第48話 役者が揃って舞台が回る

 結局、エレアとエイジと俺――望まざる三人組での学園祭一日目が始まった。控えめに言って最悪である。


「俺、綿菓子買う」

「駄目よ、リベル。あんまりお菓子ばっかり食べてちゃ大きくなれないわよ」


 好意で言ってくれているのはありがたいが、普段、俺は好き勝手にお菓子を食べられない子なのだ。風邪の時以外は唯桜いおに目をつけられているのだ。買い食いしたらすぐバレるし、あのメイド怖い。だが、学園祭なら別だ。お付き合いという名目がある以上、唯桜もそこまでガミガミ言わないのは予想できている。なんなら「魔王活動の目くらましになって大変良いです。いっぱいお付き合いください。不純異性交遊以外は」とまで言っていた。


 しかし、不純な異性との交游など最初の人生でも第二の人生でも、全くご縁がない。唯桜の奴、俺がハニートラップにでも捕まるとでも思っているのか? 甘い甘い。この舐めたら舌が赤くなるりんご飴よりも甘い。俺の純潔は筋金入りだぜ!


 閑話休題。なんにせよ、今の俺はお金が許す限り好き勝手に甘味をいただける身分なのだ。なんと素晴らしい。ああ、この着色料の塊のようなりんご飴の、安っぽくて攻撃的な甘みがたまらん。


「大きくなれないって、俺は180cmもあったら充分だよ」


 そう、意外にもリベルは身長が高いのだ。手足も長く、すらっとしたモデル体型。顔だって目付きの悪さには定評はあるが、決して悪い方ではない。作中では浮き名を流していたのもうなずける。


 だが、本来の魔王リベルならいざ知らず、陰キャ社畜だった俺ではその外見的スペックを活かしきれず、全くモテない。しまいには、リベルは喋らなかったらいいのに――とまで言われる始末。転生した当初は美形の人生はイージーモードと思っていたが、結局前世から培ってきた陰性を拭いきれなければ、前世とそうそう変わらんという悲しき事実が明らかになっただけである。


「でも、エイジくんに負けてるじゃない」


 む。そうなのか?


「俺は181cmだからな。ちょっとだけ高いことになるかな」


 この野郎~。なんか知らんが、こいつに負けているとか言われると癪だ。多分、こいつが常に醸し出している陽キャのオーラが俺を苛立たせているのだ。そうに違いない。


「……わかった。綿菓子はやめよう」


 たかが1cm。されど1cm。これ以上身長が伸びるかはわからんが、エイジに負けるのだけは我慢ならないので、俺は綿菓子を諦めることにした。


「よしよし、おりこうおりこう……う~ん」


 エレアが俺の頭を撫でようとしたのか、手を伸ばすも届かない。背伸びまでしているが、それでもちょっとだけ届かない。「待て」ができただけで頭を撫でられるとか、俺はわんこか。


「リベル、逃げないで。ほら、よしよし」


 ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!


 なんと、エレアは俺に引っ付いてきた。確かに、そうすれば届くけど、ふわああ……おなごのかほりや~。唯桜とはまた違う、どことなく甘ったるいような……。ヤバい、女性耐性が無さすぎる俺に、これは拷問に近い。


「わかった、わかったから離れて」


 彼女の両肩を掴んで引き離す。危ない危ない。危うく恋に落ちるところだった。こういうのを意識なくやるから、エレア・シチジョウは恐ろしいのだ。そして、腐女子に一時期猛烈に嫌われたこともあったな。


「む~。なによ。うちのペスも頭撫でたら喜ぶんだから」


 ペーーーーースッ! ペスペスペスッペーーーーーーースッ‼ やっぱりわんこ扱いかよ、ちくしょー。そりゃ、わんこはかわいいけど!


「いや、エレア。そのたとえは流石にリベルが不憫じゃないか?」


 助け舟を出してくるエイジだが、うるへい。俺はお前の助けは借りん! お前こそ、俺の破滅の象徴なんだぞ、コンニャロー。


「あ、リベル様、こちらにいらっしゃったんですね」

「はい?」


 聞き覚えのある声に振り向けば、そこにはいつものメイド服をスカートスタイルのスーツに変えた唯桜と、にやにやしているランドがいた。ポニーテールに金張りのオクタゴンのメガネをかけた唯桜は、常にはない色気があった。なにより、仕立てによって胸が強調されており、純情学生の諸君には目の毒極まりない。


「あ……唯桜さん」


 小声でつぶやくエレアから、元気がなくなった気がした。だが、それを気にかける余裕は俺にはなかった。


「ほう、エイジよ。なかなか楽しんでいるようだな。この間の張り詰めた様子からは想像もできんぞ」

「っイヴァル殿下!」


 なんだか毎朝見ているような顔をした奴が姿を現したからだ。ただ、ぬぼ~っとした半目のいつもの顔と違って、そいつは悪い目つきを更に鋭くして、猛獣か爬虫類めいた雰囲気を持っている。


 って、殿下?


 エイジが即座に跪いた。殿下となったら、俺の血縁じゃないか! しかも、俺の顔を見られたかもしれない。顔を伏せながら、俺もエイジに倣う。冗談じゃない。俺の顔を知る皇族にバレでもしたら、また政争に巻き込まれる。


 ――こうなるんだったら、さっきお面でも買っておくべきだったか。などと、俺は混乱する頭の中で考えていた。

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