第53話 一難去ってまた一難も二難も

 天然の掩体に助けられ、俺は乾いた川底でもがいていた。なにせ、障害物が多いのだ。ぶつかりでもすれば、最悪の場合は音で感知される。そうでもなれば、身を隠せる場所がかえって仇となり、逃げ場がなくなってしまう。眼前に迫る障害物をギリギリで躱しながらの逃避行。これはこれでスリリング極まりない。


「なんとか、逃げ切ったか……」


 あのトンデモスナイパーから逃げおおせたらしく、俺は一息ついた。あんなのとまた遭遇してはかなわない。なんだよ、強い奴いっぱいいるじゃないか。


 だが、エイジではないことは確かだ。エイジなら、むしろ接近戦で勝負をかけるだろう。あいつは至近距離での格闘戦が得意だった。狙撃ができないと決めつけるわけにもいかないが、どちらかというと自分向きの武器を横からかっさらわれることを嫌って、狙撃はやらないのではないか。


 まあ、これは俺が『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の中で覚えているエイジの得意戦法とその性格から導き出した結論なので、色々と変化している状況ではあてにはならないかもしれない。


 しかし、一番変わっていてほしい、トンチキな強さだけは変わっていない。砲撃戦ならともかく、距離を詰められたらデタラメすぎる反射神経と操縦センスで追い込まれてしまうのは、いつかのファベーラでの遭遇の通りだ。


 いつ、正体がバレやしないかとヒヤヒヤしている俺としては、エイジ対策が必要不可欠なのだが、俺はそこまで頭がよくない。うんうん悩んでも、全くいいアイディアが出ない。今のところ、機体性能の差でトントンで凌いでいるが、そろそろ心もとない。でも、俺の操縦技術は打ち止めに近い。エイジの相手ができる操縦士が必要だ……。


 ――そういえば、魔王の配下にキャバリーライダーがいたな……。


 エイジと丁々発止を演じられるキャバリーライダーが、魔王側にもいた。あの悪夢のような距離で、あのイノシシ侍と鉾を交えられる無茶苦茶な奴がもう一人いたのだ。ただ、かなり記憶が曖昧なのだ。女性キャラだったのは間違いないのだが、あんまり好みのタイプではなかったのだ。


 一息つくと色々と頭に浮かんでは消えていく、泡沫の考え。馬鹿の考え休みにナントカとはよく言ったものだが、頭に渦巻く詮無い考えとは裏腹に、俺の肉体はひとまずの休憩にコンディションを整えていたとみえる。呼吸も平常、早鐘を打つかのようだった心臓の律動も一定の調子を取り戻していた。


 さて、イヴァルを見つけねばならないが、何処にいるか、そして誰なのかは不明だ。仮面をかぶっている関係上、狙うべき相手がわからないというのは、なかなかにハードである。


 ――やはり、こっそり闇討ちで行くか。


 およそ貴族らしかぬ思考のままに、俺は川底を進んでいたが……。


 乾ききっていたが、海だったと思われる荒野に出た。広漠たる広がりには岩石やタンブルウィードも主張を許されず、ただ点在しているばかりである。ようするに、めちゃくちゃだだっ広い荒野が眼前にあったのだ。


「げげっ。こんな場所にいたら……」


 特に乾いた河の終点ともなれば、動くものはかなり目立つ。さっきのように狙撃銃を持っている奴がいたならば、ただの的にしかならない。


 耳に届いたのは、コクピット・インファントリの駆動音。幸なのか不幸なのか、どうやらここで待ち受けていたのは、狙撃手ではなかったようだ。しかし、河底の遮蔽物に身を隠していた哀れな弱虫を狩るべく待ち構えていた、狩猟蜘蛛ではあったらしい。


 瞬間、日光がかげった。脊髄反射で身を翻した途端、メイサーナイフの煌めきが弧を描く。俺の頭上から襲いかかってきた狩猟蜘蛛――アシダカグモめいた一撃。躱せたのは運。たまたま、モニタを見ようと手元を検めた瞬間に、日光を遮られたから気づけただけだ。


「なんなのなんなの~! なんで、さっきからバンバン狙われるの~ッ! ひょっとして、みんなで俺を狙うように示し合わせているとか⁉ この仮面は違うんです! 無理矢理かぶらされているだけなんだってばァァァァァ」


 個人特定を避けるために通信は封印されている。俺の泣き言は俺の耳だけに届いている。大会運営、お前らそんなに俺が嫌いかよ!


 眼前には、ナイフをジャグリングするインファントリ。器用なやっちゃな~、と感心しているバヤイではない。左右、何処から来るかを悟らせないための技術だ。


 よし、逃げる。逆を言えば、これをやっている間は反応が鈍るということだ。俺は背中を向けながら、一気に駆け出した。三十六計逃げるに如かず! 意味はよくわからんけど!


 てっきり向かってくると思い込んでいたらしく、相手は予想外の行動に面食らったとみえる。あからさまに反応が鈍い。ハハハハハ、誰が尋常な勝負なぞするか!


 俺は男らしく(?)またかつての河底へととんぼ返りした。背中を見せていたらライフルに狙われるが、遮蔽物の多いここならば当たる可能性は低くなる。そう、当たらなければどうということはないのだ。ハハハハハ! どうだ、この完璧な戦術は⁉


 あ、でも、追いかけてくる。諦めてどうぞ、なんだが。


 ならば、こっそり回り込んで闇討ってやる!



 * * *



「魔王……」


 まさか、獲物を待っていたら、魔王の仮面をかぶった例の奴が来るとは思ってもいなかった。ふざけた奴と怒りを覚えなくもなかったが、なかなかどうして思い切りがいい。自らの優位性を理解し、即座に逃げを打つなど、無意識のプライドに邪魔されても然るべきだというのに……。


 もし、本物の魔王だとしたら大胆極まる行動力に細心の慎重さを持つ、将の器なのかもしれない。そうでもなければ、銀河帝国の領土で帝国に反旗を翻すような真似ができようはずもない。


「男らしくはないが」


 一目散に逃げの一手を打った魔王の仮面をかぶった男へ、メイサーナイフを握ったコクピット・インファントリの操縦士は届かぬつぶやきを漏らしていた。

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