第63話 俺にはとてもできない

 ――痴れ者が!


 ザ・ロイヤルことイヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカーは苛立ちを隠せなかった。肘に暗器を仕込んでいる卑劣極まる相手ながら、エイジに勝るとも劣らぬ腕前を持っている。ある意味では、エイジよりも手段を選ばぬ分だけ厄介かもしれない。


 しかし、誰よりもイヴァルは自分自身に憤っている。あのような下賤の者相手に、銀河帝国の皇族たる自身が距離を置かざるを得なかった事実が、彼の心を憤怒に包もうとしていた。


 ここで、彼を救ったのは幾多もの戦場での経験だ。平静ではいられぬ心境だが、かりそめであっても戦場ともなれば即座に切り替える。むしろ、恥辱を与えた相手をどう斃したものか、その算段に彼の頭脳は回転を始めていた。


 彼我のディスケンスの装備を鑑みれば、距離を保てば有利性は変わらぬ――三流の考えだ。距離を殺せる手段や技術があるからこそ、近接戦に特化した武装構成を行っているのだ。ならば、狙撃か。狙撃銃は装備していないが、それでも狙撃に転用できるライフルは、ある。


 否、一方的に狙撃可能な間合いを確保するのは無理だ。相手が、狙撃ができる位置取りや距離に安穏と姿をあらわそうはずがない。それに、身を隠しての銃撃など王道ではない。覇道とはほど遠い。


 我は皇帝になるべき男。魔王を斃す男なのだ。

 ならば、あの痴れ者は正々堂々と実力でもって対峙し、打倒する。


 対戦相手のディスケンスが覆われている煙幕から、イヴァルはあえて一歩だけ後退する。


 仕切り直しだ。

 そうだ、余はイヴァル・アルフォンヌ。ピースメーカー。覇道を歩む、選ばれし者なのだから。



 * * *



 そして、煙幕が晴れる。


 警戒はしていたが、結局煙にまいての銃撃は行われず、ただ視界を閉ざしただけ。ならば、一気に有利な位置取りをしたのかといえば、そうでもない。銃火器で武装したディスケンスは、銃口を向けるわけでもなく佇んでいる。とはいえ、跳躍などした瞬間に狙い撃たれていただろうが……。


「へえ、待っててくれていたんだ」


 しかも、距離は中距離。近接戦のセシリア、銃撃戦のザ・ロイヤル。どちらも制空圏を手に入れられる、在る種ハンデの入らない間合いだ。どちらが自分の間合いへと先んじるか、それとも一手で決着とするか。これはそういう類の話だ。


「どっちをお望みかしら?」


 彼女のつぶやきを聞いていたわけではないだろうが、ザ・ロイヤルのディスケンスから軽い発破音がし、数々の銃火器が地へと落ちる。残ったのは腰にマウントしているマグナム銃のみ。腰を軽く落とした様子は、どうみても残る一手で幕引きとする意図に満ちている。


 確かに、自分の間合いへと相手を誘うとなると、両者ともそれを念頭に置いていることから、戦況は千日手となるだろう。付かず離れずでの攻防は泥試合と化して、観客のウケも悪い。賭け試合で無敗を誇ったとはいえ、観客からの視線も常に意識していたセシリアの習性はそれを避けたいと訴えていた。


 それに、開拓史の荒くれ者どもの勝負らしくて好みだ。場所がそれらしい舞台ではなく、闘技場であることが残念だったが、些事というもの。


 セシリアもまた、マウントした刀剣類を外し、ナイフのみを片手に持った。


「さ、踊りましょ? あなたをセクシーじゃないって言ったけど、訂正するわ。結構セクシーよ。魔王あのひととどちらがより……なのかしらね?」


 ナイフをジャグリングすると、ザ・ロイヤルも応じる。キャバリーやリミテッド・マヌーバーには細やかな作業を可能とするマニピュレータが存在しているが、戦闘においてはそれほど重要視されていない。武器を扱う器用ささえ確保されていればいいのだから。だからこそ、この余技の応酬には意味などないが、そこからは確かな技術が感じられる。


 お互いの攻め気を読み合いながら、武器をもて遊ぶ。宙へと放り、挑発する。伸るか反るか。何が切っ掛けとなるか、セシリアは緊張感の中でのランデブーを愉しんでいた。


 ――でも、そろそろ終わり、かな。


 なんとなくだが、終焉を悟っていた。対戦相手もそうだったに違いない。契機さえあれば、ただちに勝者と敗者に分かれる、そんな予感を。


『ハァ……クシュ‼』


 出し抜けに誰かしらのくしゃみが響く。


 ――はえ?


 まさか、こんな間抜けな切っ掛けで勝負が動くとは思わなかった。セシリアはおかしみと戸惑いにとらわれてしまったが、身体の方は本能的にディスケンスを動かしている。


 低く、姿勢を限りなく低くし、突進。一歩。銃声。二歩。銃声。三歩――残り、一歩。銃声……。


 ガクン、とディスケンスが動きを止めた。


「……負けちゃった、か」


 撃墜判定。何処を狙い撃たれたかわからないほどに集中していた。どうやら履歴をみるに、頭部コクピットを撃たれたようだ。悔しさと、何処か清々しさを感じる。まさか、自分を負かせる人物が二人もいようとは……。


「ふふふ、いいわ。愉しくなってきた。ああ、駿馬に乗った王子様、あなたのお馬は黒? それとも銀?」



 * * *



 くしゃみをした瞬間、バババッと銃声が響き、セシリアのディスケンスが跪いていた。な、何を言っているのかわからんと思うが、俺がくしゃみをしている間に勝負は決してしまったということだ。


 あいつら、どんな神経しているんだ?


 あの一瞬で、セシリアのディスケンスはイヴァルに手の届く位置にまで迫っていた。俺にはとてもできない。あの一瞬で、イヴァルのディスケンスはそんなとんでもない速さのセシリアを撃ち抜いていた。俺にはとてもできない。


 なんだよ、あのトンチキども。ここで、この世界最強ライダー決定戦でもやるつもりか? 特にイヴァルの奴はとんでもない。エイジといい勝負ができるセシリアを負かせたということは、エイジより強い可能性だってあり得る。誰だかわからん上に結構な危険人物が、俺が一番恐れている主人公サマより強かったなど……冗談にもならない。


 決めた。いや、前から決めていたけど、俺はイヴァルには金輪際近づかん! エイジやセシリアも怖いが、あいつも充分怖い。でも、エレアを諦めさせるにはあいつをどうにか負かせるしかないんだよなぁ。


 うまいことエイジに当たって、両者共倒れしてくれないかなぁ……。

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