第52話 荒野のスナイパー
「うわぁぁぁ!」
びっくりした!
遠雷の如く響いたのは、銃声。何処かの誰かが、別の誰かを狙ったのだ。だが、続けて銃弾は哭かなかった。仮面武闘会最初の銃火は、
「狙われたのが俺じゃなくてよかった……」
魔王の仮面なんて、真っ先に狙ってくれと挑発しているようなものだ。っていうか、ある意味殺されても文句言えないかもしれない。本人の真意はどうあれ――
つまり、シャレのわからない奴から見れば、帝国の敵を模した度しがたい非国民なわけである。ああ、
特に冗談にならなさそうなのが二人――まずは『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の主人公サマであらせられるエイジ・ムラマサ氏である。奴はヤバい。トンチキな強さを持っており、防禦するという概念が頭のネジごと吹っ飛んでいる、愚直妄進破滅型イノシシ侍である。なにが恐ろしいって、あいつの場合、防禦の前に攻撃すりゃいいと思っている節があり、しかもそれが成立しちゃっている点である。どんな反射神経をしているのだ。
そして、俺――リベル・リヴァイ・バントラインの
あいつは特に危険だ。仮面武闘会に自ら出ようというんだから、おそらく相当に腕が立つ。いくらなんでもエイジほどではないだろうが、ゴリゴリの前線主義戦闘快楽型皇族であるのは間違いなかろう。う~ん。真正面からはぶつかりたくない相手である。影からこそっと仕留めるしかない。
まず、隠れられる場所を探そうとした俺のインファントリの空防すれすれを銃弾がかすめていった。
「ひぃぐ⁉」
あかん、驚きのあまりへんな声出た。続けざまに連なる銃声は雷のように鳴る。もはや、一連の音となった弾丸の怒濤に、俺はインファントリを加速させた。足元を縫い止めようとする針に、地面が名残りと陥没していく。
「あばばばばばばばば」
足を止められたら終わりだ! 逃げながらも、俺はアサルトライフルを撃ちまくっている二機のインファントリを視界の隅に認めた。クソ、なんちゅう奴らだ。示し合わせて二人で俺を仕留めようという心算だ。リンチじゃないか。いじめ、カッコ悪い!
貴族の風上にも置けない――とはいえ、俺自身もそうなのだが――二人組の銃口から迸る弾丸を避ける。幸い、狙いが甘いらしくなんとか逃げおおせているが、それでも限界はある。逃げる方よりも、追いかける方が優位だ。なにせ、俺は銃弾を躱す必要があるが、あいつらにはない。
「あぎゃ」
しまった! 穴だらけの地面に足を取られた! 転倒してしまう。
無理矢理だが機体を立て直しにかかる。機体そのものをあえて転がす。速度の減衰をできるだけ抑えると同時に一回転で起き上がりにかかるが、やはり鈍足にはなる。だが、追いかけてきた二機の内一つがまぬけにも俺に蹴躓いてこけた。狙ってできたわけじゃない。偶然、たまたまだ。バクバク叫んでいる心臓がいい証拠だ。
「こなくそぉ」
転がりながら起き上がり、狙いもそこそこにアサルトライフルを斉射。うまくこけていたインファントリの機関部を撃ち据えられた様子だ。よし、撃墜判定が出た。
「って、わああああああああああああ!」
今度はいつの間にか忍び寄ってきていたもう一機が、近距離剣戟デバイス――メイサーブレイドを突きつけていた。しかも、シザースモード。コクピット・インファントリをまさしく
実際のところ、そこまで考えていたわけじゃない。無意識に人差し指が銃爪を爪弾いただけだが、結果的に功を奏した。一瞬早く、操縦席へと到達した銃弾による撃墜判定のおかげで、俺は鋏の刃に切断される際の際で助かった。
「ふぃーっ。危なかったぁ……」
二機を同時に相手して無傷で済んだのは、運が良かっただけだ。こいつらが少しでも違った行動をしていたのなら、俺は今頃撃墜されていた。停止した二機を見つめていると、ゾッとする。模擬戦とはいえ、動きを止めたインファントリは、操縦席に座る影が身じろぎしていなければ、ガラス作りの棺桶に入れられている不気味さがある。なまじ、人型に近しいからこそ、主の無念を伝えるかのように仰臥して――。
とにかく、移動しよう。派手に銃声が轟いたのだ。戦闘があったことは周囲に知れ渡っているはず……。
地面が弾けた。理解不能で脳が一瞬空白になる。数秒遅れて、軽く聞こえてきた銃声。音が遅れてきた……遠距離?
「わああああっ!」
近場の朽ちた家屋の影に隠れる。うっそだろ、狙撃? そんなガチな奴がいるのか?
背筋が冷える。喉が渇く。マズいっ。このままじゃ、足止めを食らっている間に、別の奴に襲われるか、回り込んだスナイパーに撃ち殺される!
下手に動けないが、動かなければいずれはやられる。ジレンマに炙られながら、俺は狙撃点を探すが残念ながらスコープの反射光は見つけられない。既に移動を開始しているのかもしれない。
どうする、どうする?
* * *
「ふん、避けられたか。なかなかに幸運な奴」
イヴァルは奪い取った狙撃銃の構えを解くと、遠方で物陰に隠れたインファントリを睨む。仮に、乗り手の仮面までは見えなかったものの、例の魔王の仮面の奴ならば僥倖と言うべきだった。やはり、こういった手合いは手強くなくては面白くない。
狩りに愉悦を感じる獣の面持ちで、イヴァルは移動を開始した。奴はこのまま狙撃を警戒して、うまく動けない。適度に釘付けにすべく狙い撃ち、止めは中距離からのアサルトライフルの斉射といくか。
軽やかに斜面を降りるイヴァルのコクピット・インファントリは、それだけで彼の尋常ではない操縦技術を裏付けていた。下手な者ならば、このまま転がってしまうであろう坂道を危なげなく降りたイヴァル。本来、回り込んで近づくべき道を大幅にショートカットしている。これは、流石に相手も予想外だろう。
――さて、それではまた一機いただこうか。
速やかかつ静やかに接近し、アサルトライフルを構えて飛び出す。
「! ……そうか。よほど巡り合わせがいいとみえる」
ちょうど、乾いた大河の跡が存在し、そこには岩石やタンブルウィードの終着駅らしく、くぼんだ地面には数々の天然の無蓋掩体が存在していた。これらを利用して逃れたのだ。ここまで逃げるに有利な条件が揃っていれば、追いかけたところで尻尾も掴めまい。
「まあ、いい。先ほどの銃声を嗅ぎつけたハイエナで楽しませてもらうかの」
少しは楽しめそうだ。獰猛な笑みを浮かべたイヴァルは、大河跡に身を潜め、不用意に近づく輩を待ち受けることにした。
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