第62話 全開豪快痛快崩壊一歩手前?

 ザ・ロイヤルとかいうダサダサネーミングセンスを発揮したイヴァル、賭け試合ピットファイト無敗無双の危険思想の持ち主セシリア。どちらも戦闘狂という点、どちらが勝っても俺には得がない点においては共通している。いやな共通点だ。


 同型の機体ディスケンスだが、武器構成は異なっている。イヴァルは銃砲でハリネズミ化しており、ノマドと名乗っているセシリアはナイフ等の刀剣で身を固めていた。

 一概に武装のみで優勢劣勢は語れないが、前者ならば火力と射程範囲に優れる代わりに敏捷性を、後者は機動性と加速力に優れる代わりに射程が犠牲となっている。これがどう活きるのか。

 おそらくだが、彼らは自身が最も得手とする戦法に合わせた武装をしているに過ぎない。あれだけ自信満々な奴らだ。相手に合わせて武器を変えるなど矜持が許さないだろう。


『それでは、一回戦! ザ・ロイヤ~ル! 対! ノマ~ド! 試合開始ッ』


 瞬間、俺は目を瞠った。普通の考えなら、イヴァルは如何にセシリアの間合いの内にまで侵入させないかが重要であり、何はなくともまず後退することが勝利の条件である。だというのに、脇目も振らずにセシリアのディスケンスへと突進したのだ。


『ザ・ロイヤル選手! なんと、挑んだのは接近戦⁉ 銃の優位性を捨てたか?』


 アナウンスも俺と同じ考えらしく、戸惑いの声を上げる。自殺行為だ。何を考えている?



 * * *



 ほう。イヴァルめ、近づくか。


 尋常の乗り手ならば、ひとまず距離を置くことに腐心するところだが、彼に言わせれば三流と切って捨てるだろうな。間合いを離すために罠という伏線を張って初めて二流、接近戦に対する備えを複数手弁えてこそ一流……といったところか。だが、私の意見は異なる。


 確かに、搭乗兵器の戦力は乗り手の腕前に直結する。だが、それは古い常識だ。いくら神業的な技術を持つドライバーでも軽自動車に乗っては、素人のスポーツカーに直線ではかなわない。腕で敵わなければ、適切な環境を整え、有利な条件を揃えることこそが肝要だ。勝てぬ相手に意地を張っても、結果は何ももたらさない。勝敗は常に前者に祝福を与え、後者には惨めさと悔恨を与えるばかり。ならば、私は勝者の側につく。


 ――だからこそ、私は……。


 今日はお披露目だ。遠隔操縦は上々。別に十全さを求めてはいない。問題は、その場にいる者が誰だったか、に尽きるのだから。エイジ・ムラマサ、イヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカー、セシリア・サノール、そして……リベル・リヴァイ・バントライン。


 まあ、特等席で驚愕する彼を堪能したいという気持ちはあるが、あいにくこの趣向では仮面に覆われて浮かべた表情を透かしみることがかなわぬ。残念だが、致し方あるまい。さて、時間までは試合を堪能するか。現段階のパワーバランスを把握することも、我がはかりごとには肝心なのだから、な。



 * * *



 炸裂する銃火。叩きつけられる刃の側面を撫で、いなされた。この手並み、地下でさえそうそう視られるものではない。


 あまつさえ、急所へ向けて銃弾が適切なタイミングで趨る。必然、我々は腕の触れ合う間合いで銃と刀身を交わし合って躱し合い、そして腕を絡め合って絡め取られる。


 ――銃道? こんな使い手が⁉


 セシリアの動揺もやむなしだろう。銃道などというマイナーな銃技を知っている者の方が珍しい。一度、地下で銃道使いと交戦した経験はあるが、ここまで洗練された技術は持っていなかった。


 ――グッ。足を止められている!


 脚を縫い留められているのは何も物理的な要因ではない。距離を外せば銃に圧倒的な優位性を与え、かといってこの状況下では意識を逸らせば瞬間仕留められる危険性があった。


 しかも、ザ・ロイヤルとかいう名前の対戦相手は、対キャバリーの逆技をも理解しているとみえる。

 不用意な一刀に絡みついた腕に怖気が趨り、即座に引いたのが功を奏したが、動きからして腕をねじ上げられるか、地面に引き倒されていたのは間違いない。


 せめて攻防に隙間が生じれば――。


 だが、ふざけた名前には似合わぬ巧みな腕は、容易に隙を見せてはくれない。


 ――こうなれば!


 首元を狙った一閃を相手のディスケンスが避けた。手首を返し、肘に密かに仕込んでいたナイフを走らせる。一度躱したとしても、次が来る二段構えのナイフ術。


 無論反則ではない。ディスケンスの肘部分に余白があるのは周知の事実。

 むしろ機体構造を熟知しているからこそ、装備できる場所に武器を用意していただけの話だ。


 ――少々悪辣であることは認めるけどね。


 結果、不意を打たれた形となったザ・ロイヤルのディスケンスだが、意識の埒外にあったろう肘の隠しナイフも躱してのけた。なんという反射神経。


 躯体のバランスが崩れる。もらった、とセシリアは心中でほくそ笑んだ。立て直しにかかる隙を、優勢に転じる瞬間を待ち構えていた彼女がどうして見過ごそうものか。

 コクピットが収まる頭蓋を目指す剣先。


 ――った!


 だが、絶対の確信は現実に影響を及ぼさなかった。


 ザ・ロイヤルのディスケンス、その腰にぶら下げていた大型ライフルが火を吹く。視界が焼け付くも弾丸の行く先は地面だ。しかも、セシリアのディスケンスの足元ですらない、あらぬ方向への……。


 しかし、それこそが銀色のドクロの仮面が描いた絵図だったのだ。途端、崩れていたバランスが復帰する。時間にして、一秒さえも要しない瞬間の出来事。銃砲の反作用を利用した立て直し。傾く機体の荷重、銃砲の位置と方向、タイミング、全てを感覚の域までに把握しなければいけない芸当だ。


 そのまま、ザ・ロイヤルは二挺拳銃を連射して距離を取った。


 銃口が見えれば着弾点の予想は容易い。セシリアのディスケンスは銃弾を全て払い除け、無傷のまま。ただ、同時に煙幕弾を投げていたらしく、眼の前は煙で何も見えない。


 仕切り直しを図ったのだ。


 なるほど、なかなかの戦巧者である。腕もセシリアに勝るとも劣らない。

 ただ……。セシリアはため息をこぼした。口唇に指を添えて囁いたのは、落胆の言葉。


「でも、なんだかあなた……セクシーじゃないわ?」

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