第47話 学園フェスティバル

 学園祭――。懐かしい響きだ。前世かつての俺の輝かしい過去。燦然としていた毎日が、社畜となってからは墨色に塗りたくられ……うっ、トラウマが。


 そう、学園祭である。こんな銀河をまたにかける超文明を築いていながらも、この世界でもしっかり学園祭は存在しており、カリーリ記念貴族学校でも安っぽいソースの芳しいスメルが漂うお祭りが開催されるわけだ。しかも、三日間。


 う~ん、この感じは前世と全然変わらんな。いくら鐘のある貴族学校でも、このチープな、どことなくハリボテ感のある雰囲気は拭い去れない。だが、これこそ学園祭かもしれない。いつもの空間を自分たちで飾り立てて、ひとときの騒ぎに酔う。


 この間の唯桜いおの邪な笑みをすっかり忘れて、俺は学園祭を堪能する。


 たこ焼き! この世界にもたこ焼きがあるのか! うん、まずソースとマヨネーズが出迎えてくれて、次にこの如何にもだしの素を入れてますって感じの生地、ぎゅむっとしたたこの感触がたまらん。うん、いいじゃないか。前世以来久しく食べていなかったたこ焼きに感動する。


 次は焼きそばだ。ソース粉もの。普段はしない組み合わせも、祭りならでは。それをコーラで流し込む。炭酸が心地よく喉を刺激し、甘さがソースの酸味を洗い流す。最高だ。


「あ、リベル~! こんなところにいた!」


 孤独なグルメを楽しんでいた俺に、風雲急を告げるエレアの声。いや、エレアは嫌いじゃないんだけど、あんまり俺に関わっていたら死んじゃうんだよ。断じて、女性との距離のはかり方がわからないわけじゃないんだからね!


「邪魔しないでくれ。メシを食べているときは救われ……」

「エイジく~ん! リベルいたよ~!」


 俺は咀嚼していた焼きそばを吹き出しそうになった。エイジなんて連れてちゃいけません! 元の場所に戻してらっしゃい!


「リベル、水臭いじゃないか。俺は学園祭なんて初めてなんだから」

「エイジくん、途中編入だもんね。リベル、今日は二人でエイジくんを案内してあげよう?」


 エレアさん、君はなんていい人なんだ。だが、君のその優しさが、ある人にとっては致命的な危険にさらすことになりかねないって知っておいたほうがいい。そう、ある人とは俺のことです。


「慎んで……」

「え……」


 丁重に断ろうとした瞬間、エレアが泣きそうな表情を浮かべる。うっ。そんな眼で俺を見るなよ。俺は、そういうのに弱いんだ……。


「いいんだよ、リベルにはリベルの都合があるんだから。ほら、ランドが言っていた美人のメイドさんと合流でもするんだろ?」

「いや、唯桜は来ないし」


 唯桜と俺の関係を誤解している奴が多すぎる。ランドの仕業だ。……あ、脊髄反射で返してしまったけど、唯桜と合流することにした方がよかったんではないか? しまった。


「っ! 唯桜さんじゃない……。もしかして、別の彼女……とか?」


 素っ頓狂な勘違いをするエレア。俺の周りがそんなに華やかだったことがあったろうか。いや、ない。だいたい、俺と親しい女性なんてエレアと唯桜くらいのものだぞ。


「いやいやいや、残念ながらそれはない」


 前世から、女性に縁がないのだ。唯桜ではないが、これこそ宿命ではなかろうか。


「! ホント? ……よかった」


 何故、俺の女性交友関係の乏しさにエレアが関心を示すのだろう。不思議だ。


「じゃあ、一人で寂しくいるよりも、三人いる方がいいよね?」

「いや、俺は一人が好きなんだ。そっとしておいてくれ。明日につながる今日くらい」


 実際に、俺はぼっちには慣れている。というか、一人最高。


「今日が明日につながるなんて当たり前じゃない。リベルって、たまにおかしなことを言うのね」


 エレアはむせられないらしい。


「――ホントに嫌?」


 ぐあああっ。ヤバいの来た! 上目遣いは卑怯だぞお! エレアはあんまり自覚していないみたいだが、これは男を勘違いさせる‼ 唯桜なら全て計算尽くだが、彼女の場合は天然でやっているのだから恐ろしい。


「……わ、わかったよ」


 クソ。意思の弱い自分が恨めしい。


「エイジくん、リベルも一緒に回るんだって」

「ああ、そうみたいだな」


 俺たちのやり取りを少し離れて見ていたエイジは、こそっと俺に耳打ちしてきた。なんだよ、気色悪い。


「なんだかんだでエレアに弱いな」

「アホか、あんな感じで迫られたら断れるもんも断れんわい」


 ニヤニヤしているエイジがムカつく。言っておく(言ってない)が、俺はエレアともエイジとも距離を置きたいんだ。前者は彼女自身のため、後者は完全に俺の人生のためだ。特に、エイジは駄目だ。こいつは、リベル・リヴァイ・バントラインの不倶戴天の敵なのだ。


「俺はお前と仲良くしたくない。わかったら、あんまり近づくな。腐っている女子に見られるだろうが」

「聞いていたけど、本当にツンデレ野郎なんだな」


 誰がツンデレ野郎かっ。こいつ、ぶん殴……ったら、俺の方がボコボコにされるのは目に見えるし、そんな度胸もないので、沸々と怒りを溜め込むことになった。エイジ・ムラマサと関わると、マジでストレスが溜まる……。



 * * *



「ほう、ここがエイジとやらが通っているという学舎まなびやか。派手に飾っているのは、下品だが……たまには馬鹿騒ぎに興じるのも悪くなかろう」


 鋭い眼光と銀髪。美しく整った顔立ちに獰猛さを秘めた、ワイルドな魅力を持った少年が、カリーリ記念貴族学校の校門前に仁王立ちしていた。


 イヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカー。影の皇子、帝国の吸血鬼と呼ばれる皇位継承者である。

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