第55話 セシリア・ジャグリング
小面をかぶった操縦士のコクピット・インファントリの背後から迫り寄ってくる、別のインファントリ。そいつが持っていたのはミサイル・ランチャー。破裂して炎を撒き散らす代物を撃ち込まれたら、小面のインファントリはおろか逃げ場のない俺も巻き添えを食らう。
逡巡の間もなく、俺の狙いは背後のミサイル・ランチャー持ちへと切り替えた。既に奴も、獲物へと狙いを定めている。間に合え――。
爆裂の火箭が炎の尾を引くよりも、怒号のマズルフラッシュが先んじた。俺のアサルトライフルの一射は、狙い能わずにミサイル・ランチャーを構えたインファントリのコクピットに突き刺さる。撃墜判定が下され、張力を失ったコクピット・インファントリが空虚な屍となって斃れた。
だが、喝采したい気持ちにはとてもなれない。今ので、俺の位置は詳らかになった。俺のみが先制できるアドバンテージは失われ、むしろ狙撃と身を隠すために匍匐していたことがかえって危機を招く。この距離、俺が立ち上がるよりも、相手の攻撃の方が明らかに
加えて、下手に動けば動くきっかけを与える。
タイミングが命だ。相手に動きを察知される前に銃爪を引く。言うは易く行うは難し。相手は動く標的なのだ。しかも、人間よりも素早いコクピット・インファントリ。狭まった俺の視界から一瞬でも相手を見失ったなら、すなわち俺の勝ちの目が消える。
いやだいやだいやだ。別に勝負自体はどうでもいいけど、エレアをイヴァルみたいなわがまま野郎の嫁にさせるわけにはいかない!
小面の奴が視界から消えたッ。もう、四の五の言ってられない。このまま座していても撃墜されるだけと判断した俺は、俺を包み隠してくれていた岩場から躍り出た。絶対不可避と思われた絶好の機会――だが、俺を攻撃するはずだった小面のコクピット・インファントリは静観していた。
いつでも俺を倒せる自信か? そりゃ、俺は隠れ潜んでおこぼれをもらう卑怯な手段でしか勝ち昇れないタイプだ。正々堂々と戦えってことか。クソ、こういう余裕たっぷりなタイプは苦手だ。
* * *
――ふふ。
セシリア・サノールは内心から疼く高揚に、能面の裏で笑みを浮かべていた。メイサーナイフをジャグリングしながら、慎重に周囲を歩を踏む。距離は近いが、反応させずにナイフを届かせる距離よりは開いている。一番緊張感に満ちた間合いだ。
――さて、どう出るかしら?
あえて、一方的な攻撃を加えなかったのは、助けられた借りを返す意味もあるが、それ以上にこの魔王の仮面をかぶった操縦士の出方が見たかったからだ。本当に魔王なのか、魔王に迫る実力者なのか――。機動兵器の操縦でここまで浮足立つ気持ちは初めてかもしれない。薄暗いフェンスに囲まれた荒くれ者には無い、どことなく気品のある出で立ちが、それを期待させているのかもしれない。
左右に絞らせぬようメイサーナイフが往復し、更に変幻自在に宙を舞い、次なる一手を予測不可能な域へと踏み込ませる。セシリアの得手である近距離戦。十把一絡げの男には負けぬという矜持がある。さあ、どうする?
――身持ちが固いわね、なら……。
わざと隙を見せて誘っているにも関わらず、相手は動じず。これが蛇の毒であることを充分に理解しているのだろう。不用意に手を出して来ないところが、馬鹿な男たちとは違って、好感が持てる。
「フッ!」
メイサーナイフを投げ渡す要領で投擲。緩く殺意の感じられぬそれは、相手の虚を突き、思わず受け取ろうとする心の動きを誘引する。先程のジャグリングも、いわばそれ自体が伏線。目にも留まらぬ速度からの、不意の緩み――落差の極端な緩急。緊張と緩和の均衡を崩し、敵側の行動を生理的な反応に終始させる。
これを乗り越えられる者は、原始的反射の域にまで足を踏み入れて操縦の極意を学ぼうとする者以外にはいまい。
そして、眼前のインファントリの操縦士は、その資格を正しく備える者だった。
せめて、メイサーナイフを弾く動きをしていたならば、尋常ならざる反応速度と判断力を褒める暇もあったろうが、投擲され回転するメイサーナイフの柄にうまくぶつかり、反らす一手を減じた。突進という原始的かつ即効性のある一手は、続く一手を指そうとするセシリアとほぼ同時。
「くっ!」
闘牛士よろしく際で身を翻したセシリアの脇を通過――しない。これも読んでいた? 激しい動きに小面の紐がほどけ、セシリアの顔が顕わとなる。魔王の仮面の奥の視線とセシリアの視線が絡み合う。短い距離での猛進と急制動。背後に回り込まれたッ!
――やられる!
身を固くして、来たるべき震盪に備える。……が、予測された衝撃と撃墜判定はいつまで経っても訪れなかった。顔を上げると、既にコクピット・インファントリの姿は消えていた。砂煙だけが、去った男の名残りを今に留めている。
「セクシーだわ。本当に惚れてしまうかも」
小面の面をかぶりなおして、セシリアはつぶやく。今までいなかったタイプだ。もし、彼が本物の魔王だったら……。
高揚感が身体を駆け上ってたまらない。
セシリア・サノールは自身が体験する初めての感覚の正体を知ってか、微笑みを浮かべた。
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