EPISODE 05 学園フェスティバル

第46話 闇と影の対比

「クシオラのテロリスト掃討作戦を再び実行するですと!」


 金髪碧眼、中年に差し掛かったとはいえ、身体にだらしなさは皆無。高貴なる者であろうとし、それを認められている男。ラルフグレイン伯爵は彼に似合わぬ声を上げた。


「そうだ。何か問題でも?」


 イヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカーは落ち着き払って紅茶を飲んでいる。今の惑星クシオラにおけるテロリストへの民衆の捉え方を知らぬのか。


「いえ、ファベーラではテロリストはもはやテロリストではなく、レジスタンスのような扱いを受けています。おそらく、帝国民からも猛反発が出ます」


 そう、先日の魔王の暗躍によって、テロリストどもは跳梁跋扈し、今や彼らを英雄視している者さえいるという。度しがたい愚者ではあるが、それでも帝国民である以上、貴族の庇護対象である。忸怩たる思いはありつつも、ラルフグレインは己の掟に従って、彼らをも連邦の魔の手から救うつもりだったのだが――。


「だから、どうした? ラルフグレイン伯爵。卿のその弱腰の姿勢こそが、連邦の影をここまでのさばらせたのではないか?」


 叱責。二十に満たぬ者から伯爵であるラルフグレインが叱責を受ける。もちろん、相手が己よりも遥かに尊く貴べき血筋に連なっているのは理解している。だからこそ、ラルフグレインは頭を垂れるしかない。


「ですが、ファルネジアのテロリストがモスキートを六機揃えていたこともあります。勢いづいたクシオラのテロリストも、それに近いかそれ以上の戦力をたくわえていても、おかしくありません」

「だから、叩く理由となる。よいか、ラルフグレイン。清濁併せ呑む……内政ならばそれも必要だろう。だが、戦場では生死を併せ呑むことはできん。二者択一の選択で、常に生を選ばなければならん。そして、テロと――ひいては連邦との戦いは、内政ではないのだ」


 反論を許さぬイヴァルの言。仮に反論したとしても、彼の強固な意思は首を縦に振ることはないだろう。


「魔王……が出るやもしれません」

「それこそ、余の望みだ。音に聞こえた魔王の腕前、是非体験してみたい」


 増長、いや違う。イヴァルは搭乗兵器において群を抜いた腕前を誇る。生体強化槽由来ではない、元々備わった才覚があったのだ。強烈な自負は、幾多の戦場を駆け抜けた確かなものだ。過剰気味なのは本人の気質もあるが、それでも背骨の入った自信であることはかわりない。


「面白くなってきた。他にも、余を楽しませるものがないか……探してみるのも一興か」


 享楽主義者の皇子は、そうつぶやくと端末を操作し始める。その姿こそ歳相応なのだが、しかし、実体は猛獣の気性を皇族の皮で覆っているようなものだ。ヴァルドルフとは違う意味で、溢れんばかりの才気を持ち合わせ、それを持て余している。帝国の吸血鬼――彼を満たせる人物がいるとすれば……。


 ――魔王しかおらぬのかもしれん。


 最強とうたわれる魔王と、帝国の吸血鬼。その激突の予感にラルフグレインはどこか不吉な予感を覚えた。



 * * *



唯桜いおえも~ん。おやつ~」

「リベル様、ご病気だったので少し優しくしていたら、つけあがりすぎではありませんか?」

「病み上がりなんです~。アイスとか食べたい~」

「幼児退行しています? 正直、自分の主がこんな様子だと……。アンヌ様が草葉の陰で泣いておられます」


 よよよ……と涙を拭う振りをする唯桜。そもそも、唯桜は泣けないはずだ。そんな機能は持ち合わせていないと本人が言っていた。


「わかったわかった。下手な泣き真似はいいよ」

「わかりました。リベル様の好きなチョコアイスを用意いたします」


 ……なんだかんだ言いつつも、言うことを聞いている。怪しい。こんな時、だいたい唯桜は碌なことを考えていないのだ。


「唯桜、ひょっとしてだけど、俺にまた何かさせようとか企んでいるまいな?」

「ギクッ」


 なにがギクッだ。わざとらしく声に出してからに。


「やっぱりだ! 俺は魔王にならないぞ! もういい加減諦めろ!」

「いいえ。あなたは魔王となる宿星を持つ方なのです! なにより、私は亡きアンヌ様に誓い、亡きヴァステンタイン様から託されました。あなたは銀河帝国の皇帝に連なるお方。または、帝国を解体し、銀河の歴史に名を刻む方なのです!」


 こいつはまだこんな与太話をしているのか。首尾一貫している主張は恐れ入るが、それが俺に危害を及ぼすのだから堪ったものではない。ただ、リベル・リヴァイ・バントラインの本来は、確かに帝国に反旗を翻して、新たな国を建国しようとしていた。あながち間違いではないのだが、はっきり否定させていただく。俺は魔王リベルに転生しただけの一般ピーポーなのだ。魔王なんてもってのほかでござる。


「誰が決めたよ、そんなもん!」

「運命が決めました。宿命が定めました」

「この超科学文明で何が運命だよ」


 大体、先進文明科学の申し子みたいな機械人形シロモノが運命だの宿命だのを語るのっておかしくない? 俺はおかしいと思う。


「俺たちはこれから学園祭で忙しいの! 危険で一銭の得にもならないし、楽しくもない魔王活動なんてやらないからな!」

「学園祭? 学園祭があるのですか?」


 あ、しまった。唯桜が学園祭のことを知ると、絶対にやって来て騒ぎになると思って黙っていたことを忘れていた。時々忘れそうになるが、唯桜は異常な美人さんなのだ。しかも、中身は現代技術でも再現不可能な機巧に支えられた機械人形オートマタ。耳目を集めるのは避けたかったのだが――。


「なるほど、いいことを聞きました。ふふふ……」


 あの、唯桜さん。邪悪な笑みをこぼさないでください。こわい。

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