第54話 セクシー仮面魔王!
もと来た道を戻りながら、俺はこのあとどうすべきかを考えていた。コクピット・インファントリの姿は見えないものの、駆動音は未だに響いてきている。追いかけてきているのだ。
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俺と後方のナイフ野郎とのアドバンテージの差は、この場所を一度通過している経験の差だ。これがなかったら瞬く間に追いつかれていたことだろう。しかし、追跡者はなかなか諦めてくれない。くっ、しつこい。
――途中で、飛び上がって大河跡を抜けるか? い、いや。飛び上がるなんて場所を教えているようなものだ。だったら、待ち伏せるか?
待ち伏せして、背中から撃つ。一番効率的な撃墜方法だ。これなら、或いは労せずにナイフ野郎をぶっ倒せるかもしれない。無理なら逃げるだけだ。
少々情けない算段をしつつ、俺は身を潜めるのにちょうどよい遮蔽物を探した。――あれだ。岩が重なり、洞穴の入り口のような空間が存在している。あそこに身を潜めれば、暗さもあってインファントリが身を屈めていてもバレやしないだろう。
俺は一目散に岩の隙間に、コクピット・インファントリを滑り込ませた。同時に、狙撃手の真似事ではないが、銃口を外へと向ける。俺の姿を見失って右往左往しているところを仕留める。情けないと笑うなら笑え。俺みたいな凡人オブ凡人には、こうやって狡辛く勝利をかすめ取るのが精一杯なのだ。
* * *
見失った。一度、この地形を体感した者との経験値の差――なるほど、この複雑な地形が逃亡者に味方しているだけあって、追いかけども追いかけども、一向に脱兎の背中は見えない。だが、わずかに地面に残るインファントリの駆動跡がある。
間違いなく、魔王の仮面の男。時折、地面を削っている
――旋回半径、地面への擦過角度、飛び散った砂礫の痕跡……。思っていたよりも腕がいい。
早々に逃走をはかることから、彼が本物の魔王であるならば、操縦技術については噂ほどではないのでは――と疑惑を持っていたが、少なくとも魔王を詐称できる程度にはできるようだ。撒き散らされた土砂の具合をみるに、相当の速度を出しているというのに、旋回半径は驚くほど小さい。地面の擦過角度が浅いことから、制動も最低限。
仮面の――アルチザンモードブランド製の花模様を誂えた小面の面の下で、口唇を舐める。なんの冗談か疑ったが、或いは本物の魔王なのかもしれない。
――だったら、試してみたい。
アンダーグラウンドの闇試合で培ってきた技術。そこいらの操縦士には負けぬと自負しているが、相手が魔王ともなれば腕試しにはちょうどよい。目的こそ忘れてはいないが、それでも経過を楽しむ自由くらいは与えられて然るべきだろう。
獲物の残り香を道標に追跡する狼の如く、小面のコクピット・インファントリは歩を進めた。目的を忘れそうなほどの愉悦と高揚を胸に秘めて……。
* * *
――よ、よしっ。
爆発しそうな心臓の脈動を必死に抑えつけながら、俺は岩場の影からうつし世を睨んでいた。
眼前には、やはり追ってきたコクピット・インファントリが、俺の痕跡を探している。相手はまだ、こちらに気づいていない。絶好の機会と言いたいのだが、俺の持っているライフルでは一射で仕留められるには厳しい距離だ。もう少し、不用意に近づいてこればいいものを……!
呼吸が荒くなっている。努めて身体を宥めすかすも、残念ながら身体は俺自身に従ってくれない。勝機に逸る焦燥と危険を恐れる恐怖が綯い交ぜになって、俺の胸に
――それにしても、小面って不気味だよな。
人間、集中力は長くは続かない。継続せず、細切れになりつつある集中の度合い。まずい。今見つかれば、反応が遅れる!
浅く、深く。努めて意識的に息をする。
よしっ、今――。
* * *
銃声。轟く音色と視界の隅から真っ赤な光の花が咲いて散った。小面をかぶった操縦士は、狙撃を疑い、即座に自機のステータスを参照した。装甲値、破損率、ともに減少なし。
同時に、岩場の影――
――あそこから撃った? けど、当たっていない? まさか、絶好の機会をものにできなかったのか?
疑問の回答は、倒れ込む重量物の音が教えてくれた。死角から狙ってきていたのだろう、別のコクピット・インファントリが反応をなくして、横たわっていた。
助けたというのか。それも、次の瞬間、己の方が助けた相手に撃たれるであろうこの状況で――。
「あなた、セクシーすぎる」
小面の下から漏れた声は――女性のものだった。
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