと戦う羽目になったのだが。タカハシの野郎ォ!
俺は曲がりなりにも勝者だというのに、敗北を喫したくらいの怨念をタカハシに送りつけた。
* * *
そして、ここは惑星クシオラのカリーリ記念貴族学校の敷地内。仮面武闘会の観客はどよめいていた。困惑していたと言ってもいい。
「な、なあ。あれって絶対にタケハラだよな?」
「あの反応速度とか間違いないだろ」
「最強のキャバリーファイターが、まさか負けはしないだろ」
「でも、あの動き方、完全にタケハラだったぞ。タケライフルにタケナイフ仕掛けてたじゃないか」
がやつくギャラリーに首を傾げたのはエレアだった。
「タケハラ、さん? 誰かなぁ」
「どうやら、プロキャバリーファイターらしいですね。表舞台で活躍しているようですが、戦場での戦いの経験は浅そうですね」
冷淡に応えたのは
しかし、彼女は見抜いていた。タカハシ――タケハラがあらぬ方向へと銃弾を放ったのは、本来ならばリベルの退路を断つ目的で、或いは先読みしていた未来位置へ向けていたこと。
彼女は見抜いていた。タケハラが小刻みに機体を動かしていたのは、リベルに誘いをかけて不用意に飛び込ませようとしていたこと。
彼女は見抜いていた。その悉くをリベルが回避し、または潰していたことを。
おそらく、タケライフルとタケナイフとやらは先読みしてシビアなタイミングを制し、初めて真価を発揮するテクニックなのだろう。リベルには通じなかったが、尋常なライダーならば完全にタカハシの誘導通りに立ち回り、そして罠にかかっていたのは間違いない。それは、あのイヴァルやエイジでも完全に防ぐことは不可能と思われた。
類稀では収まらぬ、俊才天才奇才を通り越して鬼才の域に達している。
――やはり、リベル様は最強の魔王!
そして、唯桜も確信する。やはり、自身の主は魔王に相応しい才覚の持ち主だった。彼こそは時に戦術さえも凌駕し得るキャバリーライダーであり、彼こそは銀河帝国を打倒し新たな地平へと辿り着く君。
モニターの向こうで首をかしげるリベル――魔王の姿。本人にとってはタカハシなど容易い相手としか思えなかったことだろう。ライダーの資質と比較すると自己評価の低さが目立つ主人ではあるが、逆を言えばどんな相手でさえ油断はしないということだ。
――リベル様。私はあなたこそが魔王に相応しいと考えております。だから……。
擁立すべき主。世界を征すべき主。そのために、唯桜は邁進する。それが、当の本人の意向にそぐわなかったとしても。
* * *
やはり、魔王本人か。
エイジは確信した。漁夫の利を狙ったかのような昨日とは打って変わった、完全な実力にて魔王はタカハシに勝利したのだ。一挙手一投足に罠が仕掛けられた彼の動きに釣られることなく、魔王はただ一直線に彼を仕留めたのだ。
張り巡らされた数々の罠と伏線の糸にかからずにいられるなど、その全てを弁えた腕の持ち主か、キャバリー戦の素人か、どちらかしかない。無論。前者であることに疑いの余地はないとエイジは感じていた。
一回戦第二試合の衝撃は未だやまず、続く第三試合と第四試合がいつ始まり終わったのか、エイジは気づきさえしなかった。幸運だったのは、それまで彼の出番がやって来なかったことであろう。魔王の立ち回りから自分はどう動くべきか、脳裏での戦闘が一三を数えた頃、エイジは自分のエントリーネームが呼ばれている事実に気がついた。
『エントリーナンバー10! 最後のエントリーはこいつだ! 昨日の雪辱は拭い去る。黒い魔王は白騎士に倒されるが必定! ホワイトグリーム!』
既に対戦相手は舞台に上がっている。
――そうか。
正直、イヴァルは強い。銃道とはいえ、銃火器でエイジが得意とする接近戦で対等に渡り合えるのだ。才能で語るなら、彼を超えているかもしれない。だが、それでも魔王に勝てるかと聞かれたら、首を傾げざるを得ない。皇太子殿下は善戦するだろう。或いは、銃砲戦では優勢となるかもしれない。だが、もしかすると――という感覚は持てない。エイジは、何処までいってもイヴァルが勝ち進むビジョンが視えない。
幾度か矛を交え、その度に遠く離される感触。あれは、もはや考えての操作ではない。心を殺し、忘我の域に達している。考えてのことではないというのに、その行動は無謬とさえ言える適切さ。
頭脳だけではない。卓越したテクニックもまた、魔王を魔王たらしめる要素の一つである。
――俺は、勝てるのか?
エイジは対戦相手を意識することなく勝利を収めていたが、その心には己に対する疑問が渦巻いていた。
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