第56話 ヒャッハー!敵は不意討ちだ~!

 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!


 女だったのかよ、あの恐ろしいインファントリの操縦士! しかも、ありゃセシリア・サノールじゃないか‼ なんでこんなトコにいるんだよ。


 セシリア・サノール。魔王直属で護衛を務めていた女性である。元貴族だそうが、おっかないことにコロシアム――惑星ファステロイムで開催されているキャバリーやコクピット・インファントリによる闇試合である――で、頂点を極めた女でもある。


 作中では、銀河帝国といては珍しい貴族の凋落だが、彼女はその莫大な負債のために闇試合に従事していた。その後、魔王に見出されて、エイジと幾度となく激戦を繰り広げていたことは『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』を見た者なら、誰もがご存知である。


 魔王のはからいで、後にカリーリ貴族学校に編入してくる――もともとが貴族出身なだけに、学費を払えれば編入は可能だったのだろう――流れがあったが、問題は本来魔王である俺が全く与り知らない事実だ。


 どちらにせよ、セシリア・サノールと戦うなんて冗談じゃない。男装の令嬢といった風貌のセシリアは、その服装に見合わずかなり荒っぽい。男勝りに人形機動兵器に乗るような奴だ。結構いい加減というか大雑把というか、細かいこと考えて「イーーーッ‼」ってなるタイプなのだ。


 そして、今の彼女がどんな考えを持っているのかは知らないが、魔王の仮面をかぶったふざけた野郎でと思っても全然おかしくない。遊ぶといっても、高い高いだとか鬼ごっことかするんじゃないぞ。痛めつけられるという意味だぞ。


 繰り返すが、エイジと互角の腕を持っているのがセシリアだ。あの、手を出したなら寸断されそうな接近戦の嵐に飛び込み、自らも嵐となって、エイジと対等に渡り合える数少ない人物だ。俺なんかひとたまりもない。


 大体、魔王は一般レベルではそこそこの強さだが、化け物共の中に放り込まれたら弄ばれる程度の腕前でしかない。機体さえ超高性能機ならば、性能を盾にして逃げおおせられるかもしれんが、あいにくの同機体。両者の技術があからさまに顕れる状況では、俺は獅子に狙われたうさぎでしかない。


 一瞬の隙を見せたセシリアに対して、脇目も振らず脱兎の如く逃げる。恥? 俺は武士でもサムライでもないのだ。危ない時はさっさと逃げるに限る。ブラック企業に搾取されるだけの人生を歩んだ前世から学んだ、唯一にして確固たる教訓だ。


 なんで、俺の周りには本来まだ出会っていない、または誰かもよくわからないが面倒な連中が現れるんだ! 本当に不可解だ。


 後でわかったことだが、セシリアの仮面が外れたことは仮面武闘会のルールでは、申告があった場合、ただちに資格を取り消されるということになっている。この時点で運営側に連絡したらよかったかもしれないが、その発想がコロッと頭に浮かんでいなかった。


 ――とにかく、セシリアから逃れなきゃ。


 いつになく素晴らしい判断のもと、俺は闇討ちできる相手を探す。物陰から物陰へとカサカサと進む様は、家庭内害虫に似ていたことだろう。だが、俺は必死なのだ。


 ――お。


 運河跡のある出口――。外からの攻撃を警戒しているのか、六機ほどが出口に陣取って背中を見せていた。チャンスだ。


 初期装備のアサルトライフルしか持ち合わせていないが、相手が明後日の方向を睨んでいるのは好都合だ。俺は必中必殺の位置を見定めて、慎重に足を進める。


 よしよし、気づいていない。


「うわあああああああ!」


 俺はかっこ悪い叫びとともに銃爪を引いた。叫喚するマズルフラッシュ。全く警戒していなかった闇の向こうからの奇襲に、六機は武器を構え直す暇もなく撃墜判定を与えられた。奇貨!


「おっしゃ! ラッキー!」


 ようやく運が向いてきたらしい。労せずに戦果をかすめ取る。俺もある意味、魔王らしい行動をやり始めてしまったものだ。だが、エレアをイヴァルの魔の手から救うためだ。不意討ちで撃墜されて悔しいだろうが、仕方がないんだ。俺は擱座したコクピット・インファントリに形ばかりの哀悼を捧げた。いや、本当は死んでないんだけど。


 さて、次だ。次。隙だらけの背中を撃ちまくってやる。



 * * *



 セシリア・サノールは訝しんでいた。仮面が外れた彼女は本来ならば、仮面武闘会の資格を喪失しているはずである。


 素顔を見られた場合、その記録を運営委員へと報告すれば、仮面が外れた者は資格喪失となり、その撃墜数は通報者に与えられる。彼女は現時点で三機を落としていたので、彼は三と彼女自身の一機、合計四機の撃墜数を加算できる絶好の機会であった。


 だというのに、いつまで経っても資格喪失判定は与えられず、撃墜数のカウントも変化なし。


 先ほどの逃亡劇から一変して、あの魔王の仮面の操縦士は今度は痕跡をほとんど残していなかった。どこにいるのか皆目見当がつかない。


 ――まさか、あの時誘われていたのは私だったということ?


 実際のリベルは必死で気が回るわけもなく、またそんな余裕があるのなら更に遠くへと逃げおおせることしか考えていなかったのだが、セシリアの解釈は異なっていた。更に大きくなる魔王への――あれが本物でなかったとしても――憧憬が、彼女の眼を盛大に曇らせていた。


 先を進むと、六機のインファントリが撃墜されていた。下手人は、言うまでもないだろう。六機が六機とも、発砲した様子はない。痕跡からは一方的な蹂躙劇しか思い当たらない。


 六機を相手取り、ただの一射も許さずに倒し切る……。どれほどの神業か。自分でさえ、得意の接近戦で六機を相手取って、相手の攻撃を許さない立ち回りは難しい。背筋が凍るとともに、快感さえ伴う高揚が肌を駆け上る。


「セクシーね。魔王の仮面をかぶった王子様、あなたの素顔はどんなお顔をしているの?」


 背後からこっそりと接近して、背中から撃つ。そんな発想は盲目的になった彼女から浮かばなかった。

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