第43話 吸血鬼の鏖殺

『イヴァル殿下。我が方のリミテッド・マヌーバーは一機のみ。それもモスキートになります』


 ライダースーツに着替えるイヴァルに、通信機から入るラルフグレイン伯爵の声。まさか、モスキートと言えどもテロリストがリミテッド・マヌーバーという隠し玉を用意していたとは思っていなかったのだろう。伯爵が一機のみを準備していたのは、単なる保険程度のものだったとみて間違いあるまい。


「充分。烏合の衆の蚊では、高貴な血は啜れんよ」


 スーツを着替え終えたイヴァルは着替えに使用したコンテナから出ると、ヴァルドルフ直属試験部隊のトレーラーを眺める。


「兄上のおもちゃがどれほどのものかは興味があるが……だが、モスキート相手には大仰というものか」


 ヴァルドルフ本人がいない内に無理に月影狼そのおもちゃの試し乗りとしゃれこんでも良いのだが、しかし、いかんなくその性能を知るには相手が不足すぎて面白くない。


「せめて、魔王とやらが前線に出てくれば面白くもなろうが――」


 しかし、帝国にも連邦にも恐れられる腕前を持つ操縦士など、この戦場にはいない。ならば、せめてもの興としてテロリストを同機体で狩り立ててやろう。古くから狩りは貴族や皇族の最高の遊戯であった。かつては動物、そして今は人間に対象が変わっただけだ。


 着替えている内に起動準備まで進めさせたモスキートがイヴァルを待ち構えていた。たとえ吸血動物として下の下である蚊であったとしても、帝国の吸血鬼たる彼が乗れば、たちまち鬼と称される強さを発揮する。ましてや……。


「嫉妬はするなよ? お前を動かせば、お忍びとはいかぬかったからな」


 吸血鬼の本来の機体ならば、まさしく鬼神の武威を見せつける。あいにく、今回は持ってきていなかった専用機。ヴァルドルフのおもちゃか、イヴァル専用機、イヴァルがどちらを用いたとしても、たちまち特効薬的戦果をもたらしていたのは想像に難くない。だが、重なるがそれでは面白くないのだ。


 モスキートに乗り込むイヴァル。起動。各部チェックが速やかに行われ、全てが最良の判定。念のため、拳を開き握る。反応も悪くなさそうだ。保険として持ち込んだわりには、しっかりと整備されている。なるほど、ラルフグレインの配下は主に似て、実直な仕事をするようだ。


「さて、と。では、イヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカー、出陣でる



 * * *



『魔王、同じ機体が一機、こちらを攻撃してきている。どうやら、伯爵もリミテッド・マヌーバーを用意していたようだ』

「こちらでも確認している」


 一機のモスキート……。どういうことだ? 念のためにラルフグレインが持ってきたのか? ここは月影狼つきかげろうを出してくるとは思っていたが……。だが、趨勢をひっくり返す要因ではない。こちらは素人ながらも六機いる。


「M1。距離を237以上保ちつつ、ポイントSW124に移動。M2とM3は同ポイントへ移動し、包囲して十字砲火を浴びせろ」


 いくら複数を相手取れる達人といえども、適切な戦い方を行えば雑兵でも討てる。スペシャル機ではない、同型機が相手ならば機体的な戦力も同等。うまく囲みさえすればたちまち銃弾の餌食だ。


『ふはは、呑気に追いかけてきやがる』

『見えてきた。あと少し……』

『今だッ』


 テロリストの通信から接触、直後に銃撃の事実が伝わってきた。あとは戦場に血と鋼の混合物が撒き散らされるのみ――だったのだが。


『なっ。あいつ、避けやがったぞ! うわあぁぁぁぁぁ……』


 M3の反応が消える。直前の会話から油断していた様子は垣間見えていたが、それでも十字砲火を躱すとは尋常な腕ではない。エイジ・ムラマサか? いや、あえてモスキートに乗る理由がない。


『クソ、これでも喰らえ!』


 音声通信に連なる銃声が入る。相当な弾数を消費しているが、それでも全く当たってないらしく、男の悲鳴が聞こえてくる。


『嘘だろ? なんで当たらねえんだ!』

『前進してくるだと! 頭がおかしいんじゃないか⁉』

『ぎゃあああああああああ――』


 通信が切れる。同時に、M1とM2の反応も消失。


 広域チャンネルで映像が流される。モスキート三機が動かぬ躯と化した姿だ。そこに、若い男の声が入る。


『余はイヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカー! 連邦の犬はこう言えばわかるであろう? 余は、帝国の吸血鬼。貴様ら薄汚い連中の血を啜る、断罪の鬼よ!』


 イヴァル。この星系に来ているとは聞いていなかったが――戦闘狂とさえ呼ばれる気性の持ち主である彼ならば、なるほど魔王に興味を抱くのもうなずける話だ。


『この絵図を描いたのは魔王か? もし、そうなら、自ら討って出ないのは遊びがすぎるのではないか?』


 圧倒的強者の威風で言い放つイヴァル。その強烈な威圧感は、皇族ならではのものか。


『帝国の吸血鬼! マジかよ』

『付き合ってらんねぇ!』

『魔王、あんたには悪いが、帝国の吸血鬼とことを構えるなんて冗談じゃない。俺たちは逃げさせてもらう』


 好き勝手なことを捨て台詞に、モスキートの反応が消える。投降するつもりか? 吸血鬼イヴァルが許すと思っているのなら、おめでたい発想だ。


『うぐわああああ!』

『ひぃ、やめっ‼』

『投降する、投降するから……』


 案の定、鼓膜を震わせるのは阿鼻叫喚だ。やはり、吸血鬼殿下はテロリストを鏖殺するとみえる。


 ふん、遊びすぎたか? まあ、いい。私本人は惑星ファルネジアにはいない。通信手段も、幾百幾千もの中継地を経由して、原点を悟られぬようわきまえている。それに、イヴァルは尋問などするつもりはないだろう。つまり、今回の件、魔王の仕業かどうかをはかる術はない。


 しかし、所詮は烏合の衆を戦力としてたのむのは如何にも危険。人員も兵器も必要だ。今回は、色々と勉強をさせてもらった。イヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカー。よし、お前の使いみちは――。

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