第49話 ドキッ!仮面武闘会!

「ハハハ、良い。おもてを上げよ」


 冗談じゃない。このまま顔を上げると、イヴァルとかいう皇族が俺の正体を知る奴だった場合、マジで平穏な生活はダストボックスにシューーー―ッ!されてしまう。


 どうする、どうする、マジでどうする?


 気配でエイジが――そして、彼に倣ってエレアやランド、唯桜いおが顔を上げたのが察せられた。ぐっ、タスケテ唯桜えもん! しかし、この状況では流石の唯桜も如何ともし難いようで、助け舟は出てこなかった。


「どうした? 面を上げよ。それとも――皇族に逆らうのか、貴様?」


 ヒィィィィィ!! 声音が変わった! ガチの奴やん、これ。どないしたらええの、これ? この状況を打破する方法は無きにしもあらずだが……。俺が皇族であることを明かせば、或いは皇族に対する無礼は帳消しになるかもしれない。銀河帝国では、皇族が皇帝以外の皇族に平伏さなければいけない法はない。だが、同時に、皇族に再び組み入れられ、骨肉の争いのてに惨たらしく殺されるのは明白。


「貴様……余を怒らせたいか」


 怖ッ。声だけで人が殺せそうだ。というか、声だけで俺が殺されそうだ。こいつ、絶対に人殺したことあるよ。俺の勘は鋭いんだ。


「よし、いいだろう。貴様は……」

「お待ちください、イヴァル殿下!」


 地獄の沙汰を言い渡される直前、イヴァルの声を遮ったのはエレアだった。まずい。銀河帝国の皇族なんて、基本わがままが高級な服着て威張っているようなもんだ。(偏見)


 貴族とはいえ、皇族に楯突いた者は――その皇族の裁量に任される。これは勘だが、イヴァルはおそらく人を殺すことに呵責を覚えない。傍若無人っぷりが気配にあらわれている。前世の上司のようだ、クソッ!


「むっ、貴様は――」


 自身の発言を遮った不遜な者を認めた皇族。


 エレアをこんなことで死なせるわけにはいかない。でなければ、なんのために彼女を遠ざけようと努力してきたかわからない。エレアは殺させない。そのためにも、俺はッ――。


 ――もう駄目だ。どうにでもなれ。


 俺は、後先のことなど構わずに顔を上げていた。


「貴様、名をなんという?」

「エレア……シチジョウ、です」


 ん? イヴァルの目に俺は入っていないらしい。エレアを凝視して……どころか、覗き込んでいるイヴァル。エイジもイヴァルをなんとか止めようとしていたらしく、膝立ちしていたが、様子のおかしさに止まっていた。


「エレア、か。シチジョウ家……。聞いた覚えはないな。男爵家か、子爵家か?」

「は、はい。士爵家でございます」


 まじまじとエレアを見つめるイヴァル。世が世ならセクハラものだが、イヴァルは地位も名誉も外見も取り揃えた、銀河帝国のトップエリートだ。なんせ、生まれでしか手に入らない地位まで備えているのだ。セクハラなどが成立するはずがない。


「ほう、気に入った。エレア・シチジョウ。そなたは美しい。余はそなたを見初めたぞ」


 見初め――何? こいつ見初めたって言った? 一目惚れっちゃったのか? エレアに?


「え? え? え?」


 当然、エレアの頭上には幾多ものクエスチョンマークが乱舞している。無理もない。俺でさえ混乱しているのだ。当の本人はわけがわからず、思考停止してしまっても致し方ないことだろう。


「いずれ、余は銀河帝国の頂点に立つ。その時に隣に並んでいるのはそなただ、エレア」

「そ、そそそんなこと言われても困ります!」


 ド直球火の玉ストレートで情熱的な告白に、エレアも顔を真っ赤にして首を高速で振っている。しかも、こいつ、しれっと自分が次期銀河皇帝になるって宣言しているぞ、いいのか? 


 そして、もはや俺たちは空気そのものだった。


「何が困る? 余の母も庶民の出だった。ましてや、そなたは貴族。何の問題もなかろう」

「いきなりすぎて……。それに――」


 歯切れの悪いエレアに、イヴァルは何かを察したらしく、得心した表情を浮かべた。


「なるほど。想い人がおるのだな?」


 な、なに……? 俺の知る限り、エレアの周りで特に親しい男なんてエイジしかいないぞ! まさか、あの主人公サマはエレアまで毒牙にかけたのか!


 俺がブリブリ思っている間にも、銀髪の皇子は止まらない。


「ならば、そなたの視線を独占させてみせようぞ。――ん? 面白い催しがあるらしいな」


 前世でも直に見たことのない、ちんどん屋がばら撒いているのはカリーリ貴族学校学園祭名物、仮面武闘会のお知らせだ。宙空に撒かれたそれを指でさらったイヴァルは、紙面の文字を眺める。


 武闘会と言っても、肉体言語で直接会話するわけではない。コクピット・インファントリ、キャバリーまたはリミテッドマヌーバーでトーナメントを行うという、体育会系の乱痴気騒ぎだ。前者は二日目、後者は三日目の催しだ。気が狂っていることに、代理もオッケー、当日飛び入り参加オッケー、なんなら外部出席者も参加できるとかいう。参加者は仮面をかぶり、敗者は仮面を剥がされる。優勝者は当然誰かわからなくなるが、それこそが貴族が己自身を主張せず、自らを律しつつ己を誇るためのはからいらしい。俺には全く意味がわからない。


 俺は当然興味ないし、参加など考えたこともない。平和な日常にロボット兵器なんて必要ないからな。


「フフ、面白いな。エイジ、貴様も出るがよい。エレア、そなたを見初めた男の実力をとくと見届けよ」

「ひゃっ!」


 エレアの手に口づけしたキザな皇子は、呵々大笑しながら去っていった。まるで嵐のようだった。


「リベル様、面白いじゃないですか。参加されては?」


 唯桜がこそこそと近づき、耳打ちする。


「しないぞ。俺はこんなの好きじゃない」

「そうなると、イヴァル殿下がエレア嬢をきさきにするかもしれませんね。あの気分屋っぽい感じ……エレア様を手に入れたら、どんなことになるやら」

「どんなことって?」

「ドメスティックなヴァイオレンスとか、とんだ変態行為に及ぶかも。そして、相手は皇族。そうなっても、泣き寝入りせざるを得ません」


 なにおう! それは聞き捨てならん!


「なにより、仮面をかぶっているのでバレやしませんよ」


 そうかもしれない。よし、エレアの平穏な日常のため、俺は仮面武闘会に参加することにした。


「エレア、大丈夫だった?」

「う、うん。怖かったぁ」


 怖がられただけのイヴァルに目はないのかもしれない。

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